「とりあえず教科書出して。教えるから」
はーい、と間のびした返事をして、鞄から教科書を取り出そうと試みたのだけど。
「あれ、荷物が多くて……ちょっと待って羽花ちゃん」
ゴソゴソと漁って、ようやく取り出せた教科書……と。
「ん、なにこれ」
私は重大なミスを犯してしまったのだ。ヒラッと机に着地した紙切れを羽花ちゃんが拾う。
随分時間があいたせいで、私もすっかり忘れていたのだ。その存在を。
眉を寄せて、不思議そうに紙に目を通す羽花ちゃん。
机に物を置いてふうっと息をついた私は、そこでようやく"その紙"が過去に拾った"プロットらしきもの"であることに気がついた。
「ま、まままって、まってだめそれはっ」
親友の手から慌てて紙をさらう。けれど、時すでに遅し。
「それって……」
訝しげに眉を寄せた羽花ちゃん。
ふ、と小さく息をついてテーブルの上で手を組むと、チャームポイントである大きな猫目で私を見据えた。
「な、なななんでもないよ……これは」
慌てて鞄の中に紙を突っ込む。
けれど、「なにか隠し事してるでしょ」と頰を膨らませた羽花ちゃんは、コンコンと指で小さく机を弾き、音を立て始めた。
あ、相当苛立ってる。わずかに耳が赤くなっているから、この状況をあまりよく思っていないみたいだ。
「どうして言ってくれないの。嘘ついてるのバレてるよ」
「べつに大したことじゃないよ」
不確かだし、曖昧だし。私のただの妄想かもしれないし。
そんなつもりで放った言葉は、彼女の苛立ちをより加速させてしまったようだ。
「関係ないって言われてるみたいで超ショック。大したことじゃなくても話してほしいのに」
「いや、だから……」
「言ってよ。私たち、親友だよね?」
彼女の瞳に涙の膜が張っていく。さすがに喧嘩になるのは困る。
うーんとしばらく逡巡したのち、私はいい事を思いついた。
「じゃあ、さっき羽花ちゃんが隠した連絡相手の情報と交換ってのは、どう?」
「え」
「それくらいはしてくれないと。羽花ちゃんも秘密ごとはなしだよ」
ふふんと胸を張ると、ピタリと動きを止めた羽花ちゃんは、ゆっくりと息を吐き出して目を伏せた。
それから「わかった」と小さく呟く。
「じゃあまず未理から話して。これは、なに」
「えっとそれはね……」
拾った経緯、個人的な見解、それら諸々を話す。
すると羽花ちゃんは大きなため息をついて「あ、そう」と言葉を落とした。
「絶対馬鹿にしてるじゃん! だから言いたくなかったんだよ…!」
「別に馬鹿にはしてないって。夢みることは大事じゃん」
「ほらー! 馬鹿にしてる!」
乾いた笑いを洩らす羽花ちゃん。まあどのみち期待はしていなかったけれど。
「で、なんて名前の先生なの? いい加減教えてくれてもいいんじゃない?」
「え!? 言ったことなかったっけ!?」
「だっていつもはあんたが興奮しながら言葉ミサイルぶち込んでくるから、訊く暇なんてないじゃない」
「それは失礼しました! 私の推しは名高先生です!」
そう告げた瞬間、羽花ちゃんの顔がピキリと固まったような気がした。
けれどそれは一瞬のこと。あまりにも一瞬だったので、気のせいだろうと流すことにした。
「私は言ったからね! 次は羽花ちゃんの番だよ!」
「……そーだよね」
気まずそうに目を逸らした羽花ちゃん。
うーんとしばらく渋っていたけれど、観念したようにスマホを取り出した。
「この通話アプリで知り合った人。仲良くなったから一応、SNSでもつながってる」
「……なんてこと!!」
「反応が独特すぎてコメントに困るわ」
まさか。いわゆる"ネッ友"というやつ?
