ドッチボールは苦手だ。ドッチボールとは10人から20人のチームで構成されて、相手チームメンバーをボールで当て最終的に当たった人が少ないチームの勝利というスポーツだ。私はボールを避けるのはできるがどうにもボールが思った方向に行かないからこのスポーツは好きではない。最悪だ。今日はクラスの親交を深めるためにドッチボール対決を学年対抗でやるらしい。高校生になってまでドッチボールとはどうなのかと思ったが先生が決めたことは仕方ない。一回戦、2組対4組。時間が過ぎるごとに味方の人数が減っていく。そしてしまいには私の他3人になってしまった。こうなると全員の視線は私たちに集まる。不幸にも私の側にボームが来てしまった。これを取って相手を当てなければならないのだが生き残ってる味方も逃げる専門の人たち。つまり私が投げるしかないのだ。相手の方に行くことを願ってボールを投げる。するとボールは意識でもあるかのように相手の真逆の方向に飛んでいき相手のボールとなってしまった。これはまずい。その時、全員の目線が自分に集中している気がした。そして冷や汗をかいていることに気がついた。周りを見るのが怖くて俯いてしまう。ごめんなさい。全員が私を笑っている気がする。睨んでいる気がする。もしかしたら気にしていないかもしれない。でも怖い。もし何も言わないだけで心の中では怒っていたら?もし私に幻滅していたら?そう思ってしまうと止まらない。
「大丈夫?」
後ろから誰かに話しかけられた。でも聞き覚えのない声。振り向くとそこには例の一ノ瀬くんが心配そうな顔をして立っていた。
「具合悪いの?保健室行く?」
返事をしようとするけど声が出ない。でも多分、声が出ていても震えた声だっただろう。
「よし。保健室行こっか。」
そういうと彼は私の手を引いて先生の方に向かった。全員の目線が私たちに集中していた。恥ずかしい。ごめんなさい。お願いだからそんなに嫌悪した顔で見ないで。一ノ瀬くんは人気者。彼のことが好きな人は星の数ほどいる。でもそんなことはお構い無しに彼は進んでいく。私はその力強い手を振り払うことが出来なかった。
「先生。えっと…この子体調悪いっぽいんで保健室連れていきますね。俺、保健委員だし。」
先生の分かりました。という返事を聞くとすぐに踵を返して体育館から出た。
保健室に着くと先生はいなかった。これからどうするんだろう。何か言わなくちゃ。だけど声が出ない。
「怖かった?」
何気なく一ノ瀬くんが一言。なんで分かるの?なんで怖いってわかったの?聞きたかったが聞く勇気がなかった。というより声が出なかった。
「別に無理しなくていいけど。」
気を使ったのか言葉を足してくれた。それで少しだけ声を出せる気がしたから口を開いた。
「うん。でももう大丈夫。ごめん。」
「別に俺、謝られるようなことしてないから。大丈夫。」
こんなところで一ノ瀬くんと一緒にいたら、一ノ瀬くんファンに何言われるか分かったもんじゃない。悪口言われるのは御免だ。
「もう大丈夫。一ノ瀬くんは教室戻って?」 
「いや、病人置いて行けねぇだろ。」
あれ、優しい。口の利き方に難はあるものの。
「一ノ瀬くん、なんで私が体調悪いって分かったの?」
ずっと気になっていたこと。昔の私だったら気がついてくれたことが嬉しくて好きになっちゃうかもしれないなんて思う。昔から王子様は好きだったから。まぁそんな幻想ももう見ないけど。
「佐々木のことちょうど見てたから。だんだん呼吸荒くなってんの分かった。」
「そっか。すごいね。」
ほら。たまたまじゃん。
「分かるよ。佐々木のこと前からよく見てたし。」
突然のストーカー発言。前からよく見てたって何よ。
「ストーカー…?」
まずい。思ったことがつい口をついて出てしまった。
「はあ?ざけんな。恩人に対して失礼な。」
「いやいや、ストーカー発言した一ノ瀬くんが悪いんじゃん。」
言い合いしてると一ノ瀬くんに親近感が湧いた。
「一ノ瀬くん彼女いそうな性格してるね。」
自分で言ったものの何言ってんだと思った。
初対面なのに踏み込みすぎだったかな。すると一ノ瀬くんの表情が少し曇った。
「俺、別に彼女とか…興味無い。」
もう聞かないほうがいいかもしれない。
「そっか。」
まあそんな人もいるだろう。
「体調…どう?まだ休む?」
「んー、もう大丈夫かも。」
あと3分で10分休みだ。その時に戻ろう。授業中に一ノ瀬くんと戻ったら注目の的になって嫉妬の対象になることは間違いない。そんなのは御免だ。
「10分休みになったら戻ろうかな。」
「だな。」
やっぱり一ノ瀬くんは良い人だ。その分隣にいると少し苦しくなる。
教室に戻る途中、少し視線を感じた。それの視線は興味が多かったが少なからず悪意の混じった視線もあった。
「しおーん。大丈夫だった!?ごめんね!?気づいてあげられなくって!!」
焦った顔の四葉が近づいてきた。この子もいい子だ。
「ううん。大丈夫。そんな顔しないでよ。」
「ならいいけど…」
そんな話をしていたら一ノ瀬くんがいなくなってることに気がついた。
「ねぇ。一ノ瀬くんと一緒にいたんでしょ?どうだった?」
どうだったって言われても何も無かったからなんと言ったらいいのか分からない。
「別に何も無かったけど?」
すると同じクラスの女の子三人が寄ってきた。
「佐々木さん!楓くんと仲良かったの!?」
「いや、昨日初めて話したよ。」
