トラックに轢かれて死んだと思ったらあるゲームの世界に転生したはいいがタイミングが悪かった千秋は必死に頭をフル回転させていた。
(どうやってここから脱せればいいんだぁ?!でも、このまま何もしなかったら殺されるし…助けも……ん?待ってくれ…)
千秋は助けという言葉を思い浮かべて何かを思い出しかけようとしていた。ゲームの中でミスティアが処刑されるシーン、ちょうど今と同じ状況の時だった。
(助けはいる!!いるし今こっちに向かってるところだと思う。……確かに助けはいるんだけど来るタイミングが丁度あと一歩のところだったんだよなぁ…)
ミスティアを救出しにきた人物はいたのだが、玉座の間に着いたと同時に彼女が殺されてしまうというシーンだったのだ。
しかもその助けに来たのがミスティアの従者であるノイン・テイラーという人物で彼女を愛し忠実な男だった。
そんな彼も最期はミスティアが殺されるところを見て絶望しながら殺されるという悲運な運命を辿っている。
(時間を稼げはなんとかなるか…?いやぁ…でもなぁ〜…)
「ミスティア・カーラー。ドレミカを毒殺しようとしたお前を私は許さない」
「え?あ、はい?何?」
「貴様!!!聞いているのか?!!」
(やっべ…全然馬鹿皇太子の話聞いてなかったわ…まっ、どーーせ"よくも私の愛しいドレミカを傷つけてくれたな〜"なんてほざいてたんだろ?どーーーせ)
来てくれるであろう従者の心配と彼が来るタイミングの事を考えていた千秋は皇太子ハロルドの話など全く聞いていなかった。
けれど、彼がどんな内容の話をしていたのかは大体予想はついていたのであまり気にしてはいなかった。
「さすが自分を聖女を偽っていた女だ。ふざけてる!!」
(はいはい。ふざけてるのは俺とミスティアじゃなくてアンタら2人とおめーら皇族共だよ)
「何故我々はお前のような女を聖女だと信じていたのだろう…本物の聖女はドレミカなのに…!!」
(突然現れたぽっと出ヒロインの虚言を信じてるアンタらにドン引きっすわ)
怒りを通り越してもう呆れしか感じなかった。結局どんなに国に尽くしても結果はコレなのだから余計にそう感じてしまう。
ハロルドの側で怯えるドレミカを見れば尚更。
千秋はどうせ何を言っても聞いてくれないと分かっていたからもうため息しかつけなかった。
(この人らミスティアが死んだ後のことは考えてるのかね…?ぜってーあのぽっと出の魔法はただの複製《コピー》だから俺ら人間や精霊達に影響出るだろうに)
ミスティアは精霊達に愛されていた存在でもあった。彼女が生まれた時も、正式に聖女と認められた時も精霊達から必ず祝福の白い花びらが天から降り注がれる程ミスティア愛されていた。
逆に突然現れて聖女となったヒロインのドレミカは精霊達に全く相手にされていなかった。
(きっと精霊達は見抜いてたんだな…アイツの能力と本性を)
誰からも愛されていた筈のミスティアの最期があまりにも惨めなものだったことを改めて思い知らされた千秋はぎゅっと爪が食い込むほど強く拳を握る。
やっぱり死なない。彼女の為にもここでは死なない。自分が転生したのは彼女の運命を変える為だとそう感じていた。
「これ以上貴様に何を言っても無駄だな。これより刑を執行する」
(え、あ、待って!!まずい!!)
刑を執行するというハロルドの言葉を聞いて千秋は慌てて顔を上げる。
まだノインが来ていない。千秋は焦って立ち上がろうとするも辛いに両肩を掴まれ抑えつけられてしまう。
(まずい!まずいまずいまずい!!!)
ゆっくりと剣を片手に持ったハロルドがこちらへ向かってくる。
焦りが千秋の頭の中をさらに混乱させた。
縛られた縄が手に食い込み動かす度に痛みが走る。
「まって…待ってください!!」
「ドレミカ?!」
ずっとハロルドの側でメソメソしていたドレミカが悲しげな声で彼を制止した。ハロルドはその声に驚きドレミカの方へ身体を向けた。
周りの家来達も驚き、千秋も驚きながら声がした方へ目を向けた。
(は…?急に何…?)
