「ところで、最近はどう? 部活もそろそろ大会でしょう?」
「順調だよ。先発メンバーにも選ばれそう」
「本当? 大会の日、仕事じゃなかったら応援に行けたのに……」
「無理しないでいいよ。きっと今年は全国大会まで行けそうな気がするの。皆すごいから。私が足を引っ張っているくらいで……」
「……何か、あったの?」
 次第に表情が暗くなっていく穂香に、紗栄子は問う。親には相手にされなかったが、姉なら何かアドバイスをしてくれるかもしれない。躊躇いながらも切り出してみることにした。
「最近、その……同じ悪い夢を見て、それがちょっと」
「夢?」
 灰色に染まった世界で、小屋に閉じ込められる夢――雨音が次第に聞こえてきて、見知らぬ誰かが穂香へ手を伸ばしたところでいつも目が覚める。
 決まって目覚めが悪く、首元を絞められたような感覚が拭えない。鏡の前で首元を確認するうちに、いつしかタートルネックを着ることも、ネックレスやマフラーもつけられなくなっていた。
「こんな話をしてごめん。でもお母さんに話してもすぐに忘れるからって流されるだけで……」
 一通り話を終えると、紗栄子はどこか真っ青な顔色をしていた。自分の妹が夢で苦しんでいるなんてと憐れんでいるというより、罰が悪そうな顔だった。
「お姉ちゃん?」
「……ううん、ちょっと驚いちゃって。他には何か覚えていることはある?」
「今のところは特に。……ごめん、混乱させちゃうよね」
「いいのよ。穂香が少しでも楽になるなら、なんでも話して。それに嫌なことは楽しいことをして忘れるのが一番! 買い物が終わったら、新しくできたカフェのケーキを食べて帰りましょう」
 どうしていいかわからない夢の話を、まっすぐ受け止めてくれた紗栄子の優しさに、穂香は礼を言うと、また歩き始める。
 迫ってきた結婚式に胸を躍らせる紗栄子を前に、穂香は先程の神妙な表情を、見なかったことにした。

 ――それからしばらくして、紗栄子は失踪した。