「寒ぃ」

「先輩、急いで」

薄いコートだとさすがに夜は冷えるようになった。
もしかしたらラストオーダー終わってるんじゃないかと小金井が心配して俺を急かす。
震えそうになりながら定食屋に着いたのは二十時半すぎ。

窓から漏れる光に安心しながら暖簾をくぐる。

「いらっしゃいませ」

朝子さんの朗らかな声が耳に心地良く届いた。

「朝子さーん、お久しぶりですぅ」

「ルナちゃん来てくれたの? 嬉しいわぁ」

いつの間にか小金井は『ルナちゃん』と呼ばれている。さすがコミュ力高い女、俺の知らないうちに朝子さんと仲良くなりまくっている。

窓際の席に座るとすぐに温かいお茶が運ばれてきた。

「寒かったでしょう?」

ちょうど良い温度のお茶は朝子さんの気遣いを感じてほっとする。

「ラストオーダー大丈夫でした?」

「ええ、ええ。それよりも、何度か来ていただいたのに入れなくてごめんねぇ」

「あ、いえ」

どうやら朝子さんは俺が定食屋の行列を見て入るのをやめて帰ったのを目撃していたらしい。
何気ない言葉なのに胸の奥がほわっとするのは何故なんだろう。

「えっ、先輩、私に内緒で一人で定食屋来ようとしてたんですか? ずるいです!」

「なんでお前にズルいよばわりされなきゃいけねーんだよ」

小金井がプンスカ頬を膨らます。
ったく、子供かよ。
それを見て朝子さんは楽しそうに肩を揺らす。

「俺はアジフライ定食で」

「私は焼肉定食にします」

朝子さんは「いつものね」と注文をメモらずに厨房へ入っていく。

いろんなメニューを試した俺たちだけど、お気に入りは最初に食べた定食なのだ。
それを朝子さんは「いつもの」と表現してくれる。
最近は全然来られてなかったというのに、覚えていてくれることがなんだかくすぐったく嬉しい。