「ちょっと聞いて聞いて! ついに、ついにだよ羽花ちゃん……っ!」
「聞いてるから落ち着け、未理」
「だって、だってねっ」
ダンッと机に手をついて覗き込んだ親友の瞳には、呆れの色が浮かんでいた。いつもそんな顔をさせてしまってごめんよと心のなかで謝りつつ、態度は全く変えないのがこの私。こんな私のそばにいてくれるんだから、相当な物好きだなーとどこか他人事のように思いながら日々を過ごす、いたって普通の女子高生。
勉強、部活、人間関係。いつでもうまくいくわけじゃないし、むしろ嫌だなって思うことの方が多い。そのたびに笑顔が消え、心がズタボロになって涙にくれる夜だってある。
けれどそんな私がここまで元気になれるのは、日々に"生きがい"というものを見つけてしまったからだ。
「なんでこんなにいい小説が書けるんだろう……もういっそ頭のなかをのぞいてみたいね」
私の生きがい。
それは、携帯小説投稿サイトで知った推し作家様の神小説を読むことなのだ。
きっかけは、いたってシンプル且つ偶然。
部活の帰り、電車が遅延していた待ち時間に、なにか読もうと思ったのがきっかけ。
疲労で身体が動かないなか参考書を読むのも気が引けて、おもむろにスマホを触っていたときだった。
『へー、これ、新刊出るんだ……』
以前好きで読んでいたとある本の新刊が出るという情報をキャッチした私は、その本が小説投稿サイト発のものであることをそのとき初めて知った。
昔から本は好きだったので、本屋さんや図書館などの本に囲まれたところに行くことは好きだったけれど、大きくなるにつれて読書の時間も減り、だんだんと紙の本離れをしてしまっていた。
本屋さんに並ぶ多くの本が、いったいどのようにして製本され、ここに並んでいるのか。そんなことを考えたこともなかったので、専門の大学に行ったり、本業を【作家】としている人たちばかりの作品だけではないのだと知ったとき、私はひどく驚いた。
投稿サイトのページにとんだ先、真ん中に大きくはられていたトピック……ではなく、少し下にスクロールしたところに小さく表示されていたいくつかのキーワード。
それをタップして、くるくると回る進捗インジケータを見つめること数秒。
パッとうつったその表紙に、私は一気に吸い込まれた。
藍色と薄紫色が鮮やかに混ざり、湖に反射して溶け合うように広がっている空の画像。どこまでも不思議で、繊細で、気づけば【読む】というボタンを押していた。
「で、ついに何よ」
呆れた声音でも一応聞いてくれるようすの親友に、ぐぐっと身を乗り出して寄せる。少し引き気味の目には、「はやくしろ」という圧が垣間見えていた。
「じつは……」
「ためるな。はやくして」
相変わらず冷たい親友にムッとしつつ、やはり聞いてもらえるだけありがたいと気を取り直して姿勢を正す。
ゆっくりと肺いっぱいに息を吸い込んで、声を出す準備はオーケー。
目の前で頬杖をついている親友にバチッと視線を合わせて。
「実はこのたび、推し作家様のデビューが決まりましたぁぁ!!」
よっしゃぁぁぁとガッツポーズをすると「おめでとー」とたいして色のない声が返ってくる。お祭り騒ぎの私と、どうでもよさそうな親友。対照的すぎて周りからは、私が馬鹿騒ぎしている迷惑女だと思われているだろう。否、間違いではない。
「ちょっとこの感動やばくない? スマホ使わなくても紙媒体でいつでもどこでも一緒ってことだよ? 作者の息吹を感じるよ」
「末期だからそれ」
「べつにいいよ、推しだもん。そして私はオタクだもん」
自分でも相当キモいことを口走っているのは知っている。けれど止められないのもオタクの性だ。
「あのさあ、もしその作者さんが中年のおじさんだったらどうするわけ?」
はあ、と分かりやすくため息をつく親友に、私は何度も言った言葉をもう一度繰り返す。
「だーかーら、そんなの関係ないの! 私はさ羽花ちゃん、あくまでもその作者さんの小説が好きなわけであってだね」
「今さっきの発言的に、作者まるごと愛してる感じだったけどね」
「まあ……そうなんですけど」
年齢、性別、出身。
本人が明言しないかぎり、それらは包み隠されて読者には分からない。
だからこそ、最初は小説を好きになってその作者さんに興味を持っても、だんだんと作者の素性が知りたくなってくる。
無論、無理やり知りたいとは思わないのだけれど、まったく気にならないかと言われたら、私は素直に首肯できないだろう。
「まあね羽花ちゃん、もし仮にもその作者さんがおじさまだったとしても、私は一生愛すと決めてるよ」
「危ないあぶない……あたしあんたの将来が心配」
わりと真剣に心配されてしまった。
もはや心配を通り越して呆れに近いような気がするけど。
でもさっきの言葉は嘘偽りのない本心。
仮にイメージとは違ったとしても、もっと好きになるだけだ。
年齢とか性別とか、正直私にとってはあまり関係ない。それくらい作品と作者に沼っている自覚があるので、がっかりするとか推しじゃなくなるとか、そんなことは絶対にないのだ。
「しかもね!! 書籍発売記念にサイト限定書き下ろしを投下してくださるんだって!! そして来週からはまさかの新連載。いやあ、まだまだ生きないとね」
一息で言い切ると、「ああ...よかったね」と呟いた親友はちらりと教室の時計を見やった。
「もうすぐ五限始まる。そろそろ着席しな」
「うわー、次なんだっけ」
「数学」
「くっ.....!」
親友の言葉に顔を顰めつつ、廊下側の自席に座る。さらさらっと教科書を読んで、軽めの予習をしていると。
