(なんでこんなことになってるんだ?)

車にぶつかって死んだ筈の青年瀧本千秋は困惑していた。
さっきまでいた見慣れた賑やかな街の道路ではなく、まるで西洋の城の玉座の前で両膝をついている。
玉座の前には金髪で蒼眼の青年がいて、周りには鎧を着た城の家来のような者達が千秋の前を囲んでいた。千秋が逃げ出さないように冷たい視線を向けている。
千秋は後ろ手に縛られて逃げたくても逃げられなかった。

(しかも…なんで…)

蒼眼の青年が持つ剣に映る今の自分の姿を見て千秋は更に困惑した。困惑するのも仕方がない。何故なら…。

(なんで俺がミスティア・カーラーになってるんだよぉ〜!!!しかもよりによって処刑寸前〜!!!)

内心あたふたしている千秋を見て目の前にいる蒼眼の青年はふんっと鼻で笑った。
そして、千秋にこれから起こるであろうことを声高々に叫んだ。
千秋は知っていた。自分が転生したキャラクターがこれから起きる惨劇を。何度も何度も彼女を救う為に見ていたから知っていたのだ。

「ミスティア・カーラー!!長年自らを聖女と偽り帝国を騙し続け、本来の聖女であり私の恋人のドレミカ・アルバートを殺めようとした貴様を生かしておくわけにはいかない!!」
(待って…冗談だろ…?!)
「よって貴様をこの場で私の手で処刑する!!!!」
(いやいやいやいや!!!!いや、だから、待ってくれって!!!俺ってゆーか、あの、この子が正真正銘の聖女なんだってばぁ〜〜!!!!)

逃げようと身体を動かすも周りの家来の兵達に抑えつけられて逃げられない。仮に逃げ出せたとしてもきっと兵達に殺されて終わり。
今の千秋には逃げ場がなかった。

「ち、違います!おれ…じゃなくて私が本物の…!!」
「この女まだ言うか!!」
「浅ましい女だ!!」
(ひぇ…ぜっんぜん聞く耳持ってくれないやつや…!!!ど、ど、どうする?!なんかないか!なんかないか?!!)

ゆっくりとこちらに近づいてきた蒼眼の青年は持っていた剣を振り上げる。
千秋は目の前の現実に一気に絶望すると同時にキラリと輝いた刃が美しく感じてしまった。

(あ…終わった…)

ミスティアに転生したばかりの千秋はもう終わるであろう命に絶望しぎゅっと目を瞑った。









男子高校生瀧本千秋がゲームキャラクターミスティア・カーラーに転生するほんの数分前。

現実世界の日本。S県S市の瀧本家の千秋の自室。
ミスティアに転生する前の彼は、姉から譲り受けたゲームソフト《聖女の祈り》というノベルゲーをプレイしていた。
ひょんな事からナルハナ帝国にやってきたヒロインのドレミカ・アルバートを聖女に仕立て上げられ皇太子ハロルドと結ばれるというストーリーで、ミスティアはナルハナ帝国の正式な聖女だったがドレミカにその立場を奪われてしまうという悲運なキャラクターだった。
ミスティアにしか使えない聖女の魔法をドレミカも使えてしまったという出来事から彼女の転落人生が始まり、守ってきた大事な人達に裏切られ、ドレミカには無実の罪で濡れ衣を着せられ、最終的には斬首刑もしくは火刑というどちらかの処刑方法で死ぬことになっている。
全てはドレミカが持つ見たものをコピーすることができるという能力が元凶だったが、原作はヒロインである彼女のその行動を正当化するようなストーリーで進んでゆく。
ネットのレビューでもヒロインドレミカへの批判よりも彼女とハロルド幸せを願った賛賞の方が何故か多かった。
千秋の姉聡美も「2度とやりたくない。レビューも意外とあてにならん。売ったら負けた気がするからアンタにやる」と呆れながら譲ってきたほどだ。
確かに聡美の言う通り頭が痛くなるようなストーリーだったがもしかしたらミスティアが幸せになるルートもあるのではという淡い期待を持ってゲームを進めていた。
しかし現実は無情で残酷だった。

「ん?ん?はぁ?なんでだよ?」

このゲームは2つエンディングがあるのだがどちらもミスティアが処刑されてしまう内容だったのだ。
どんなに選択肢を変えても彼女の運命は変えられない。唯一変わるものはさっきも話した2つの処刑方法だけ。

「この脚本おかしい…誰だよコレ書いた奴…!!」

メルヘンチックなクラシックのエンディングテーマと共に流れるスタッフロールを殺意を込めて睨みつける。
どうして帝国の為に聖女として一生懸命尽くしてきたミスティアがこんな悲惨な形で殺されなければならないのか。
何故聖女でもなんでもないドレミカが愛されるのか。
それよりも何故ドレミカのバレバレの嘘を信じて疑わないのか。
最後ハロルドと幸せそうに結婚したはいいが正式な聖女でもないドレミカが帝国を守ることができるのか。
というかエンディングが少な過ぎる。
ゲームに対しての不満。ヒロインへの批判。千秋の中でそんな疑念ばかりが募る。

(も、もしかして…これがクソゲーってやつ…?)

