友恵が部屋を出ていくと、穂香はベッドサイドに置かれた自分のスマホを手に取った。
画面に表示された着信は、両親と鈴乃で埋め尽くされていた。鈴乃にいたっては、学校を早退した時から連絡を貰っていたのを思い出す。倒れていたとはいえ、さすがに悪いことをしたとは思う。
しかし、鈴乃から送られてきたメッセージは数十件にまで到達しており、穂香は恐る恐る画面を開く。【穂香、どうして返信くれないの?】【心配なの、返信して!】【先生に聞いても濁されちゃった。本当に大丈夫?】――いくら彼女の心配性とお節介な性格を知っているとはいえ、あまりにも過激で予想の範疇を越える異常さに、思わず開いたことを後悔した。ここまで詰めて聞かれるとは思っていなかったし、どこかストーカー化しているようにも思える。両親には連絡先を教えてないから、おそらく大丈夫だろうが、この様子だと自宅まで突撃されそうだ。
慌てて【ごめんね、熱出して早退したの。連絡が取れなかったのはさっきまで寝ていたから。まだ体が怠いから、しばらくは返信できない】と打ち込んで送信すると、スマホの電源を落とした。
両親からの連絡を見ていないが、敷島が孝明と話し、両親へ連絡しているとうろ覚えながらも言っていたのを思い出す。電源を切っていても「スマホの充電が切れた」と誤魔化せば問題はないだろう。
壁にかけられた制服のすぐ下にある、椅子の通学用のリュックが目に入る。ベッドを抜け出して、電源の切れたスマホをポケットに突っ込んだ。これでしばらくはスマホを気にしなくていい。それでも無意識に視線がリュックにいってしまう。
気を紛らわそうと、自分が病み上がりであることも忘れて朝食の準備を手伝えないか考える始末だ。
「あれ、伯母さんは?」
一人でうだうだ考えていると、敷島が部屋に入ってきた。青のパーカーに黒のチノパン姿で、朝風呂から出たばかりだろうか、先程の寝起きよりもしゃきっとした顔つきをしている。濡れた髪の先から雫が滴り、首にかけたタオルに落ちて滲んでいった。
「朝食の準備をしてくるって。何か手伝いたいんだけど……」
「病み上がりの奴が何を言ってんだよ。寝てろ」
ベッドを指さしながら、敷島にあっさりとひと蹴りされてしまう。渋々ベッドに戻ると、敷島は昨夜と同じようにベッドの脇に腰かけた。
「で、お前はなんであんなところにいたんだ?」
「……あんなところって?」
「河川敷だよ。体調不良の上にろくにメシも食ってない、雨が降っているのに傘をさそうとしないで何してたんだって聞いてんの。お前、バス通学だから普段あんなところ通らねぇだろ」
学校から駅を巡回している市営バスのルートは、河川敷とは真逆の方向にある。
話を聞いている限り、敷島は紗栄子の失踪については知らないようだ。躊躇いもなく直球で訊いてくるのは、悪気があってのことではないのは充分にわかっていた。
事情を知らない彼に、紗栄子の話をしていいのか。――今よりももっと騒ぎ立ててしまえば、穂香はきっと口を開いた自分が許せないだろう。
躊躇っていると、敷島は口を開いた。
「昨日、帰る前に藤宮のクラスに寄ったんだ」
「え……?」
「朝から顔色が悪かったし、席の交換を渋るくらい真面目なお前のことだから、無理をして授業を受けてそうだと思って。……で、教室に行ったらお前が見当たらない代わりに、河川敷で警察が捜索していた話で盛り上がっていて。藤宮がいないからようやく話せるって、ふざけた奴がいたから聞き出した」
「聞き出したって……何もしてないよね?」
「別に、ちょっと首根っこ掴んだくらい。すぐ大人しくなった」
「掴んだって」
(そんな猫みたいに言われても……)
ふと、穂香の頭には新田の顔が浮かぶ。彼は河川敷の近くが通学路で、学校に遅刻しそうになりながらも動画や写真を撮影していた。自分が早退し、ようやく意気揚々と話せるようになった直後に敷島が現れたのだろう。関わりがなくても敷島の容姿や噂は嫌でも耳に入ってくる。絶望の表情を浮かべる新田が容易に想像できた。
「だからある程度は把握した。……河川敷で見つかったのは、お前の姉さんの持ち物だったのか?」
