「紬生様、お帰りなさいませ」
「ただいまです」



 もう見慣れてしまった大きな門を開くと、絹恵さんがすでに出迎えてくれていた。

 私が抱えている花柄のエコバックを見やって、彼女はより一層、こちらがほっとするような笑みを満面に広げた。
 


「お荷物はどうぞこちらに。紬生様の支度が整いましたら、皆で張りきって料理いたしましょうね」
「はいっ」



 私はここまで送ってくれた護衛さんたちに軽く頭を下げつつ、大きく頷く。
 
 そうなのだ。
 今日の夕食はなんと、私が主となって作らせてもらえることになったのだ。





 それは、実に今朝のことである。

 朝食のおかずが予想通りに余ってしまったので、私は登校前に厨房に戻り、自分用の弁当箱に詰め直していた。



『紬生様。先程の燈矢様のお言葉、お聞きになりましたか』
『はい。……安心しました』



 私が作ったスープであるとはつゆ知らない燈矢からの、素の『……美味いな』は身にしみる。かなりしみる。

 達成感と嬉しさに静かに打ち震えていると、絹恵さんはその柔らかい瞳をきらりと光らせて、一つ提案をしてくれたのだった。




『紬生様。今夜のお夕食を、お一人で作られてみませんか』




 もちろん(わたくし)や厨房の者も皆、サポート致しますので。
 
 素敵なアイデアをくれた彼女は、珍しくいたずらっ子のように「にやっ」と音が出そうな笑みを浮かべている。

 こういうお茶目な一面があるから、絹恵さんはとても親しみやすいのだろうなぁ、としみじみ思いつつ。
 私は提案を反芻しながら、彼女に向けて大きく頷いた――。






「久しぶりの学校はいかがでしたか」



 二人で厨房に向かう道中、疲れましたでしょう、と絹恵さんは私を優しく労ってくれる。



「はい、少し。……でも、燈矢が思っていたより色々と(・・・)手を回してくれていたみたいで」



 今日一日の色々と(・・・)問題がありすぎた数々を思い出して言うと、絹恵さんは少しきょとんとして、それからふっと小さく吹き出した。
 
 その姿に、今度は私がきょとんとする番だ。



「坊ちゃまは本当に紬生様のことを愛していますからねぇ。どうか引かないであげてくださいませ」
「あ、愛し……?」



 しばらくしてその言葉の意味を理解し、私はわかりやすく発火した。



「い、いえいえいえ、そんなわけはっ」
「《魂の赤い糸》で結ばれているのですから、もっと自信をお持ちになってよいのですよ」
「……?」



 なぜ自信を持っていいのかわからないが、またそもそも何の自信なのかは不明だが。


 燈矢が私を……愛してる?

 そんなことが、燈矢の過保護な行動の理由になるのだろうか。



「ふふ。燈矢様は、紬生様が思っていらっしゃるよりもずっと、我慢強いお方ですからね」
「え、ええと……?」



 確かに全身から溢れ出ている傲岸不遜なオーラからは、底知れぬ頼もしさが隠れているように思えなくもないけれど。

 絹恵さんは「そのうちきっと、知るべき時がきますよ」と告げて、目尻のしわを柔らかに深めた。