「え、いったいどういうこと? えっと、通話アプリの相手が先生で、っていうか二人ってそういう…?」
ぐるぐる、ぐるぐる。いろんな仮説がそんな音を立てながら頭の中を回っているのがわかる。
いや、私の目がおかしいのかもしれない。
たぶん、目元が似ているとか、雰囲気がそれっぽいとか、そんな理由で勝手に結びつけてしまっただけだ。
危ない。焦っても良いことはなにひとつないのだから。
もう一度ゆっくりと視線を動かして、先生"もどき"を見る。
「え…」
けれどやはり、何度見ても先生……我が高校の数学教師・田中先生にしか見えないのだ。
ついに目まで狂ってしまったか、と半ば諦めのような思いが生まれる。
こんなところまで数学に侵食されなければならないのか。本当に勘弁してほしい。
「だめだ羽花ちゃん、私完全に数学に侵されてる。すみません、あなたが数学教師にしか見えないという感覚麻痺により、取り乱してしまいました」
ぺこぺこと謝罪をし、ため息をついて退散しようとしたのだけれど。
「ん…? 怪しいやつから羽花ちゃんを救うという根本的なミッションを達成できてないよね、私」
重大な事実に気付いて、それではいけないと顔を上げる。
「なんか仮説が錯乱しすぎて忘れかけていましたが、羽花ちゃんは渡しません。お引き取りください」
よく言った未理、偉すぎるぞと己を褒め称えつつ、羽花ちゃんを守るようにして二人の間に立つ。
じっと彼を見つめ、彼の顔をくまなく観察しながら、相手の出方を待つ。
それにしても、見れば見るほど先生にしか見えない。
ドッペルなんちゃらっていう怖い話があるけれど、本当にいるんだね、ここまで瓜二つな人。
「ねえ、未理」
「大丈夫だよ羽花ちゃん、心配しないで。この数学教師もどきは私が退治するから」
「いやだから、その……」
後ろからもごもごと何かを言おうとする羽花ちゃん。
ここは冷静になったら終わりだと自分を鼓舞していたせいで、小さな声は私の耳には届かなかった。
「あ、あなたみたいに羽花ちゃんに近づく人は……は、はっきり言ってっ、キモいです…!! 今から十秒数えるので、まっ、回れ右をして帰ってください。じゃないと警察に通報しますよっ!?」
ところどころ情けなく裏返る声。
こんなにも文字に起こしたくないひどい言葉、生まれて初めて言ったよ。
ぜえぜえと息を切らしつつ、キッと彼を睨む。切長の瞳が若干揺れ、それからおだやかに細くなった。
浮かべられたその笑みに、どことなく既視感を感じてしまう。
「なかなかの物言いですね、朝乃さん」
それはもう恐怖だった。
課題を学校に置いて帰ったことを提出日前日の夜に気づき、そのまま朝を迎えたときの次に怖かった。
あの絶望感は半端じゃない。
みんな荷物をしっかり確認してから下校しようね、などと頭の中で考えられるほどに、一周まわって落ち着いていた。
「どうして私の名前を…?」
「どうしてって……それはもちろん、わたしがあなたの数学教師だからですよ」
恐、怖。
「はっ……? じゃあやっぱり、あなた田中先生なんですか??」
「ええ」
だからなんだと言ったみたいに、ニコニコしながらうなずく先生。
教育委員会、先生、生徒、恋愛、禁断、異動、退職、と危険なワードが頭を高速でかけめぐっていく。
「こんなの見つかったらつかまりますよ! それに羽花ちゃん、こんなの私が言うことじゃないかもしれないけど……もっと、若い人いるじゃんか、なぜに田中先生なのだ。私にはちょっと理解しかねるよ…! ほんとにごめんだけど!!」
「落ち着いて、未理」
「だって、だってっ……」
私はどうやら、落ち着く、ってことを知らないらしい。
一人でしゃべり倒す私に「ストップ」と手で合図した羽花ちゃんは、「あのね未理」と言い聞かせるように視線を合わせた。
「私の苗字、思い出して」
「え、羽花ちゃんの苗字……?」
はた、と考える。
羽花ちゃんの苗字は……。
「田中?」
「ピンポン」
「……え」
と、いうことは。
考えたこともなかったパズルのピースが、かちっとはまったような気がした。
「田中先生は、私のお父さん」
告げられた衝撃の事実。
「え、え」
「待って未理、まだ叫ばな……」
「ええええええええええ」
地面が、いや世界が揺れたんだ、きっと。
行き交う人たちがみんな振り返ってしまうような大声を上げた私の口を素早く塞いだ羽花ちゃんは。
「ちょっとお父さん先帰ってて!」
と言いながら私の手を引いて走りだした。
「はいわかりましたよ」
とお馴染みのおっとりした返事をしている先生を見て、これがいつもどおりなんだと再認識。
手を引かれた私はというと、「そういえば羽花ちゃん、やたら数学教師に対する当たりだけが強かったな……」と今になって思い出したのでありました。
