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 一夜明けて、澄んだ寒空が広がる十二月の早朝は一段と冷え込んでいた。
 いつもより少し早く目が覚めた穂香は、眠っている両親を起こさないよう朝食の準備をする。長葱と豆腐の味噌汁は作れても食欲が湧かず、自分の朝食を抜いて冷蔵庫にあった高菜の浅漬けを詰め込んだおにぎりを二つ作った。それでも食欲はなく、粗熱がとれたところで包んでリュックに突っ込むと、すぐに家を出る。今は両親の顔を見たくなかった。
 学校に着いて食べればいいと思ったが、途中の自販機で買ったスポーツドリンクを空腹に流し込むと、心なしか膨れた気がした。
 一本早い急行電車に乗ると、うたた寝する乗客を横目に空いている席に座る。いつもより早い時間のせいか、外が薄暗く霧が濃い車窓を眺めながら最寄り駅まで向かう。
 バスターミナルに着くと、ここ数日で見慣れた背中が視界に入った。長身で気怠そうにバスを待つ敷島がこちらを向くと、穂香に気付いて気怠そうに手を挙げた。
「お前、いつもこんなに早いの?」
「敷島くんこそ、この間は遅刻前提でバス乗ってたのに今日は早いんだね」
「言ってろ。いつもより目が覚めるのが早かっただけだ」
 少々不貞腐れた顔をして目を逸らすと、穂香は彼の隣に並んだ。前にも何人か並んでいるが、小中学生の姿はない。よく見れば、穂香が普段から使っている路線の、反対周りのルートを走るバスだった。
「こっちの路線って遠回りだよね? いつもこっちに乗っているの?」
「人少ないし、静かでゆっくりできる。……え? お前もこっち乗るの?」
「うん。今日は早く出てきたから、時間に余裕があるし」
「……嘘だな」
 大きな欠伸をしながら言った敷島に、穂香は図星をつかれた気がした。
 真っ当な会話をしたのはここ最近のことなのに、まるで見透かされたかのような口ぶりの敷島を凝視する。それが睨んでいるように見えたのか、彼は眉をひそめた。
「何があったか知らねぇけど、そんな顔色悪そうにして普段通りを装うなよ」
「別に装ってなんか……え? 顔色?」
「自覚ねぇのかよ……真面目な人間はいつも自分の体調を気にかけないのか? ここに来るまでずっとふらついてたぞ。朝飯は?」
「……た、食べた」
「まさかその手に持っているスポドリで空腹を紛らわせたとか言わないよな? ……マジかよ」
 ちょっと待ってろ、と敷島がリュックをごそごそと漁り始める。それと同時に、バスターミナルに巡回バスが入ってきた。穂香たちが並ぶ乗り場に着くと、ドアが開いたと同時に列も動き出す。
 リュックを漁りながら乗り込む敷島の後に穂香も続いた。いつも乗車している時間帯に比べて空席が目立つ。どの乗客も、座ってすぐに身体を丸めるようにして目を瞑った。
 敷島が後ろの二人掛けの席に座ると、穂香はその前の席に座った。
「隣に来ればいいじゃん。話しにくくなるだろ」
「い、いや! こっちで大丈夫!」
 事あるごとに見透かしてくる相手の隣になんて、嫌でも警戒してしまう。
「まぁいいけど。ほら、これ」
 そういって敷島が穂香に差し出したのは、エネルギー補充重視のゼリー飲料だった。バスターミナルまでの道中で買ったのか、まだ冷たく、表面には水滴がついている。
「やるよ。食欲なくてもこれなら入るだろ」
「いいの? 自分で飲むように買ったんじゃ……」
「スポドリで空腹を紛らわせるよりマシだから。それに俺はちゃんと朝飯食ってから来てる。昼飯は別で買ってるから飲んどけ」
「…………」
「なんだ、その言いたげな顔は」
「……ううん。なんでもない。ありがとう」
 噂で聞いていた話とは正反対な、敷島の素顔に触れたような気がした。穂香は安心したのと同時に、自分しか知らない一面なのではと心なしか嬉しく思える。
 無自覚のうちに暗い顔をしていた穂香の口元が緩んだのを見て、敷島は前屈みに身を乗り出した。