「ハロルド様待ってください。彼女に…ミスティアさんに最期に何か言わせてあげてください」
「え…それはどういう…」
「きっと彼女も最期に何か伝えたいことがあると思うのです。ただこのまま殺してしまうのは可哀想ですわ…」
「ドレミカ…」
自分を陥れようとしたミスティアを憐れに思ったドレミカが見せた変な優しさにハロルドと家来達は感動していた。
"さすがドレミカ様"、"自分を殺そうとした女にもあんな優しさを見せるなんて"、"やはり彼女こそ正真正銘の聖女様だ"と家来達は口々に呟く。
千秋はドレミカの思想がなんとなく想像がついた為全く感動しなかった。寧ろ呆れ果てていた。
「ハロルド様。このナルハナ帝国の聖女として、私《わたくし》ドレミカ・アルバートとしてのお願いです…どうか…」
「……わかった。君の優しさに免じて罪人ミスティア・カーラーの最期の発言を許そう」
「ありがとうございます。私《わたくし》の勝手なお願いを聞いてくださりとても感謝いたします。ハロルド様」
(コイツ…また自分に良い印象を与える為にこんなことを…しかもなんだよ…あの皇太子様の表情。あのぽっと出ヒロインにぞっこんじゃねーか…あほくさ。まぁ、いいや。これで時間稼ぎができる。できるだけ長めにダラダラ話してやろう)
言いたいことを言ってすっきりさせてから脱出してやろうと考えた千秋はゆっくりと深呼吸をする。
ハロルドは視線をミスティア(千秋)の方に戻し、さっきまでドレミカに向けていた優しい表情からスイッチを切り替えるように汚い物を見るような軽蔑する目に変わった。
ハロルドのその態度に千秋の怒りはさらに増した。こんな男が将来皇帝として国を守れるわけがないとおもいながら。
「ドレミカに感謝しろ。彼女のおかげでお前に発言権を与えてやったのだ」
「……それはどーも。おれ…じゃなくて私もいろいろ言いたいことがあったんでね。本当ドレミカ様様ですよ。感謝してる」
「…?」
「なんすか?もう発言してもいいんっすか?」
「え、ああ、早くしろ」
さっきからハロルドはいつも敬語であまり砕けた話し方をしないミスティアに少し戸惑いを見せていた。きっとこれが彼女の本性だという考えと、どうせ何をしても殺される運命だから全てに諦めているのだと勝手に結論付けたがどうもしっくりこなかった。
ミスティアの中身が異世界から来た人間に成り代わっているなんてよっぽどのことがない限り彼は気付くことはないだろう。それはドレミカと周りの家来達にも言えることだった。
その秘密を唯一知っているのはミスティアとして転生した瀧本千秋のみ。
(何なんだ…あの女の考えが分からん…)
「おれが…じゃなくて…、えっと、私が最期に言いたいことは沢山ありますが今はこれだけ言っておきます………だぁーーもう!めんどい!!!」
「な…っ!」
「ハハ…なんかめんどくせーや。アンタの相手してるせいで気が狂いそう。ミスティアになりっきて喋るの一旦やめるわ。もう最期だし《《俺自身》》の言葉でぶちまけてやる。こんなこと聞いたってどうせアンタら気が付かねーから」
「ミスティア・カーラー。貴様何を…」
「これから話すから邪魔するな馬鹿皇太子殿」
ミスティア(千秋)を抑えつけていた家来が彼女の皇太子への不敬に”ハロルド様になんてことを!!”と叫ぶ。それと同時に抑えていた彼女の両肩にさらにぐっと圧力をかけた。圧が増した両肩に千秋は短く唸った。
けれど千秋は負けずにもう一度深呼吸をし、後ろ手に縛られている手に力を込め目の前にいるハロルドをキッと睨みつけた。
「アンタらに、否、この帝国に未来なんてもうねーよ。だってアンタらは本物の聖女を捨てようとしているんだからな」
「何?!」
「お前らこのぽっと出が本当に聖女だと思ってるの?んなわけねーだろ!!!コイツは、そこで馬鹿みたいに怯えてるその女は聖女でも何でもない!!ただの複製《コピー》する能力があるだけのやつなんだよ!!ミスティアの聖女の魔法を見様見真似で複製《コピー》してるだけ!!なんで精霊達が現れないのかなんも疑問に思わないのかよ?!」
「ミスティアさん…酷い…そんなあんまりですわ…!!!」
