「はいじゃあね、今日も始めますよ〜」
のんびりとした口調で教室に入ってきた数学教師。
その後にすべり込むようにして入ってきた一人の男の子。
「あっぶね〜、さすがにセーフ?」
チャイムが鳴っていないのでギリギリセーフといったところだけれど、高校生であれば3分前着席が望ましい。
ふ、と小さくため息を吐いた先生は、視線だけを動かして席につくよう促した。
「もう少し時間に余裕を持って行動しましょうね。それと水谷くん、日本語がおかしいです」
「サーセン」
悪びれる様子もなくケラケラと笑う彼の机の上には、当然教科書など用意されていない。
「悪い朝乃、教科書見せて」
「えー……忘れたの?」
「ご名答。なあ頼むよ、隣の席のよしみでさ」
ドカッと自席に座った彼は、パチンと目の前で手を合わせて私を見つめた。
「……今度ジュース奢ってね」
「まじで。今金欠なんだけど」
「うそうそ。いいよ、見せてあげる」
ジュース一本すら買えないほどピンチなのかと心の中で哀れみつつ、渋い顔をする彼に微笑む。
「サンキュ」と笑った彼は、机を少し動かして私の机とくっつけた。
「なにしてて遅れそうになったの」
同じものをかけているわけですから当然ルートが外れますよね、という数学教師の説明を聞き流しながら、頬杖をついている彼────水谷嶺緒にコソッと訊ねてみる。
ボーッと黒板を見つめていた彼の視線がスッと流れ、私を向いた。
その瞳がまっすぐに私をとらえたとき、無意識にも綺麗だと思ってしまった。
普段あまり意識してみていなかったけれど、よくみると彼はものすごく美形なのではないか。
学年で目立ち、騒ぎになるほどの顔のつくりではないはずなのに、どうしてか引き込まれて仕方がない。
不思議な感覚に陥ってしまうような、そんな妖しい瞳だった。
彼の薄い唇が少しだけ動き、音を紡ぐ。
「まあ……趣味、ってやつ」
フッとかすかな音を立てて細められた目、少しだけ上がった口角、そんなものに簡単に高鳴ってしまう私の心臓。
彼は危険かもしれない。
脳内で警鐘が鳴り響いている。
彼のようなタイプはきっと、沼ってしまえば抜け出せなくなってしまうだろう。
「へぇ、そうなんだ。スポーツ?」
たしか水谷くんはサッカー部と剣道部を兼部するという、凄まじい毎日を送っているはずだ。
どちらかひとつだとしても相当ハードなはずなのに、いったいどこに両方を掛け持つ時間と体力と才能があるのだろうか。
私は不思議で仕方がない。
そんな水谷くんだから、部活は趣味に直結していると思っていたし、先ほどの言葉も部活に関することだと思ったのだけれど。
「いや、違う」
ふるふると首を横に振った水谷くんは、私の予想をあっさりと否定した。
「え、じゃあなに────」
「水谷くん、この問題は」
訊こうとしたところで、先生の声が飛んできた。
当てられたのは水谷くん。
話をまったく聞いていなかったので、私が当てられていたら確実に終わりを迎えていた。
すっくと立ち上がった水谷くんを、ビクビクしながら見上げると。
「1です」
「おっと……相変わらず途中式全部飛ばしましたね」
涼しい顔をして答えた水谷くんは、先生の苦笑を受けて、静かに着席した。
そう。この人は頭もいいのだ。
色々な意味で、この人は不思議な人。
頭脳明晰、運動神経抜群、眉目秀麗な不思議っ子。
きっと小説のなかのキャラクターでいうと、自信をなくしたヒロインを救う、ちょっと風変わりな天才くん、ってところだろう。
のんびりとした口調で教室に入ってきた数学教師。
その後にすべり込むようにして入ってきた一人の男の子。
「あっぶね〜、さすがにセーフ?」
チャイムが鳴っていないのでギリギリセーフといったところだけれど、高校生であれば3分前着席が望ましい。
ふ、と小さくため息を吐いた先生は、視線だけを動かして席につくよう促した。
「もう少し時間に余裕を持って行動しましょうね。それと水谷くん、日本語がおかしいです」
「サーセン」
悪びれる様子もなくケラケラと笑う彼の机の上には、当然教科書など用意されていない。
「悪い朝乃、教科書見せて」
「えー……忘れたの?」
「ご名答。なあ頼むよ、隣の席のよしみでさ」
ドカッと自席に座った彼は、パチンと目の前で手を合わせて私を見つめた。
「……今度ジュース奢ってね」
「まじで。今金欠なんだけど」
「うそうそ。いいよ、見せてあげる」
ジュース一本すら買えないほどピンチなのかと心の中で哀れみつつ、渋い顔をする彼に微笑む。
「サンキュ」と笑った彼は、机を少し動かして私の机とくっつけた。
「なにしてて遅れそうになったの」
同じものをかけているわけですから当然ルートが外れますよね、という数学教師の説明を聞き流しながら、頬杖をついている彼────水谷嶺緒にコソッと訊ねてみる。
ボーッと黒板を見つめていた彼の視線がスッと流れ、私を向いた。
その瞳がまっすぐに私をとらえたとき、無意識にも綺麗だと思ってしまった。
普段あまり意識してみていなかったけれど、よくみると彼はものすごく美形なのではないか。
学年で目立ち、騒ぎになるほどの顔のつくりではないはずなのに、どうしてか引き込まれて仕方がない。
不思議な感覚に陥ってしまうような、そんな妖しい瞳だった。
彼の薄い唇が少しだけ動き、音を紡ぐ。
「まあ……趣味、ってやつ」
フッとかすかな音を立てて細められた目、少しだけ上がった口角、そんなものに簡単に高鳴ってしまう私の心臓。
彼は危険かもしれない。
脳内で警鐘が鳴り響いている。
彼のようなタイプはきっと、沼ってしまえば抜け出せなくなってしまうだろう。
「へぇ、そうなんだ。スポーツ?」
たしか水谷くんはサッカー部と剣道部を兼部するという、凄まじい毎日を送っているはずだ。
どちらかひとつだとしても相当ハードなはずなのに、いったいどこに両方を掛け持つ時間と体力と才能があるのだろうか。
私は不思議で仕方がない。
そんな水谷くんだから、部活は趣味に直結していると思っていたし、先ほどの言葉も部活に関することだと思ったのだけれど。
「いや、違う」
ふるふると首を横に振った水谷くんは、私の予想をあっさりと否定した。
「え、じゃあなに────」
「水谷くん、この問題は」
訊こうとしたところで、先生の声が飛んできた。
当てられたのは水谷くん。
話をまったく聞いていなかったので、私が当てられていたら確実に終わりを迎えていた。
すっくと立ち上がった水谷くんを、ビクビクしながら見上げると。
「1です」
「おっと……相変わらず途中式全部飛ばしましたね」
涼しい顔をして答えた水谷くんは、先生の苦笑を受けて、静かに着席した。
そう。この人は頭もいいのだ。
色々な意味で、この人は不思議な人。
頭脳明晰、運動神経抜群、眉目秀麗な不思議っ子。
きっと小説のなかのキャラクターでいうと、自信をなくしたヒロインを救う、ちょっと風変わりな天才くん、ってところだろう。