画面に表示された着信は、両親と鈴乃で埋め尽くされていた。鈴乃にいたっては、学校を早退した時から連絡を貰っていたのを思い出す。倒れていたとはいえ、さすがに悪いことをしたとは思う。
しかし、鈴乃から送られてきたメッセージは数十件にまで到達しており、穂香は恐る恐る画面を開く。【穂香、どうして返信くれないの?】【心配なの、返信して!】【先生に聞いても濁されちゃった。本当に大丈夫?】――いくら彼女の心配性とお節介な性格を知っているとはいえ、あまりにも過激で予想の範疇を越える異常さに、思わず開いたことを後悔した。ここまで詰めて聞かれるとは思っていなかったし、どこかストーカー化しているようにも思える。両親には連絡先を教えてないから、おそらく大丈夫だろうが、この様子だと自宅まで突撃されそうだ。
慌てて【ごめんね、熱出して早退したの。連絡が取れなかったのはさっきまで寝ていたから。まだ体が怠いから、しばらくは返信できない】と打ち込んで送信すると、スマホの電源を落とした。
両親からの連絡を見ていないが、敷島が孝明と話し、両親へ連絡しているとうろ覚えながらも言っていたのを思い出す。電源を切っていても「スマホの充電が切れた」と誤魔化せば問題はないだろう。
壁にかけられた制服のすぐ下にある、椅子の通学用のリュックが目に入る。ベッドを抜け出して、電源の切れたスマホをポケットに突っ込んだ。これでしばらくはスマホを気にしなくていい。それでも無意識に視線がリュックにいってしまう。
気を紛らわそうと、自分が病み上がりであることも忘れて朝食の準備を手伝えないか考える始末だ。
「あれ、伯母さんは?」
一人でうだうだ考えていると、敷島が部屋に入ってきた。青のパーカーに黒のチノパン姿で、朝風呂から出たばかりだろうか、先程の寝起きよりもしゃきっとした顔つきをしている。濡れた髪の先から雫が滴り、首にかけたタオルに落ちて滲んでいった。
「朝食の準備をしてくるって。何か手伝いたいんだけど……」
「病み上がりの奴が何を言ってんだよ。寝てろ」
ベッドを指さしながら、敷島にあっさりとひと蹴りされてしまう。渋々ベッドに戻ると、敷島は昨夜と同じようにベッドの脇に腰かけた。
「で、お前はなんであんなところにいたんだ?」
「……あんなところって?」
「河川敷だよ。体調不良の上にろくにメシも食ってない、雨が降っているのに傘をさそうとしないで何してたんだって聞いてんの。お前、バス通学だから普段あんなところ通らねぇだろ」
学校から駅を巡回している市営バスのルートは、河川敷とは真逆の方向にある。
話を聞いている限り、敷島は紗栄子の失踪については知らないようだ。躊躇いもなく直球で訊いてくるのは、悪気があってのことではないのは充分にわかっていた。
事情を知らない彼に、紗栄子の話をしていいのか。――今よりももっと騒ぎ立ててしまえば、穂香はきっと口を開いた自分が許せないだろう。
躊躇っていると、敷島は口を開いた。
「昨日、帰る前に藤宮のクラスに寄ったんだ」
「え……?」
「朝から顔色が悪かったし、席の交換を渋るくらい真面目なお前のことだから、無理をして授業を受けてそうだと思って。……で、教室に行ったらお前が見当たらない代わりに、河川敷で警察が捜索していた話で盛り上がっていて。藤宮がいないからようやく話せるって、ふざけた奴がいたから聞き出した」
「聞き出したって……何もしてないよね?」
「別に、ちょっと首根っこ掴んだくらい。すぐ大人しくなった」
「掴んだって」
(そんな猫みたいに言われても……)
ふと、穂香の頭には新田の顔が浮かぶ。彼は河川敷の近くが通学路で、学校に遅刻しそうになりながらも動画や写真を撮影していた。自分が早退し、ようやく意気揚々と話せるようになった直後に敷島が現れたのだろう。関わりがなくても敷島の容姿や噂は嫌でも耳に入ってくる。絶望の表情を浮かべる新田が容易に想像できた。
「だからある程度は把握した。……河川敷で見つかったのは、お前の姉さんの持ち物だったのか?」