「酷い?なにが酷いんだ?だって事実だろ?!真似だけの聖女の魔法に希望を見出そうとするなよ!!それに俺はドレミカに食わせた菓子に毒を盛るような真似はしない!全部コイツの虚言!!!自分が聖女に成り代われば幸せになれると思ったら大間違いだぞ!!!どんなに帝国の奴等を欺いてもお前は聖女にはなれない!!人を陥れるような人間が聖女なんてなれるわけがない!!」
「ミスティア!!よくもドレミカに!!!」
「うるせぇな!俺がまだ喋ってるだろうが!!黙って聞いてろ!!!」
ボロボロの状態のミスティアの身体で自分でもどこからそんな力が出てくるのか分からないぐらい思いを叫びぶち撒ける。千秋はここで喉から血が出てもおかしくないほどに。
元の世界でミスティアの幸せを願って探したエンディングは見ることはなかった。けれど彼女がいる世界に転生した今の自分なら叶えられるかもしれない。だから千秋は諦めたくなかった。
「仮にこの人が聖女じゃなくてもアンタらみたいに人を陥れる様な真似をするような人じゃねぇ。それは胸を張って言える。彼女は、ミスティアは、精霊達に愛されて、お菓子作りが大好きな優しい人…。そんな人を国の為に尽くしてきた人をこんな形で裏切るアンタらに待ってるのは破滅だよ」
「ふんっ!破滅するのは貴様だ」
「一年後の結界の儀式」
「ん?」
「帝国の結界をかけ直す儀式。忘れてるわけじゃないだろ?」
千秋の口から出た一年後の結界の儀式という言葉。
それは聖女しか使えない魔法の力を使って帝国を覆う結界をかけ直す儀式だった。
ドレミカが持つ複製《コピー》の力では再現できないほどの聖女の特別な魔法でしかその儀式は成功しない。
千秋は聖女ではないドレミカではできないと踏んでいたのだ。その前に綻びが出ることも予想して。
「あの儀式は正真正銘の聖女でしか成せない。アイツじゃ無理だよ。それでも《《俺》》を殺すの?絶対後悔すると思うけどなぁ?」
「もういい。お前の戯言なんて聞き飽きた。後悔なんかするはずない。本物の聖女は私のドレミカなのだから」
「そうか。後で泣いて後悔しても知らんからな。俺は言ったからな。紛い物の魔法じゃどうしようもないって」
「とっとと死ぬがいい。ミスティア・カーラー!!!!」
ハロルドが持っていた剣を振り上げた。
千秋は反射的に目を瞑り身構える。
ノインは間に合わなかった。もう運命を受け入れるしかないと諦めていた時だった。
頭の中である言葉がふと浮かび無意識にその言葉を呪文のように唱えた。
《精霊よ。大地の加護を我に与えよ》
「え…?」
無意識に心の中で唱えといた言葉に驚いていると突然地面から激しい地鳴りと共に棘に似た岩が突き上げてきて千秋の周りにいた家来達を薙ぎ倒した。
千秋を抑えつけていた家来も棘岩に突き飛ばされていた。
それは剣を千秋に振り下ろそうとしたハロルドも例外ではなかった。
「な、なんだ?!!ぐぁっ!!!」
「キャアア!!!ハロルド様ぁ!!」
千秋が唱えた不思議な呪文がもたらした棘岩の出現に周りは騒然とする。
2人の様子を見ていたドレミカの悲鳴が混乱と壮絶さを物語っていた。
砂塵が立ち込め視界が狭まれて千秋は動けなくなってしまう。砂塵が喉に入り激しく咳き込んでしまった。
すると、入り口の方から地鳴りに混じって勢いよく扉が開く音がした。
そこに現れたのは薄茶色の髪を後ろに縛った長身の男だった。顔には返り血が付いていた。
「ミスティア様!!!」
「まさか…ノイン…?ノインなのか…?!」
「くっ!どこにいるのですか?!ミスティア様!!!」
「ノイン!おれ…じゃなくて私はここだ!!!ノイン!ノイン!!」
砂塵で視界が狭まれる中、千秋は必死に自分を呼ぶノインの方へ後ろ手に縛られているせいで上手く走れずフラフラになりながらも走った。
元の世界で何度も見たエンディングが全く違う運命になった瞬間を自分自身で体験している。もう少しでミスティアとノインを救えると千秋は思った。
家来達を蹴散らしようやくノインの元へ着くとノインはミスティアの身体をギュッと抱きしめた。
その顔は今にも泣きそうな顔だった。
「ミスティア様…!!ミスティア様…!!よかった…間に合った…!!やっと貴女を助けられた…!!」
「ノイン…」
「…再開を喜ぶのはここを出てからの方がいいみたいですね」
