「…………」
夢であってほしかった。せめて倒れたときに頭でも打って、記憶が飛んでいればよかったのにと、敷島の問いを前に思う。
自分の目で確かめてきたはずだった。自分がプレゼントで贈った、姉が欲しがっていたスニーカーを忘れるわけがない。それは警察のほうでも調べはついていて、姉のもので間違いないと断定されている。せめて川底に沈んでいてくれたら、どれほど良かったことか。
「……信じたく、ない」
ふり絞って告げた声は、驚くほど震えていた。シーツをぎゅっと握って耐えようとしても、知らぬ間に浮かんだ涙が零れていく。
この半年の間、穂香は姉のことで涙を流したことはなかった。
きっとどこかで生きていると、何度も自分を奮い立たせ、自暴自棄に入ってしまった両親に心配かけさせないように、いつも一緒にいて気にかけてくれる親友のためにと、自分のことを後回しにして機敏に振る舞った。
振る舞うことしか、できなかった。
「警察署で確認してきたの。流れ着いたスニーカーは私が注文して贈った特注品だし、見間違うはずがない。でも……どうしても姉がどこかで生きているんじゃないかって思って、諦められなくて」
「……信じていたほうが気楽なら、それでいいと思う。昨日の今日そこらで整理できるモンじゃない。それに……ちょっと引っかかるし」
「引っかかる……?」
「失踪したのが半年前なのに、なんで今頃出てくるんだよ。話を聞いている限り、スニーカーも綺麗な状態だったんだろ?」
言われてみれば、と穂香はハッとする。
水に濡れることでガーベラの花が浮かぶ仕組みになっているあのスニーカーは、しばらく水の中に浸けておくと、特殊な塗料が劣化し、完全にはがれると花びらが浮かばなくなってしまうという注意書きがあった。
昨日、河川敷から見つかったあのスニーカーは水に浸かっていた。ガーベラの花は乾ききっていなかったため疎らに模様が浮き出ていたが、元の薄ピンク色のスニーカーに戻りかけていたのを見ている。
もし川の流れに沿って河川敷まで漂ってきたとして、塗料が完全に剥がれるほど時間は経っていないことになる。
それを敷島に話すと、眉をひそめた。
「雨の日でも履いていた可能性は? 履き潰して劣化していたかもしれない」
「どうだろう……仕事はスーツ着用だから通勤はいつもパンプスだったし、レインブーツも持っていたと思う」
「靴はいつもどこに? 出しっぱなし?」
「パンプスは出しっぱなしだったと思う。他の靴は下駄箱で……基本几帳面だけど、普段から使う靴だけは出したままにしていたはず」
「失踪した日は? 休みだったのか?」
「平日だよ。仕事が終わって帰宅していることはマンションの防犯カメラにも映っていたって。スマホも財布も、リビングに置かれた鞄の中から見つかっている」
「ってことは、失踪時はパンプスからスニーカーに履き替えたってことだよな? 最初から失踪計画を企てていたとしたら、さすがにスーツから目立たない服装に着替えるだろうし、誰かに攫われたとしてもわざわざ下駄箱に入っているスニーカーを履くか?」
「……確かに」
「特注品で、調べたら注文した人物がお前だってすぐにわかるものを、わざと履かせるような真似を、誘拐犯がするとは思えない。失踪時にスニーカーを選んだのは、おそらくお前の姉さん自身だ」
敷島に指摘されてハッとする。自ら姿を消したのか、何者かによって攫われたのかがわからない今、どちらにしても辻妻が合わない。
「SOSの可能性も捨てきれないな。でも河川敷から見つかったってことは、今いる場所の近くに川が流れているってことも……」
「……どうして」
「ん?」
「どうして、敷島くんは私や新田くんの話を聞いて、姉が死んでないって、本当に生きていると思うの?」
夢であってほしかった。せめて倒れたときに頭でも打って、記憶が飛んでいればよかったのにと、敷島の問いを前に思う。
自分の目で確かめてきたはずだった。自分がプレゼントで贈った、姉が欲しがっていたスニーカーを忘れるわけがない。それは警察のほうでも調べはついていて、姉のもので間違いないと断定されている。せめて川底に沈んでいてくれたら、どれほど良かったことか。
「……信じたく、ない」
ふり絞って告げた声は、驚くほど震えていた。シーツをぎゅっと握って耐えようとしても、知らぬ間に浮かんだ涙が零れていく。
この半年の間、穂香は姉のことで涙を流したことはなかった。
きっとどこかで生きていると、何度も自分を奮い立たせ、自暴自棄に入ってしまった両親に心配かけさせないように、いつも一緒にいて気にかけてくれる親友のためにと、自分のことを後回しにして機敏に振る舞った。
振る舞うことしか、できなかった。
「警察署で確認してきたの。流れ着いたスニーカーは私が注文して贈った特注品だし、見間違うはずがない。でも……どうしても姉がどこかで生きているんじゃないかって思って、諦められなくて」
「……信じていたほうが気楽なら、それでいいと思う。昨日の今日そこらで整理できるモンじゃない。それに……ちょっと引っかかるし」
「引っかかる……?」
「失踪したのが半年前なのに、なんで今頃出てくるんだよ。話を聞いている限り、スニーカーも綺麗な状態だったんだろ?」
言われてみれば、と穂香はハッとする。
水に濡れることでガーベラの花が浮かぶ仕組みになっているあのスニーカーは、しばらく水の中に浸けておくと、特殊な塗料が劣化し、完全にはがれると花びらが浮かばなくなってしまうという注意書きがあった。
昨日、河川敷から見つかったあのスニーカーは水に浸かっていた。ガーベラの花は乾ききっていなかったため疎らに模様が浮き出ていたが、元の薄ピンク色のスニーカーに戻りかけていたのを見ている。
もし川の流れに沿って河川敷まで漂ってきたとして、塗料が完全に剥がれるほど時間は経っていないことになる。
それを敷島に話すと、眉をひそめた。
「雨の日でも履いていた可能性は? 履き潰して劣化していたかもしれない」
「どうだろう……仕事はスーツ着用だから通勤はいつもパンプスだったし、レインブーツも持っていたと思う」
「靴はいつもどこに? 出しっぱなし?」
「パンプスは出しっぱなしだったと思う。他の靴は下駄箱で……基本几帳面だけど、普段から使う靴だけは出したままにしていたはず」
「失踪した日は? 休みだったのか?」
「平日だよ。仕事が終わって帰宅していることはマンションの防犯カメラにも映っていたって。スマホも財布も、リビングに置かれた鞄の中から見つかっている」
「ってことは、失踪時はパンプスからスニーカーに履き替えたってことだよな? 最初から失踪計画を企てていたとしたら、さすがにスーツから目立たない服装に着替えるだろうし、誰かに攫われたとしてもわざわざ下駄箱に入っているスニーカーを履くか?」
「……確かに」
「特注品で、調べたら注文した人物がお前だってすぐにわかるものを、わざと履かせるような真似を、誘拐犯がするとは思えない。失踪時にスニーカーを選んだのは、おそらくお前の姉さん自身だ」
敷島に指摘されてハッとする。自ら姿を消したのか、何者かによって攫われたのかがわからない今、どちらにしても辻妻が合わない。
「SOSの可能性も捨てきれないな。でも河川敷から見つかったってことは、今いる場所の近くに川が流れているってことも……」
「……どうして」
「ん?」
「どうして、敷島くんは私や新田くんの話を聞いて、姉が死んでないって、本当に生きていると思うの?」