*
翌朝、自然に目が覚めた穂香はゆっくりと起き上がった。昨晩のような気怠さもない。時計は朝の六時を指している。いつもより遅く起きたせいか、頭がすっきりしていた。
ふと横を見ればベッドに顔を伏せて眠っている敷島の姿があった。肩には毛布が掛けられているが、ずり落ちそうになっている。いくら室内が温かくとも、十二月半ばにこの状態は風邪をひいてしまうかもしれない。
毛布を掛けなおそうと手を伸ばすが、右手が動かないことに気付いた。自分の手がしっかりと敷島に掴まれているのを見て、寝る前の記憶がよみがえる。
(……そうだった!)
思い出すだけで体温がかぁっと上がっていくのを感じる。体調が悪かったとはいえ、さすがに恥ずかしい。
それでも敷島に風邪をひかせるわけにはいかない。空いている左手で少しずつ毛布を掛けなおしていると、小さくノックする音が聞こえた。
穂香が答える前に入ってきたのは、四十代くらいの女性だった。料理中だったのかエプロンを身に着け、腕まくりした腕には水滴が残っている。様子を見に来たようで、穂香が起きているとは知らずにカーテンを開くと、「あら」と驚いたそぶりを見せた。
「おはよう。ごめんなさいね、勝手に入って。気分はどうかしら?」
「は、はい、随分良くなりました。ご迷惑をおかけしてすみません。えっと……」
「尚の伯母で、友恵といいます。とりあえず熱計りましょうか」
はいこれ、と体温計を渡される。片手で器用に脇に挟んでいると、その様子を見ながら彼女は問う。
「尚とはクラスが一緒なの? えっと……お名前を聞いてなかったわね」
「ふ、藤宮穂香です。敷島くんとは別のクラスで、授業でちょっと話すようになって……」
「穂香ちゃんね。いつも甥がお世話になっています。うちが近くて本当に良かったわ。最近はしっかり冷え込んでいるし、体調崩す子も多いわ。ウチはいつもそういう子たちを見ているから気にしないで」
そういえば眠る前、敷島がここは診療所だと言っていたのを思い出す。毎日のように診察をしているとはいえ、診察終了後に急患が入ってきたのはさぞかし迷惑だったに違いない。影を落としたのが見えたのか、友恵は優しく穂香に声をかける。
「本当に気にしなくていいからね。尚が頼ってくれることなんて滅多にないから嬉しかったわ」
話していると、脇に挟んでいた体温計が鳴った。取り出して確認すると、熱はすっかり下がっている。それを見て友恵は「きっと寝不足もあったのね。ここに来たよりもスッキリした顔をしているわ」と笑った。
言われてみれば、姉が失踪してからの半年、学校に行きながらほとんどの家事を担っていた。母親の代わりに朝食を作り、帰ってきてから洗濯や夕飯の準備をする日々が続いていたのが浮かぶ。家事自体は特別なことではないし、母親もやっていたから、そこまで負担ではなかったはずだろうが、気持ちの面が強かったのかもしれない。両親を少しでも休ませたい、土日にチラシを配りに行かせてもらえない代わりに何かしなければと、自分から言い出したことだ。結局自己管理ができておらず、周りに迷惑をかける結果になってしまったらしい。
「心当たりがありそうな顔だな」
低くかすれた声がした。先程まで眠っていた敷島が、大きく伸びをしながら上体を起こした。握られていた手も自然と離れていく。
「あらおはよう、尚」
「ん……」
「寝ぼけているわね……まぁいいわ。二人とも、朝ご飯は食べられるかしら? 一応雑炊にしようと思うのだけど」
「え、えっと……」
「食っとけ、藤宮。残った分は俺が食う」
着替えてくる、と立ち上がった敷島は気怠そうに頭を搔きながら部屋を出ていった。その後ろ姿に友恵は小さく笑う。
「そうね、尚のお腹は頑丈だから沢山作っても大丈夫ね。食べられる分だけ食べてくれたらいいわ。できたらこっちに持ってくるわね」
「……ありがとうございます」
翌朝、自然に目が覚めた穂香はゆっくりと起き上がった。昨晩のような気怠さもない。時計は朝の六時を指している。いつもより遅く起きたせいか、頭がすっきりしていた。
ふと横を見ればベッドに顔を伏せて眠っている敷島の姿があった。肩には毛布が掛けられているが、ずり落ちそうになっている。いくら室内が温かくとも、十二月半ばにこの状態は風邪をひいてしまうかもしれない。
毛布を掛けなおそうと手を伸ばすが、右手が動かないことに気付いた。自分の手がしっかりと敷島に掴まれているのを見て、寝る前の記憶がよみがえる。
(……そうだった!)