「あ、うん。後さ、おれ…じゃなくて…私の手を縛ってる縄切ってくれると嬉しいかな…へへ」
「あ、そうでしたね」
ノインに後ろ手に拘束していた縄をナイフで切ってもらった。手首には縄で縛られた痕と痣が残っていた。
(やっと自由だ…フフ…)
今まで見てきたエンディングと全く違う運命に千秋は自分でも気持ち悪いなって思う笑みを浮かべてしまった。
しかし、その笑みを浮かべるほど千秋は喜んでいたのは事実だった。
後は騒然としているこの城から従者ノインと共に脱出するのみとなった。それが成功すればミスティアの運命が今度こそ変わる。千秋の悲願がようやく叶うのだ。
「行きましょう。ミスティア様」
「おう…じゃなくて…ええ!!行きましょう、え?うおっ!!」
突如身体が持ち上げられた感触を覚え思わず千秋は短く悲鳴を上げた。
ノインが千秋もといミスティアを横抱きに抱きかかえたからだった。千秋は突然のこと過ぎて言葉が出なかった。
ハロルドの“追え!!逃がすな!!”という怒号を背にしてノインは大事に彼女を抱きかかえながら玉座の間を後にした。
(ひ、ひぇ~…初めてお姫様抱っこされたわ…。どうしよう、別に1人で歩けるのだが…)
「大丈夫ですか?」
「え?あ、うん。まぁ…一応大丈夫なんだけど…わ、私、自分で歩けるから降ろしてくれる…?」
「貴女のその痣と傷だらけの足を見て降ろせるわけないでしょう。この城にいる間だけですから。我慢してください」
「あ、はい…」
ノインの必死と緊迫が混じる声に千秋は否応なしに首を縦に振るしかなかった。
彼に言われた通りミスティアの身体は痣と傷まみれ。ずっと牢屋に入れられ尚且つ城の看守からの暴言と暴力にまみれた尋問で傷ついた彼女の身体はボロボロだった。
ミスティアの傍らにいたノインにとって今の彼女の姿はそれは耐え難いものだったであろう。千秋はそれ以上何も言わず彼に身を委ねることにした。
すると、ノインのすぐ近くに数本の矢が床や壁に突き刺さった。後ろを振り返ると城の衛兵達が持っていたボウガンでノイン達に狙いを定めていたのだ。
ボウガンは容赦なくノイン達に矢を放った。
(飛び道具なんか卑怯やんけ!!!つーかこのままじゃ俺らに確実に当たる!!)
「従者の方は殺してもかまわん。罪人は生きて捕らえろ!!」
「ノイン…!」
「私は大丈夫ですから。是が非でも貴女をここから連れ出します」
ノインの手の力がこもる。千秋にもその感触は当然伝わる。
彼の必ずミスティアを自由にするという自信の表れがとても強く伝わった。
(あーもー!!どうすりゃいい!!さっきみたいになんか聖女の魔法を…えっと、なんか、バリア的な呪文があった筈…)
千秋は再び頭をフル回転させて自分自身とミスティアの記憶を探る。彼が元の世界でゲームプレイ中に見たシーンと彼女が歩んできた記憶。
さっき自分の危機を救ってくれた正真正銘の聖女の魔法の呪文。千秋は必死に思い出そうとしていた。
(確か…)
それは優しくも凛々しい聖女ミスティア・カーラーの声と共に千秋の頭の中である言葉が響き渡った。
『—―――偉大なる聖騎士達よ、危機なる我らに護りの加護を…』
(こ、これだ!!!この呪文があった!!)
千秋は落ち着いて深呼吸をし、思い出した呪文を小さく呟いた。
「偉大なる聖騎士達よ、危機なる我らに守りの加護を…!!聖女の祈りを聞き届けたまえ…!!」
呪文を唱えた途端、逃げ惑うノイン達を優しい白い光が包み込む。飛んできた矢が光に触れると焼け消えてしまった。
衛兵達はそれ見て一瞬たじろぐも構う事なく再びボウガンをノイン達に向け矢を撃ち放つ。
「まだ使えたのですね」
「正直無理かと思ったとかも意外とできた…でも…あんま保たないかも…」
「いえ、ここまで出来れば十分です。後は"オニキス"に乗って彼らから逃げ切れば…」
ノインが言っていたオニキスとは彼の黒毛の馬のことだ。
ゲームの中にも出てきたその馬はよく2人の助けになっていたがノインと同じ悲しい運命を辿った名馬でもあった。
千秋は思う。やはり全てが違う。全ての運命が変わりつつある。この城さえ脱出してしまえばミスティア達の新しい人生が始まるとさえ思えた。
(ミスティア達の運命が完全に変わる…!!!あと少しだ…!!)
