穂香には八つも年の離れた姉がいる。
 名前は紗栄子といい、いつも優しくて自分の意志を曲げない、まっすぐな性格の姉が穂香は大好きだった。姉のおさがりが欲しくて泣いたこともあったし、テスト前は無理を言って勉強を教えてもらい、学校の帰りに駅で待ち合わせをしてカフェでケーキを食べたり、休みの日は一緒に買い物に行ったりと、友人や両親にできない相談も紗栄子にならできた。
 穂香にとって自慢の姉であり、理想の人そのものだった。だからこそ、紗栄子の就職が決まって家を出るときは寂しかったし、結婚が決まったときは自分のことのように喜んだ。
「お姉ちゃん、誕生日おめでとう!」
 今から七ヶ月前――五月某日。仕事や新居への引っ越し、六月に迫った結婚式の準備で慌しくしていた紗栄子が、久々に実家に帰ってきた。
 勤めている会社の先輩と入籍し、実家を出て早一年。夫の孝明が出張先で買ってきた土産を持ってきたついでに、珍しく一泊していくと聞いて穂香は心を躍らせた。
 数週間ほど遅れた誕生日プレゼントは特注のスニーカーだった。一見、薄ピンク色のフォルムだが、水に濡れると濃いピンク色に咲くガーベラの花が浮かび上がる仕様になっている。以前から羨ましそうに見ていたのを知っていた穂香が、長期休暇を利用して部活とアルバイトを両立し、貯金を貯めて購入したものだ。
「これ……どうやって? もう販売終了したはずよね?」
「鈴乃と一緒に探して、滑り込みセーフだったの。時間かかっちゃうけど、どうしてもあげたくて」
「……ありがとう、穂香。大切にするわ! 鈴乃ちゃんにもお礼言っておいてくれる?」
 スニーカーを抱きしめて紗栄子は嬉しそうに笑う。その笑顔に、厳しい部活の練習の合間に頑張ってよかったと、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
 その数日後、紗栄子から久しぶりに買い物にいかないかと、二人きりで出掛けることになった。早速贈ったスニーカーを履いてきてくれて、雨が降らないかと時折ワクワクしながら空を見上げていた。そんな姉の姿を見て、穂香は微笑ましくも少し呆れたように言う。
「今日も一日晴れるみたいだよ。気温も夏並みだし、しばらくは降らないんじゃないかな」
「そうね……まだ五月だし、梅雨入りも六月下旬くらいになりそうだから、まだかかりそうね。……でも今から楽しみ! そうだ、今年の誕生日は何がいい? 今のうちに聞いておきたいの」
「んー……すぐには思いつかないよ」
「じゃあ思いついたら教えてね」
「わかった。でも誕生日は間違えないでね? いつも一週間も早いんだもん」
「こ、今年は大丈夫よ! クリスマスのイチゴの日って覚えてるから!」
「イチゴじゃなくてショートケーキの日ね。二十二日だから」
 穂香が生まれた日が十二月二十二日であることから、藤宮家では誕生日とクリスマスは同じ日に祝っている。
 しかし、紗栄子だけは違った。
 もともと、穂香の出産予定日は十五日で、両親から「十五日になったらお姉ちゃんになる」と言い聞かされていたのだ。それを紗栄子が「十五日が妹の誕生日」だと勘違いし、定着してしまったのだ。
 しばらくは間違えないようにとカレンダーに書き込むようにしていたが、穂香がショートケーキを食べるときはイチゴを先に食べることが、なぜか誕生日と連動してしまい、いつしか本来の誕生日の一週間前――十五日が誕生日だと認識するようになってしまった。
 それは社会人になり、家を離れた今も変わらない。だから穂香は、毎年誕生日の話になると必ず日付の話をする。自分からプレゼントが欲しいとねだっているようで、できればしたくないのだが、こうでもしなければ紗栄子が十五日にプレゼントやメッセージを送ってきて、正しい誕生日を一生覚えてもらえない気がした。