そういった瞬間三人は安堵したような顔になった。多分一ノ瀬くんのファンなんだろう。ファンクラブがあるとか噂されてたし。もう少しで文化祭だから一ノ瀬くんと回りたいっていう女子は多いだろう。本人は全く気にしてないようだけど。そういえば最後の授業は文化祭の準備だった。すると先生が私を呼んだ。
「あ、ごめん。先生が。」
「あー、気にしないで〜行ってら。」
なんだろう。少し怖い気がする。先生に呼ばれることは少ない。何かした覚えもない。
「あー、ごめんね。佐々木さん。」
「いえ、大丈夫です。」
「ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」
いいかなって言われても内容を言われないと善し悪しは分からない。なんと答えるべきか。
「どうかしました?」
先生は申し訳なさそうに言った。
「文化祭実行委員、引き受けてくれないかな?なかなかやっても良いって人がいないんだよね。」
文化祭実行委員はクラスに男女一人づつ。仕事量は膨大で、クラスの出し物の準備の総指揮をとる。それに加え、舞台の準備、広告とポスター作り、他にも細々とした仕事は沢山すある。そのためやりたがる生徒は少ない。だから私に回ってきたのだろう。面倒極まりないので断りたいがこのまま決まらなかったら放課後、クラスで会議することになるだろう。そんなの会議どころか喧嘩の始まりだ。仕方がない。やるしかないか。
「分かりました。じゃあやります。」
先生はとても嬉しそうな顔をした。引き受けなかったらどんな顔をされていたことか。まぁ内申点ゲットできるからいいか。
「じゃあ、男子は一ノ瀬だから二人で頼んだよ。」
嘘でしょ。よりにもよって一ノ瀬くん?ただでさえあの人といたら注目を浴びる。こんなことなら引き受けない方がマシだった。なのに先生は頼んだぞー!と嬉しそうに去っていった。あと五分でチャイムがなる。戻らなくては。戻ると四葉がきた。さっきの三人と話していたようだ。
「どした?なんか言われたの?」
「いや…まぁ…」
3人も心配そうに来たので先生に言われたことを話した。
「えー!?一ノ瀬くんと!?えー!なら私やれば良かった!後悔…」
いいなーだの羨ましいだの散々言ってきた。こちとら一ノ瀬くんとは一緒になりたくなかったのに。そんな話をしているとチャイムがなり三人は自分の席に着いた。直後に先生が教室に入ってきて言った。
「文化祭の準備するぞー。実行委員前に来て進めてくれ。今日は出し物決めるからなー。」
一斉に教室が騒がしくなった。そして私と一ノ瀬くんが前に出ようと立った瞬間一気に騒々しさが増した。やっぱりこうなった。注目を浴びるのは苦手だと言うのに。
「佐々木。お前、黒板やって。」
「分かった。」
良かった。黒板なら目立つことはないし、字は綺麗なほうだ。これなら恥をかくこともないだろう。
「はい。じゃーやりたいの言って。今年、俺らの学年は店だからなー」
そう言って一ノ瀬くんが仕切り出す。そんな一ノ瀬くんに関心しながら意見を待つ。その後カフェにしようという意見でまとまった。
「んー。でもカフェだけじゃ物足りないよなあ。なんかあるかー?」
和風喫茶や、コスプレカフェなど出たが賛否両論でなかなか決まらない。すると1人の女の子が隣の席の女の子に話しかけた。
「男女逆転カフェとか面白そうじゃない?」
笑いながら話しかけると相手の女の子は
「えー。男装するのー?」
と笑いながら言った。
「おー。いんじゃね。客来そう。儲かる儲かる。」
一ノ瀬くんがそう言ったことで、クラスみんながその意見について口々に言い始めた。やっぱり一ノ瀬くんお金目当てだったのか…
そう私が呆れているとやはり批判の声がかかった。
「俺ら女装だろ??嫌だわ。」
クラスで目立つ存在の男の子が批判した。提案した女の子もまぁそうだよねという顔をしていた。
「じゃあ全員男装でいいんじゃね?」
一ノ瀬くんの透き通った声が響いた。大声じゃないのに何故か耳に残る声だった。
「まぁ…それなら…」
私はクラスメイトの顔を見てみたが、女の子は満更でもないようだ。
「女子はそれでもいい?」
一ノ瀬くんが言ったあと、特に女の子からの意見は無かった。なので二年二組は男装カフェをやることとなった。
放課後も実行委員の仕事があった。
「佐々木。なんかスマホなってんぞ。」
二年二組の出し物と予算の合計を生徒会に出すために資料を作成していると一ノ瀬くんが私のスマホに着信があったことを知らせてくれた。
「詩音ちゃん。遅くない?もう夜だよ?お父さんもう帰って来るよ。」
緑さんからだった。要するにもうすぐ父が帰ってくるから聖奈を見ていて欲しいという内容だった。でも一ノ瀬くんを置いて帰る訳にも行かない。
「ごめん。もう少しで終わるよ。終わったらすぐ帰るね。」
送るとすぐに既読がつき、返信がきた。
「お願いね。今日お父さん、会社の飲み会あって多分嫌なこともあったから…」
今日は荒れるなと思いつつ分かったと返信する。
「大丈夫?親心配してんじゃね?」
「うん。遅いから早く帰って来いって。」
「まじかよ。だったらもう帰ってもいいよ。心配してるんでしょ?」
まるで自分の親は心配なんてしないからというような口調だったのが少しひっかかったが私はそれを却下した。
「いや、もうすぐ終わるでしょ。それに2人でやった方が早い。」
「分かった。じゃあ早く終わらそ。」