「そうだ、お前のところって世界史はどこまでやってる? 今日の授業で当てられそうでさ」
「世界史は……明治の偉人のところだよ。確か他のクラスより早く進みすぎたから寄り道してるって、葉山先生が言ってた」
「マジか。俺のいるクラス、ことごとく世界史の授業を避難訓練や講演会で潰されるんだよな……小テストが少ないからいいけど」
「小テスト……あ」
 思い出したように、穂香は慌ててリュックの中を漁る。丁寧に挟んだクリアファイルから、選択授業の後に落としていった敷島の小テストを取り出した。
「これ、この間落として行ったでしょう? 返すのが遅くなってごめんね」
「なんだ、お前が持ってたのか。てっきり机の奥でぐしゃぐしゃになってると思ってた」
 穂香から小テストを受け取ると、一通り目を通した。自分のテストなのに、何を探しているのか。
「カンニングしなかったの?」
「かっ⁉ ……す、するわけないでしょ。そこまでまだ進んでいないんだから」
「なんだ、貸してやろうか? 席も交換してもらったんだから、これくらい安いモンだ」
「お礼だったとしてもカンニングはダメだよ……」
 苦笑いする穂香に対し、ケラケラと笑う敷島。
 その表情を見て、なぜ敷島はここまで気にかけてくるのかと不思議に思った。席を交換しただけで感謝されることではないし、車道に突き飛ばされた時に助けてくれたのだって、むしろ穂香のほうが御礼をしなければならないような気がしている。
 それでも穂香は問うことはしなかった。教室の端がいい生徒は彼以外にもいる。他に特別な理由があったとしても、それは自分が聞いていいものではない。
「藤宮ってさ」
「っな、なに?」
 名字とはいえ、初めて敷島から呼ばれたことに驚いてしどろもどろに応える。不愛想な顔を一つも変えない彼はそんなことにも気にせず問う。