「聞いてるから落ち着け、未理」
「だって、だってねっ」
ダンッと机に手をついて覗き込んだ親友の瞳には、呆れの色が浮かんでいた。いつもそんな顔をさせてしまってごめんよと心のなかで謝りつつ、態度は全く変えないのがこの私。こんな私のそばにいてくれるんだから、相当な物好きだなーとどこか他人事のように思いながら日々を過ごす、いたって普通の女子高生。
勉強、部活、人間関係。いつでもうまくいくわけじゃないし、むしろ嫌だなって思うことの方が多い。そのたびに笑顔が消え、心がズタボロになって涙にくれる夜だってある。
けれどそんな私がここまで元気になれるのは、日々に"生きがい"というものを見つけてしまったからだ。
「なんでこんなにいい小説が書けるんだろう……もういっそ頭のなかをのぞいてみたいね」
私の生きがい。
それは、携帯小説投稿サイトで知った推し作家様の神小説を読むことなのだ。
きっかけは、いたってシンプル且つ偶然。
部活の帰り、電車が遅延していた待ち時間に、なにか読もうと思ったのがきっかけ。
疲労で身体が動かないなか参考書を読むのも気が引けて、おもむろにスマホを触っていたときだった。
『へー、これ、新刊出るんだ……』
以前好きで読んでいたとある本の新刊が出るという情報をキャッチした私は、その本が小説投稿サイト発のものであることをそのとき初めて知った。
昔から本は好きだったので、本屋さんや図書館などの本に囲まれたところに行くことは好きだったけれど、大きくなるにつれて読書の時間も減り、だんだんと紙の本離れをしてしまっていた。
本屋さんに並ぶ多くの本が、いったいどのようにして製本され、ここに並んでいるのか。そんなことを考えたこともなかったので、専門の大学に行ったり、本業を【作家】としている人たちばかりの作品だけではないのだと知ったとき、私はひどく驚いた。
投稿サイトのページにとんだ先、真ん中に大きくはられていたトピック……ではなく、少し下にスクロールしたところに小さく表示されていたいくつかのキーワード。
それをタップして、くるくると回る進捗インジケータを見つめること数秒。
パッとうつったその表紙に、私は一気に吸い込まれた。
藍色と薄紫色が鮮やかに混ざり、湖に反射して溶け合うように広がっている空の画像。どこまでも不思議で、繊細で、気づけば【読む】というボタンを押していた。
「で、ついに何よ」
呆れた声音でも一応聞いてくれるようすの親友に、ぐぐっと身を乗り出して寄せる。少し引き気味の目には、「はやくしろ」という圧が垣間見えていた。
「じつは……」
「ためるな。はやくして」
相変わらず冷たい親友にムッとしつつ、やはり聞いてもらえるだけありがたいと気を取り直して姿勢を正す。
ゆっくりと肺いっぱいに息を吸い込んで、声を出す準備はオーケー。
目の前で頬杖をついている親友にバチッと視線を合わせて。
「実はこのたび、推し作家様のデビューが決まりましたぁぁ!!」
よっしゃぁぁぁとガッツポーズをすると「おめでとー」とたいして色のない声が返ってくる。お祭り騒ぎの私と、どうでもよさそうな親友。対照的すぎて周りからは、私が馬鹿騒ぎしている迷惑女だと思われているだろう。否、間違いではない。
「ちょっとこの感動やばくない? スマホ使わなくても紙媒体でいつでもどこでも一緒ってことだよ? 作者の息吹を感じるよ」
「末期だからそれ」
「べつにいいよ、推しだもん。そして私はオタクだもん」
自分でも相当キモいことを口走っているのは知っている。けれど止められないのもオタクの性だ。
「あのさあ、もしその作者さんが中年のおじさんだったらどうするわけ?」
はあ、と分かりやすくため息をつく親友に、私は何度も言った言葉をもう一度繰り返す。
「だーかーら、そんなの関係ないの! 私はさ羽花ちゃん、あくまでもその作者さんの小説が好きなわけであってだね」
「今さっきの発言的に、作者まるごと愛してる感じだったけどね」
「まあ……そうなんですけど」
年齢、性別、出身。
本人が明言しないかぎり、それらは包み隠されて読者には分からない。
だからこそ、最初は小説を好きになってその作者さんに興味を持っても、だんだんと作者の素性が知りたくなってくる。
無論、無理やり知りたいとは思わないのだけれど、まったく気にならないかと言われたら、私は素直に首肯できないだろう。
「まあね羽花ちゃん、もし仮にもその作者さんがおじさまだったとしても、私は一生愛すと決めてるよ」
「危ないあぶない……あたしあんたの将来が心配」
わりと真剣に心配されてしまった。
もはや心配を通り越して呆れに近いような気がするけど。
でもさっきの言葉は嘘偽りのない本心。
仮にイメージとは違ったとしても、もっと好きになるだけだ。
年齢とか性別とか、正直私にとってはあまり関係ない。それくらい作品と作者に沼っている自覚があるので、がっかりするとか推しじゃなくなるとか、そんなことは絶対にないのだ。
「しかもね!! 書籍発売記念にサイト限定書き下ろしを投下してくださるんだって!! そして来週からはまさかの新連載。いやあ、まだまだ生きないとね」
一息で言い切ると、「ああ...よかったね」と呟いた親友はちらりと教室の時計を見やった。
「もうすぐ五限始まる。そろそろ着席しな」
「うわー、次なんだっけ」
「数学」
「くっ.....!」
親友の言葉に顔を顰めつつ、廊下側の自席に座る。さらさらっと教科書を読んで、軽めの予習をしていると。