ぐるぐる、ぐるぐる。いろんな仮説がそんな音を立てながら頭の中を回っているのがわかる。
いや、私の目がおかしいのかもしれない。
たぶん、目元が似ているとか、雰囲気がそれっぽいとか、そんな理由で勝手に結びつけてしまっただけだ。
危ない。焦っても良いことはなにひとつないのだから。
もう一度ゆっくりと視線を動かして、先生"もどき"を見る。
「え…」
けれどやはり、何度見ても先生……我が高校の数学教師・田中先生にしか見えないのだ。
ついに目まで狂ってしまったか、と半ば諦めのような思いが生まれる。
こんなところまで数学に侵食されなければならないのか。本当に勘弁してほしい。
「だめだ羽花ちゃん、私完全に数学に侵されてる。すみません、あなたが数学教師にしか見えないという感覚麻痺により、取り乱してしまいました」
ぺこぺこと謝罪をし、ため息をついて退散しようとしたのだけれど。
「ん…? 怪しいやつから羽花ちゃんを救うという根本的なミッションを達成できてないよね、私」
重大な事実に気付いて、それではいけないと顔を上げる。
「なんか仮説が錯乱しすぎて忘れかけていましたが、羽花ちゃんは渡しません。お引き取りください」
よく言った未理、偉すぎるぞと己を褒め称えつつ、羽花ちゃんを守るようにして二人の間に立つ。
じっと彼を見つめ、彼の顔をくまなく観察しながら、相手の出方を待つ。
それにしても、見れば見るほど先生にしか見えない。
ドッペルなんちゃらっていう怖い話があるけれど、本当にいるんだね、ここまで瓜二つな人。
「ねえ、未理」
「大丈夫だよ羽花ちゃん、心配しないで。この数学教師もどきは私が退治するから」
「いやだから、その……」
後ろからもごもごと何かを言おうとする羽花ちゃん。
ここは冷静になったら終わりだと自分を鼓舞していたせいで、小さな声は私の耳には届かなかった。
「あ、あなたみたいに羽花ちゃんに近づく人は……は、はっきり言ってっ、キモいです…!! 今から十秒数えるので、まっ、回れ右をして帰ってください。じゃないと警察に通報しますよっ!?」
ところどころ情けなく裏返る声。
こんなにも文字に起こしたくないひどい言葉、生まれて初めて言ったよ。
ぜえぜえと息を切らしつつ、キッと彼を睨む。切長の瞳が若干揺れ、それからおだやかに細くなった。
浮かべられたその笑みに、どことなく既視感を感じてしまう。
「なかなかの物言いですね、朝乃さん」
それはもう恐怖だった。
課題を学校に置いて帰ったことを提出日前日の夜に気づき、そのまま朝を迎えたときの次に怖かった。
あの絶望感は半端じゃない。
みんな荷物をしっかり確認してから下校しようね、などと頭の中で考えられるほどに、一周まわって落ち着いていた。
「どうして私の名前を…?」
「どうしてって……それはもちろん、わたしがあなたの数学教師だからですよ」
恐、怖。
「はっ……? じゃあやっぱり、あなた田中先生なんですか??」
「ええ」
だからなんだと言ったみたいに、ニコニコしながらうなずく先生。
教育委員会、先生、生徒、恋愛、禁断、異動、退職、と危険なワードが頭を高速でかけめぐっていく。
「こんなの見つかったらつかまりますよ! それに羽花ちゃん、こんなの私が言うことじゃないかもしれないけど……もっと、若い人いるじゃんか、なぜに田中先生なのだ。私にはちょっと理解しかねるよ…! ほんとにごめんだけど!!」
「落ち着いて、未理」
「だって、だってっ……」
私はどうやら、落ち着く、ってことを知らないらしい。
一人でしゃべり倒す私に「ストップ」と手で合図した羽花ちゃんは、「あのね未理」と言い聞かせるように視線を合わせた。
「私の苗字、思い出して」
「え、羽花ちゃんの苗字……?」
はた、と考える。
羽花ちゃんの苗字は……。
「田中?」
「ピンポン」
「……え」
と、いうことは。
考えたこともなかったパズルのピースが、かちっとはまったような気がした。
「田中先生は、私のお父さん」
告げられた衝撃の事実。
「え、え」
「待って未理、まだ叫ばな……」
「ええええええええええ」
地面が、いや世界が揺れたんだ、きっと。
行き交う人たちがみんな振り返ってしまうような大声を上げた私の口を素早く塞いだ羽花ちゃんは。
「ちょっとお父さん先帰ってて!」
と言いながら私の手を引いて走りだした。
「はいわかりましたよ」
とお馴染みのおっとりした返事をしている先生を見て、これがいつもどおりなんだと再認識。
手を引かれた私はというと、「そういえば羽花ちゃん、やたら数学教師に対する当たりだけが強かったな……」と今になって思い出したのでありました。