「絹恵さん、おはようございます」
「まあまあ。紬生様、おはようございます」



 「今日もお早いですねぇ」といつもの朗らかな笑みを浮かべて、絹恵さんは相変わらず丁寧なお辞儀を披露した。


 梅雨が明けて、夏の予感が本格的になって。

 私、小花衣(こはない) 紬生(つむぎ)もこの屋敷に随分慣れてきました。



「これからご飯の支度ですか?私で良ければ手伝いますっ」
「それは頼もしゅうございます」



 ころころと楽しそうに笑う絹恵さんは、見ているだけで心が落ち着いていくみたいだ。

 つられて私も笑顔になりながら、既にコックさんたちのいる厨房に顔を出して挨拶する。



「おはようございます!」
「おー嬢ちゃん、今日も早いね。じゃあ、スープ見ててくれるかい」
「わかりましたっ」



 何度かこうしてお手伝いに来ているうちに、ここのコックさんたちともすっかり顔見知りだ。
 おかげで一ヶ月前の反応と比べると、だいぶ打ちとけたように感じる。

 そのことが何より嬉しい私は、“早起きの癖”など関係なく、自然と早くに目が覚めるようになったのだった。



「お前はいつもこの時間に起きているのか」
「あ、燈矢(とうや)。おはよう」



 珍しく厨房に顔を出したのは、私の夫でありこの屋敷の主人である、狐月院(こげついん) 燈矢だ。

 お玉を一旦置いて戸口の方に近づくと、早速燈矢の朝の色気にあてられそうになる。

 今朝は普段用の着物姿で一段と大人びて見えるな――と、見惚れていたのがまずかった。


 隙ありと言わんばかりに、体に腕を回して私を引き寄せると、燈矢はさも当然のように唇を奪った。

 軽く触れるだけの優しいキス。
 それなのに、燈矢の触れた部分から順に発火していくみたい。



「朝食、楽しみにしてる」
「…………な、な……っ」



 燈矢はすばやく離れると、少年のようないたずらな笑みを残して行ってしまった。

 ぼんっと限界突破して真っ赤な私に、コックのおじさんが笑顔で一言。



「今日のサラダにはこの熟れたトマトをつけとくな。今の嬢ちゃんそっくりだ」
「え、あ、そのっ、こここれは……っ」



 からかわれていると気づいて一層アワアワする私。
 コックさんたちと絹恵さんの、楽しげな笑い声で厨房はしばらく満ちていたのでした。