無数の矢と怒号が降り注ぐ中をミスティアに転生した千秋と従者のノインは優しい光と共に走り抜ける。
千秋がかけた魔法の光が暗闇の中にいた彼女らに照らす希望の光を照らした瞬間だった。
(どうやってここから脱せればいいんだぁ?!でも、このまま何もしなかったら殺されるし…助けも……ん?待ってくれ…)
千秋は助けという言葉を思い浮かべて何かを思い出しかけようとしていた。ゲームの中でミスティアが処刑されるシーン、ちょうど今と同じ状況の時だった。
(助けはいる!!いるし今こっちに向かってるところだと思う。……確かに助けはいるんだけど来るタイミングが丁度あと一歩のところだったんだよなぁ…)
ミスティアを救出しにきた人物はいたのだが、玉座の間に着いたと同時に彼女が殺されてしまうというシーンだったのだ。
しかもその助けに来たのがミスティアの従者であるノイン・テイラーという人物で彼女を愛し忠実な男だった。
そんな彼も最期はミスティアが殺されるところを見て絶望しながら殺されるという悲運な運命を辿っている。
(時間を稼げはなんとかなるか…?いやぁ…でもなぁ〜…)
「ミスティア・カーラー。ドレミカを毒殺しようとしたお前を私は許さない」
「え?あ、はい?何?」
「貴様!!!聞いているのか?!!」
(やっべ…全然馬鹿皇太子の話聞いてなかったわ…まっ、どーーせ"よくも私の愛しいドレミカを傷つけてくれたな〜"なんてほざいてたんだろ?どーーーせ)
来てくれるであろう従者の心配と彼が来るタイミングの事を考えていた千秋は皇太子ハロルドの話など全く聞いていなかった。
けれど、彼がどんな内容の話をしていたのかは大体予想はついていたのであまり気にしてはいなかった。
「さすが自分を聖女を偽っていた女だ。ふざけてる!!」
(はいはい。ふざけてるのは俺とミスティアじゃなくてアンタら2人とおめーら皇族共だよ)
「何故我々はお前のような女を聖女だと信じていたのだろう…本物の聖女はドレミカなのに…!!」
(突然現れたぽっと出ヒロインの虚言を信じてるアンタらにドン引きっすわ)
怒りを通り越してもう呆れしか感じなかった。結局どんなに国に尽くしても結果はコレなのだから余計にそう感じてしまう。
ハロルドの側で怯えるドレミカを見れば尚更。
千秋はどうせ何を言っても聞いてくれないと分かっていたからもうため息しかつけなかった。
(この人らミスティアが死んだ後のことは考えてるのかね…?ぜってーあのぽっと出の魔法はただの複製《コピー》だから俺ら人間や精霊達に影響出るだろうに)
ミスティアは精霊達に愛されていた存在でもあった。彼女が生まれた時も、正式に聖女と認められた時も精霊達から必ず祝福の白い花びらが天から降り注がれる程ミスティア愛されていた。
逆に突然現れて聖女となったヒロインのドレミカは精霊達に全く相手にされていなかった。
(きっと精霊達は見抜いてたんだな…アイツの能力と本性を)
誰からも愛されていた筈のミスティアの最期があまりにも惨めなものだったことを改めて思い知らされた千秋はぎゅっと爪が食い込むほど強く拳を握る。
やっぱり死なない。彼女の為にもここでは死なない。自分が転生したのは彼女の運命を変える為だとそう感じていた。
「これ以上貴様に何を言っても無駄だな。これより刑を執行する」
(え、あ、待って!!まずい!!)
刑を執行するというハロルドの言葉を聞いて千秋は慌てて顔を上げる。
まだノインが来ていない。千秋は焦って立ち上がろうとするも辛いに両肩を掴まれ抑えつけられてしまう。
(まずい!まずいまずいまずい!!!)
ゆっくりと剣を片手に持ったハロルドがこちらへ向かってくる。
焦りが千秋の頭の中をさらに混乱させた。
縛られた縄が手に食い込み動かす度に痛みが走る。
「まって…待ってください!!」
「ドレミカ?!」
ずっとハロルドの側でメソメソしていたドレミカが悲しげな声で彼を制止した。ハロルドはその声に驚きドレミカの方へ身体を向けた。
周りの家来達も驚き、千秋も驚きながら声がした方へ目を向けた。
(は…?急に何…?)
