満面の笑みのまま頭を下げたその女性を、改めてまじまじと見つめて、私はようやく気づいた。
 


「あ、ごめんごめん。驚かせちゃった?私は、この愚弟の姉の、和葉(かずは)です」



 やっぱり、この人が燈矢のお姉さんだったんだ。和葉さん、なんて素適な響きなのだろう。

 いや。――それよりも。

 言った。さらりと “愚弟” って言った。
 二回も……。



「姉さん、帰国早々騒がしい」
「いいじゃない、わたしだってずっと楽しみにしてたんだから」



 本当に姉弟なのか思わず疑いたくなるほど、二人の温度差がとてつもなく激しい。

 燈矢は「厄介なことになりそうだ」と言いたげな目で実のお姉さんを見つめているけれど、私は私でもう一つ驚く。
 帰国って……和葉さん、海外へ行っていたってこと?

 私の疑問を感じ取ってか、和葉さんはさっきからずっと困惑しっぱなしだった私に詳しく話してくれた。



「私ね、本当はあなたたち二人の結婚式にも参列したかったのよ。でもちょうどその頃、どうしても外せない大事な海外での打ち合わせ中でね」
「……これでまた分家の連中に舐められる」
「ごめんねぇ、紬生ちゃん。お詫びも兼ねて、はい、これ手土産」



 燈矢の突っ込みを全無視して和葉さんが私に差し出したのは、薄いピンク色の可愛らしい紙袋。

 開けてみて、と楽しそうに勧めてくれたので、お言葉に甘えて中身をちらりとのぞく。



「えっ」
「ね、可愛い紬生ちゃんにぴったりだと思うの、うちのブランド」



 それは、ハート型の香水瓶。
 ガラスに細かく模様が刻まれているおかげでいくつも光を反射して、息を呑むほど綺麗だ。

 これは絶対良いやつ(・・・・)では……と色んな意味で震えだす私に、和葉さんはにこにこと満足気に笑ってみせる。



「紬生ちゃんもそろそろそういうお年頃でしょう?うちのコスメは若い子向けの物が多いから、もし気に入ったらぜひうちをご贔屓(ひいき)に!」
「……相変わらず抜け目ないな」



 燈矢はわざと自分のお姉さんに聞かせるような深いため息をついてみせて、まだ色々と話したいことがありそうだった和葉さんを我に返らせた。



「あ、ごめん燈矢。やぁ〜っと義妹ちゃんができたと思ったらまさかの天使で、思わず興奮しちゃった」
「て、天使……っ」



 私の引きつった声に和葉さんは素早く振り返ると、きらりと、いやギラリと目をきらめかせて、私の耳元に(ささや)いた。



「紬生ちゃん。あとでゆっくりお話しましょ」
「は、はいっ」



 燈矢は胡乱げな目で私たち(主に和葉さん)を見つめているも、すでに色々諦めている様子。



「姉さん、頼んでいたものは持ってきてくれたか」
「ええ、ちゃ〜んとあるわよ。感謝して頂戴!」
「……」



 返事を聞くなり、邪魔者はとっとと退散するとばかりに、少々げんなりしたまま部屋を出ていった燈矢。
 残された私は、この元気の良いお義姉さんと二人きりの状態に、軽く身体に力が入る。

 お、夫のお姉さん……小姑さんなんだから、粗相のないようにしないと。
 と、身構えつつも。

 さっきから目にしていた和葉さんの笑みからしたら、きっと平気かな。

 心なしか一気に明るくなった空間で、私はひそかに胸をあったかくした。