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 枕元に置いたスマホの着信音に起こされ、穂香は顔を上げた。
 家に帰ってから夕食までに時間があったため課題をしていたが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。エアコンの暖房が心地良い室温に設定していたのが仇となったようだ。窓の外は暗く、辺りはしんと静まり返っている。
 机から身体を起こす。ふいに頬に触れると目元に涙の痕が残っていた。
「……誰だったんだろう」
 半年前のある日から、毎日のように同じ灰色の夢を繰り返している。
見るものすべてがモノクロで構成され、無機質ながらも現実味のある夢の舞台は、いつも倉庫のような質素な場所だった。乱雑に置かれた荷物の埃が被った匂い、壁やドアを叩きつけるほど強い雨音さえ肌で感じるほどだ。
 人の声が混ざって聞こえるようになったのはここ最近のことで、最初は雨音に紛れて上手く聞き取れなかったが、誰かに怒鳴りつけている声が微かにしたのを覚えている。
 周囲の様子が確認できたところで引き戸が開かれると、入り込んできた雨がハリボテの床を濡らし、床を真っ黒に染めていく。じっと正面を見つめていると、いつの間にか誰かが立っているのだ。顔まではハッキリ見えないものの、体格からして男女の二人組だったと思う。入ってくるなり、穂香に手を伸ばす。――そして、目が覚めるのだ。
 ずっと繰り返し見てきたこの夢に終わりはない。もしかしたら実際に首を絞められていたのではないかと、起きるたびに鏡の前で首元を確認するのは、いつしか習慣と化していた。
 寝落ちていたとはいえ、机のすぐ近くに置いた鏡で首元を確認する。絞められた痕はなかったことにホッと胸を撫で下ろし、穂香はスマホを手に取った。
 着信の通知に加え、母からのメッセージが入っている。リビングに義兄が来ているらしい。
 身だしなみを軽く整えてリビングに向かうと、珍しく早く帰ってきた父と母、そして姉の夫である(はた)()(たか)(あき)がソファで話をしていた。母が穂香に気付くと、二人も顔を向けた。
「穂香ちゃん、久しぶり。ごめんね、急に押しかけちゃって」
「いえ、すみません。母からのメッセージで目が覚めたので」
「もしかして寝ていた? 起こさない方がよかったかしら」
 母が心配そうに眉をひそめると、穂香は首を振った。仮眠ではなく勉強中の寝落ちだったと話せば「ちゃんと夜も寝てちょうだいね」と釘をさされる。隣で父がまぁまぁ、と宥めた。
「穂香も来年は受験生なんだから、疲れていて当たり前だろう。呼び出して悪かったな」
「ううん……孝明さんが来たってことは、何かあったの?」
 穂香が孝明の方を見ると、困ったように眉を下げた。嫌な予感がして身構えると、孝明は慎重に口を開いた。
「実は――」
「…………そっか」
「残念だけど、もう……」
 孝明は膝に乗せた拳をぎゅっと握る。はっきり告げられた言葉とは裏腹に、身体は小さく震えていた。それは両親も同じで、母は顔を伏せ、その背中を皺の寄った手で父が擦る。穂香は持っていたスマホが落ちないように握るだけで精一杯だった。