「ハロルド様待ってください。彼女に…ミスティアさんに最期に何か言わせてあげてください」
「え…それはどういう…」
「きっと彼女も最期に何か伝えたいことがあると思うのです。ただこのまま殺してしまうのは可哀想ですわ…」
「ドレミカ…」
自分を陥れようとしたミスティアを憐れに思ったドレミカが見せた変な優しさにハロルドと家来達は感動していた。
"さすがドレミカ様"、"自分を殺そうとした女にもあんな優しさを見せるなんて"、"やはり彼女こそ正真正銘の聖女様だ"と家来達は口々に呟く。
千秋はドレミカの思想がなんとなく想像がついた為全く感動しなかった。寧ろ呆れ果てていた。
「ハロルド様。このナルハナ帝国の聖女として、私《わたくし》ドレミカ・アルバートとしてのお願いです…どうか…」
「……わかった。君の優しさに免じて罪人ミスティア・カーラーの最期の発言を許そう」
「ありがとうございます。私《わたくし》の勝手なお願いを聞いてくださりとても感謝いたします。ハロルド様」
(コイツ…また自分に良い印象を与える為にこんなことを…しかもなんだよ…あの皇太子様の表情。あのぽっと出ヒロインにぞっこんじゃねーか…あほくさ。まぁ、いいや。これで時間稼ぎができる。できるだけ長めにダラダラ話してやろう)
言いたいことを言ってすっきりさせてから脱出してやろうと考えた千秋はゆっくりと深呼吸をする。
ハロルドは視線をミスティア(千秋)の方に戻し、さっきまでドレミカに向けていた優しい表情からスイッチを切り替えるように汚い物を見るような軽蔑する目に変わった。
ハロルドのその態度に千秋の怒りはさらに増した。こんな男が将来皇帝として国を守れるわけがないとおもいながら。
「ドレミカに感謝しろ。彼女のおかげでお前に発言権を与えてやったのだ」
「……それはどーも。おれ…じゃなくて私もいろいろ言いたいことがあったんでね。本当ドレミカ様様ですよ。感謝してる」
「…?」
「なんすか?もう発言してもいいんっすか?」
「え、ああ、早くしろ」
さっきからハロルドはいつも敬語であまり砕けた話し方をしないミスティアに少し戸惑いを見せていた。きっとこれが彼女の本性だという考えと、どうせ何をしても殺される運命だから全てに諦めているのだと勝手に結論付けたがどうもしっくりこなかった。
ミスティアの中身が異世界から来た人間に成り代わっているなんてよっぽどのことがない限り彼は気付くことはないだろう。それはドレミカと周りの家来達にも言えることだった。
その秘密を唯一知っているのはミスティアとして転生した瀧本千秋のみ。
(何なんだ…あの女の考えが分からん…)
「おれが…じゃなくて…、えっと、私が最期に言いたいことは沢山ありますが今はこれだけ言っておきます………だぁーーもう!めんどい!!!」
「な…っ!」
「ハハ…なんかめんどくせーや。アンタの相手してるせいで気が狂いそう。ミスティアになりっきて喋るの一旦やめるわ。もう最期だし《《俺自身》》の言葉でぶちまけてやる。こんなこと聞いたってどうせアンタら気が付かねーから」
「ミスティア・カーラー。貴様何を…」
「これから話すから邪魔するな馬鹿皇太子殿」
ミスティア(千秋)を抑えつけていた家来が彼女の皇太子への不敬に”ハロルド様になんてことを!!”と叫ぶ。それと同時に抑えていた彼女の両肩にさらにぐっと圧力をかけた。圧が増した両肩に千秋は短く唸った。
けれど千秋は負けずにもう一度深呼吸をし、後ろ手に縛られている手に力を込め目の前にいるハロルドをキッと睨みつけた。
「アンタらに、否、この帝国に未来なんてもうねーよ。だってアンタらは本物の聖女を捨てようとしているんだからな」
「何?!」
「お前らこのぽっと出が本当に聖女だと思ってるの?んなわけねーだろ!!!コイツは、そこで馬鹿みたいに怯えてるその女は聖女でも何でもない!!ただの複製《コピー》する能力があるだけのやつなんだよ!!ミスティアの聖女の魔法を見様見真似で複製《コピー》してるだけ!!なんで精霊達が現れないのかなんも疑問に思わないのかよ?!」
「ミスティアさん…酷い…そんなあんまりですわ…!!!」