「羽花ちゃん、絶対にハダカの写真とか送っちゃダメだよ」
「送らないよそんなの!」
「顔写真もだめだよ? 中身は女子高生を装うただのおじさんかもしれないんだから」
「わかってる」
少し前に同じようなことを羽花ちゃんから言われた気がするけれど。
形勢逆転、ってところかな。
「仲良くなってくるとだんだんガードも緩くなるからね。惑わされちゃだめだよ、それがああいう人たちの手法なんだから」
「約束するよ。危ないことはしない」
「うん。そうして、私の大事な羽花ちゃん」
呆れるように肩をすくめながらも、私のハグを受け入れてくれる羽花ちゃん。
SNSで繋がっている人がいると聞かされた時、一瞬、羽花ちゃんがなんだか遠い場所に行っちゃうような気がして。少しだけ、こわかった。
「通話アプリってことは、声だけ?」
「そう。声だけ」
「じゃあそのお相手は超イケボってことですな?」
「いや、違うけど」
……違った。
「でも、男の人なんでしょ?」
「うん、まあね」
「同い年? それとも大人の人?」
「そういうのは明かしてないし、明かされてないからわかんない」
「あぶなっ!」
そう?と首を傾げた羽花ちゃんはあまり危機的に思っていないみたいだ。
なにかあったら私が絶対守らなきゃ。
そんな小さな決意をカフェにて。
ぐっとこぶしを握りしめた私に、少し視線をやった羽花ちゃんは、薄くて形の良い唇を静かに動かした。
「名高先生のどういうところが好きなの?」
「え? 興味持っちゃう? 私に語らせちゃう?」
「あ、いや。ほどほどでいいけどさ」
私の圧を二つの目で見てギョッとした羽花ちゃんにぐぐぐと詰め寄る。
「まず、あの繊細な描写は……」
そこから1時間、私はみっちり名高先生の良さを羽花ちゃんに話し続けた。
へへ、にへへと顔をキモチワルク崩しながら。
名高先生の良さを存分にきいた(語らせた)羽花ちゃんは、終盤寝そうになりながらも、なんとかうなずきを返してくれたんだ。
はーい、と間のびした返事をして、鞄から教科書を取り出そうと試みたのだけど。
「あれ、荷物が多くて……ちょっと待って羽花ちゃん」
ゴソゴソと漁って、ようやく取り出せた教科書……と。
「ん、なにこれ」
私は重大なミスを犯してしまったのだ。ヒラッと机に着地した紙切れを羽花ちゃんが拾う。
随分時間があいたせいで、私もすっかり忘れていたのだ。その存在を。
眉を寄せて、不思議そうに紙に目を通す羽花ちゃん。
机に物を置いてふうっと息をついた私は、そこでようやく"その紙"が過去に拾った"プロットらしきもの"であることに気がついた。
「ま、まままって、まってだめそれはっ」
親友の手から慌てて紙をさらう。けれど、時すでに遅し。
「それって……」
訝しげに眉を寄せた羽花ちゃん。
ふ、と小さく息をついてテーブルの上で手を組むと、チャームポイントである大きな猫目で私を見据えた。
「な、なななんでもないよ……これは」
慌てて鞄の中に紙を突っ込む。
けれど、「なにか隠し事してるでしょ」と頰を膨らませた羽花ちゃんは、コンコンと指で小さく机を弾き、音を立て始めた。
あ、相当苛立ってる。わずかに耳が赤くなっているから、この状況をあまりよく思っていないみたいだ。
「どうして言ってくれないの。嘘ついてるのバレてるよ」
「べつに大したことじゃないよ」
不確かだし、曖昧だし。私のただの妄想かもしれないし。
そんなつもりで放った言葉は、彼女の苛立ちをより加速させてしまったようだ。
「関係ないって言われてるみたいで超ショック。大したことじゃなくても話してほしいのに」
「いや、だから……」
「言ってよ。私たち、親友だよね?」
彼女の瞳に涙の膜が張っていく。さすがに喧嘩になるのは困る。