思い出すだけで体温がかぁっと上がっていくのを感じる。体調が悪かったとはいえ、さすがに恥ずかしい。
それでも敷島に風邪をひかせるわけにはいかない。空いている左手で少しずつ毛布を掛けなおしていると、小さくノックする音が聞こえた。
穂香が答える前に入ってきたのは、四十代くらいの女性だった。料理中だったのかエプロンを身に着け、腕まくりした腕には水滴が残っている。様子を見に来たようで、穂香が起きているとは知らずにカーテンを開くと、「あら」と驚いたそぶりを見せた。
「おはよう。ごめんなさいね、勝手に入って。気分はどうかしら?」
「は、はい、随分良くなりました。ご迷惑をおかけしてすみません。えっと……」
「尚の伯母で、友恵といいます。とりあえず熱計りましょうか」
はいこれ、と体温計を渡される。片手で器用に脇に挟んでいると、その様子を見ながら彼女は問う。
「尚とはクラスが一緒なの? えっと……お名前を聞いてなかったわね」
「ふ、藤宮穂香です。敷島くんとは別のクラスで、授業でちょっと話すようになって……」
「穂香ちゃんね。いつも甥がお世話になっています。うちが近くて本当に良かったわ。最近はしっかり冷え込んでいるし、体調崩す子も多いわ。ウチはいつもそういう子たちを見ているから気にしないで」
そういえば眠る前、敷島がここは診療所だと言っていたのを思い出す。毎日のように診察をしているとはいえ、診察終了後に急患が入ってきたのはさぞかし迷惑だったに違いない。影を落としたのが見えたのか、友恵は優しく穂香に声をかける。
「本当に気にしなくていいからね。尚が頼ってくれることなんて滅多にないから嬉しかったわ」
話していると、脇に挟んでいた体温計が鳴った。取り出して確認すると、熱はすっかり下がっている。それを見て友恵は「きっと寝不足もあったのね。ここに来たよりもスッキリした顔をしているわ」と笑った。
言われてみれば、姉が失踪してからの半年、学校に行きながらほとんどの家事を担っていた。母親の代わりに朝食を作り、帰ってきてから洗濯や夕飯の準備をする日々が続いていたのが浮かぶ。家事自体は特別なことではないし、母親もやっていたから、そこまで負担ではなかったはずだろうが、気持ちの面が強かったのかもしれない。両親を少しでも休ませたい、土日にチラシを配りに行かせてもらえない代わりに何かしなければと、自分から言い出したことだ。結局自己管理ができておらず、周りに迷惑をかける結果になってしまったらしい。
「心当たりがありそうな顔だな」
低くかすれた声がした。先程まで眠っていた敷島が、大きく伸びをしながら上体を起こした。握られていた手も自然と離れていく。
「あらおはよう、尚」
「ん……」
「寝ぼけているわね……まぁいいわ。二人とも、朝ご飯は食べられるかしら? 一応雑炊にしようと思うのだけど」
「え、えっと……」
「食っとけ、藤宮。残った分は俺が食う」
着替えてくる、と立ち上がった敷島は気怠そうに頭を搔きながら部屋を出ていった。その後ろ姿に友恵は小さく笑う。
「そうね、尚のお腹は頑丈だから沢山作っても大丈夫ね。食べられる分だけ食べてくれたらいいわ。できたらこっちに持ってくるわね」
「……ありがとうございます」