「酷い?なにが酷いんだ?だって事実だろ?!真似だけの聖女の魔法に希望を見出そうとするなよ!!それに俺はドレミカに食わせた菓子に毒を盛るような真似はしない!全部コイツの虚言!!!自分が聖女に成り代われば幸せになれると思ったら大間違いだぞ!!!どんなに帝国の奴等を欺いてもお前は聖女にはなれない!!人を陥れるような人間が聖女なんてなれるわけがない!!」
「ミスティア!!よくもドレミカに!!!」
「うるせぇな!俺がまだ喋ってるだろうが!!黙って聞いてろ!!!」
ボロボロの状態のミスティアの身体で自分でもどこからそんな力が出てくるのか分からないぐらい思いを叫びぶち撒ける。千秋はここで喉から血が出てもおかしくないほどに。
元の世界でミスティアの幸せを願って探したエンディングは見ることはなかった。けれど彼女がいる世界に転生した今の自分なら叶えられるかもしれない。だから千秋は諦めたくなかった。
「仮にこの人が聖女じゃなくてもアンタらみたいに人を陥れる様な真似をするような人じゃねぇ。それは胸を張って言える。彼女は、ミスティアは、精霊達に愛されて、お菓子作りが大好きな優しい人…。そんな人を国の為に尽くしてきた人をこんな形で裏切るアンタらに待ってるのは破滅だよ」
「ふんっ!破滅するのは貴様だ」
「一年後の結界の儀式」
「ん?」
「帝国の結界をかけ直す儀式。忘れてるわけじゃないだろ?」
千秋の口から出た一年後の結界の儀式という言葉。
それは聖女しか使えない魔法の力を使って帝国を覆う結界をかけ直す儀式だった。
ドレミカが持つ複製《コピー》の力では再現できないほどの聖女の特別な魔法でしかその儀式は成功しない。
千秋は聖女ではないドレミカではできないと踏んでいたのだ。その前に綻びが出ることも予想して。
「あの儀式は正真正銘の聖女でしか成せない。アイツじゃ無理だよ。それでも《《俺》》を殺すの?絶対後悔すると思うけどなぁ?」
「もういい。お前の戯言なんて聞き飽きた。後悔なんかするはずない。本物の聖女は私のドレミカなのだから」
「そうか。後で泣いて後悔しても知らんからな。俺は言ったからな。紛い物の魔法じゃどうしようもないって」
「とっとと死ぬがいい。ミスティア・カーラー!!!!」
ハロルドが持っていた剣を振り上げた。
千秋は反射的に目を瞑り身構える。
ノインは間に合わなかった。もう運命を受け入れるしかないと諦めていた時だった。
頭の中である言葉がふと浮かび無意識にその言葉を呪文のように唱えた。
《精霊よ。大地の加護を我に与えよ》
「え…?」
無意識に心の中で唱えといた言葉に驚いていると突然地面から激しい地鳴りと共に棘に似た岩が突き上げてきて千秋の周りにいた家来達を薙ぎ倒した。
千秋を抑えつけていた家来も棘岩に突き飛ばされていた。
それは剣を千秋に振り下ろそうとしたハロルドも例外ではなかった。
「な、なんだ?!!ぐぁっ!!!」
「キャアア!!!ハロルド様ぁ!!」
千秋が唱えた不思議な呪文がもたらした棘岩の出現に周りは騒然とする。
2人の様子を見ていたドレミカの悲鳴が混乱と壮絶さを物語っていた。
砂塵が立ち込め視界が狭まれて千秋は動けなくなってしまう。砂塵が喉に入り激しく咳き込んでしまった。
すると、入り口の方から地鳴りに混じって勢いよく扉が開く音がした。
そこに現れたのは薄茶色の髪を後ろに縛った長身の男だった。顔には返り血が付いていた。
「ミスティア様!!!」
「まさか…ノイン…?ノインなのか…?!」
「くっ!どこにいるのですか?!ミスティア様!!!」
「ノイン!おれ…じゃなくて私はここだ!!!ノイン!ノイン!!」
砂塵で視界が狭まれる中、千秋は必死に自分を呼ぶノインの方へ後ろ手に縛られているせいで上手く走れずフラフラになりながらも走った。
元の世界で何度も見たエンディングが全く違う運命になった瞬間を自分自身で体験している。もう少しでミスティアとノインを救えると千秋は思った。
家来達を蹴散らしようやくノインの元へ着くとノインはミスティアの身体をギュッと抱きしめた。
その顔は今にも泣きそうな顔だった。
「ミスティア様…!!ミスティア様…!!よかった…間に合った…!!やっと貴女を助けられた…!!」
「ノイン…」
「…再開を喜ぶのはここを出てからの方がいいみたいですね」
「あ、うん。後さ、おれ…じゃなくて…私の手を縛ってる縄切ってくれると嬉しいかな…へへ」
「あ、そうでしたね」