うーんとしばらく逡巡したのち、私はいい事を思いついた。
「じゃあ、さっき羽花ちゃんが隠した連絡相手の情報と交換ってのは、どう?」
「え」
「それくらいはしてくれないと。羽花ちゃんも秘密ごとはなしだよ」
ふふんと胸を張ると、ピタリと動きを止めた羽花ちゃんは、ゆっくりと息を吐き出して目を伏せた。
それから「わかった」と小さく呟く。
「じゃあまず未理から話して。これは、なに」
「えっとそれはね……」
拾った経緯、個人的な見解、それら諸々を話す。
すると羽花ちゃんは大きなため息をついて「あ、そう」と言葉を落とした。
「絶対馬鹿にしてるじゃん! だから言いたくなかったんだよ…!」
「別に馬鹿にはしてないって。夢みることは大事じゃん」
「ほらー! 馬鹿にしてる!」
乾いた笑いを洩らす羽花ちゃん。まあどのみち期待はしていなかったけれど。
「で、なんて名前の先生なの? いい加減教えてくれてもいいんじゃない?」
「え!? 言ったことなかったっけ!?」
「だっていつもはあんたが興奮しながら言葉ミサイルぶち込んでくるから、訊く暇なんてないじゃない」
「それは失礼しました! 私の推しは名高先生です!」
そう告げた瞬間、羽花ちゃんの顔がピキリと固まったような気がした。
けれどそれは一瞬のこと。あまりにも一瞬だったので、気のせいだろうと流すことにした。
「私は言ったからね! 次は羽花ちゃんの番だよ!」
「……そーだよね」
気まずそうに目を逸らした羽花ちゃん。
うーんとしばらく渋っていたけれど、観念したようにスマホを取り出した。
「この通話アプリで知り合った人。仲良くなったから一応、SNSでもつながってる」
「……なんてこと!!」
「反応が独特すぎてコメントに困るわ」
まさか。いわゆる"ネッ友"というやつ?
「羽花ちゃん、絶対にハダカの写真とか送っちゃダメだよ」
「送らないよそんなの!」
「顔写真もだめだよ? 中身は女子高生を装うただのおじさんかもしれないんだから」
「わかってる」
少し前に同じようなことを羽花ちゃんから言われた気がするけれど。
形勢逆転、ってところかな。
「仲良くなってくるとだんだんガードも緩くなるからね。惑わされちゃだめだよ、それがああいう人たちの手法なんだから」
「約束するよ。危ないことはしない」
「うん。そうして、私の大事な羽花ちゃん」
呆れるように肩をすくめながらも、私のハグを受け入れてくれる羽花ちゃん。
SNSで繋がっている人がいると聞かされた時、一瞬、羽花ちゃんがなんだか遠い場所に行っちゃうような気がして。少しだけ、こわかった。
「通話アプリってことは、声だけ?」
「そう。声だけ」
「じゃあそのお相手は超イケボってことですな?」
「いや、違うけど」
……違った。
「でも、男の人なんでしょ?」
「うん、まあね」
「同い年? それとも大人の人?」
「そういうのは明かしてないし、明かされてないからわかんない」
「あぶなっ!」
そう?と首を傾げた羽花ちゃんはあまり危機的に思っていないみたいだ。
なにかあったら私が絶対守らなきゃ。
そんな小さな決意をカフェにて。
ぐっとこぶしを握りしめた私に、少し視線をやった羽花ちゃんは、薄くて形の良い唇を静かに動かした。
「名高先生のどういうところが好きなの?」
「え? 興味持っちゃう? 私に語らせちゃう?」
「あ、いや。ほどほどでいいけどさ」
私の圧を二つの目で見てギョッとした羽花ちゃんにぐぐぐと詰め寄る。
「まず、あの繊細な描写は……」
そこから1時間、私はみっちり名高先生の良さを羽花ちゃんに話し続けた。
へへ、にへへと顔をキモチワルク崩しながら。
名高先生の良さを存分にきいた(語らせた)羽花ちゃんは、終盤寝そうになりながらも、なんとかうなずきを返してくれたんだ。