ノインに後ろ手に拘束していた縄をナイフで切ってもらった。手首には縄で縛られた痕と痣が残っていた。
(やっと自由だ…フフ…)
今まで見てきたエンディングと全く違う運命に千秋は自分でも気持ち悪いなって思う笑みを浮かべてしまった。
しかし、その笑みを浮かべるほど千秋は喜んでいたのは事実だった。
後は騒然としているこの城から従者ノインと共に脱出するのみとなった。それが成功すればミスティアの運命が今度こそ変わる。千秋の悲願がようやく叶うのだ。
「行きましょう。ミスティア様」
「おう…じゃなくて…ええ!!行きましょう、え?うおっ!!」
突如身体が持ち上げられた感触を覚え思わず千秋は短く悲鳴を上げた。
ノインが千秋もといミスティアを横抱きに抱きかかえたからだった。千秋は突然のこと過ぎて言葉が出なかった。
ハロルドの“追え!!逃がすな!!”という怒号を背にしてノインは大事に彼女を抱きかかえながら玉座の間を後にした。
(ひ、ひぇ~…初めてお姫様抱っこされたわ…。どうしよう、別に1人で歩けるのだが…)
「大丈夫ですか?」
「え?あ、うん。まぁ…一応大丈夫なんだけど…わ、私、自分で歩けるから降ろしてくれる…?」
「貴女のその痣と傷だらけの足を見て降ろせるわけないでしょう。この城にいる間だけですから。我慢してください」
「あ、はい…」
ノインの必死と緊迫が混じる声に千秋は否応なしに首を縦に振るしかなかった。
彼に言われた通りミスティアの身体は痣と傷まみれ。ずっと牢屋に入れられ尚且つ城の看守からの暴言と暴力にまみれた尋問で傷ついた彼女の身体はボロボロだった。
ミスティアの傍らにいたノインにとって今の彼女の姿はそれは耐え難いものだったであろう。千秋はそれ以上何も言わず彼に身を委ねることにした。
すると、ノインのすぐ近くに数本の矢が床や壁に突き刺さった。後ろを振り返ると城の衛兵達が持っていたボウガンでノイン達に狙いを定めていたのだ。
ボウガンは容赦なくノイン達に矢を放った。
(飛び道具なんか卑怯やんけ!!!つーかこのままじゃ俺らに確実に当たる!!)
「従者の方は殺してもかまわん。罪人は生きて捕らえろ!!」
「ノイン…!」
「私は大丈夫ですから。是が非でも貴女をここから連れ出します」
ノインの手の力がこもる。千秋にもその感触は当然伝わる。
彼の必ずミスティアを自由にするという自信の表れがとても強く伝わった。
(あーもー!!どうすりゃいい!!さっきみたいになんか聖女の魔法を…えっと、なんか、バリア的な呪文があった筈…)
千秋は再び頭をフル回転させて自分自身とミスティアの記憶を探る。彼が元の世界でゲームプレイ中に見たシーンと彼女が歩んできた記憶。
さっき自分の危機を救ってくれた正真正銘の聖女の魔法の呪文。千秋は必死に思い出そうとしていた。
(確か…)
それは優しくも凛々しい聖女ミスティア・カーラーの声と共に千秋の頭の中である言葉が響き渡った。
『—―――偉大なる聖騎士達よ、危機なる我らに護りの加護を…』
(こ、これだ!!!この呪文があった!!)
千秋は落ち着いて深呼吸をし、思い出した呪文を小さく呟いた。
「偉大なる聖騎士達よ、危機なる我らに守りの加護を…!!聖女の祈りを聞き届けたまえ…!!」
呪文を唱えた途端、逃げ惑うノイン達を優しい白い光が包み込む。飛んできた矢が光に触れると焼け消えてしまった。
衛兵達はそれ見て一瞬たじろぐも構う事なく再びボウガンをノイン達に向け矢を撃ち放つ。
「まだ使えたのですね」
「正直無理かと思ったとかも意外とできた…でも…あんま保たないかも…」
「いえ、ここまで出来れば十分です。後は"オニキス"に乗って彼らから逃げ切れば…」
ノインが言っていたオニキスとは彼の黒毛の馬のことだ。
ゲームの中にも出てきたその馬はよく2人の助けになっていたがノインと同じ悲しい運命を辿った名馬でもあった。
千秋は思う。やはり全てが違う。全ての運命が変わりつつある。この城さえ脱出してしまえばミスティア達の新しい人生が始まるとさえ思えた。
(ミスティア達の運命が完全に変わる…!!!あと少しだ…!!)
無数の矢と怒号が降り注ぐ中をミスティアに転生した千秋と従者のノインは優しい光と共に走り抜ける。
千秋がかけた魔法の光が暗闇の中にいた彼女らに照らす希望の光を照らした瞬間だった。