非の打ち所がないミスティアを平気に殺すこのゲームの題名にも怒りを覚えた。こんなの祈りもクソも無い。千秋はそう思うしかなかった。

(このままスタッフロール見続けたらテレビ壊しそうだな…。エンドっていう英文出たら秒でテレビに風穴開ける自信あるわ…)

そうなる前にゲーム機の電源を消し、テレビの電源も落とした千秋は苛立ちながら立ち上がり後ろの勉強机に向かう。
机の上に置いてあった"みんな大好き!!お菓子レシピ大全集!!"というレシピ本を手に取る。
ガバッと本を開きパラパラとページを捲り目についたページで動きを止める。

(……コイツを作って気を紛らわそう。いや、作る。お菓子作って気持ちを切り替えないと…)

捲られたページに描かれていたのはシンプルなプレーンクッキーとココアクッキー、プレーンとココアが組み合わさった市松模様のアイスボックスクッキーの作り方だった。
机の引き出しから黄色の付箋を取り出しクッキーのページに乱暴に貼り付ける。
早足で自室を飛び出し、1階のキッチンに向かい材料を探す。
しかし、卵はあったが薄力粉とバターと純ココアが無かった。

「はぁ〜…よりにもよって材料不足なんてよ〜…聞いてない…」

ジーンズの後ろのポケットに入れていたスマホを取り出し電源を入れて時間を見ると16時半を回っていた。
千秋をため息をつき考える。

(そういやぁ…おかんもおとんもねーちゃんも今日は仕事で遅くなるとか言ってたっけな…まだ時間あるしスーパーでも行ってくるか…)

2階の自室へと財布を取りに戻る。
そこで一瞬だけ目についた聖女の祈りのソフトケースを見てまたため息をついた。

(まさかゲームの中身に腹立って菓子作りするなんてな…)

千秋は嫌なことがあった日は必ずお菓子を作っていた。
元々母親と姉聡美の影響でお菓子作りをしていたが、何かを作ることが楽しかったのと、幼い頃に洋菓子屋さんで見た鉄板に並べられたクッキー生地やケーキが綺麗に焼き上がり生クリームやフルーツやマジパン等でさらに美しく時に可愛く彩られてゆく姿に感動したから。それを大きくなった自分でも出来る様になったことが彼のお菓子作りの原動だった。
しかし、それは苛立った日になると暴走することがあるのが玉に瑕だったりもする。
しかも無意識に作り気が付くと1人では食べきれない量のお菓子を作ってしまうことがある。

(あれはホントに気を付けないと…理性保たんととんでもないことになる…でもなぁ~)

やはりあのゲームの内容を忘れようとしても何かの拍子で思い出してしまう。
千秋は早く忘れようと黄色のエコバックに財布を入れながら頭を素早く横に振った。

(……スーパーで薄力粉とバターと純ココアを買って…)

スーパーで買う物を思い浮かべながらしっかりと施錠をしたのを確認し家を出る。
クッキー作りとミスティアの最期の姿が交互に頭に浮かび上がる。

(なんであの帝国の奴らってみんな馬鹿なんだろ?ミスティアがやってないの明白だったじゃん…)

とぼとぼと足は行き慣れたスーパーへと進んでゆく。

(市松模様とうずまき模様も作ろう。いや、絶対作る。是が非でも作るわ)

考え事をしながら歩みを進めている今の千秋は目の前をよく見ていなかった。音や声も殆ど聞いていないに近い。
それが時間的に車通りが多い道路だとしても。

「にいちゃん!!!危ない!!今赤だよ!!!」

年配のおじさんのその声を聴いて「え?」っと横断歩道の信号を見ると確かにあかになっていた。
しかし警告を聞いた時にはもう遅かった。

「あ…」

眩い光と共にトラックがこちらに向かってくる。スピードも速く、止まりそうな気配もない。
さっきまで考えでいっぱいだった頭が一気に白紙になる。急すぎて恐怖も感じられなかった。

(あ、これ死んだわ)

これが男子高校生瀧本千秋が覚えている現実世界の最期の記憶だった。
トラックに当たった衝撃と痛みを味わう前に意識が飛んでいた。






トラックに轢かれて異世界に転生するなんて全く予想だにしていなった千秋が次に目を覚ました時に聞いた言葉がこれだった。

「ミスティア・カーラー!!聖女と偽っただけでは飽きたらず、本物の聖女のドレミカ・アルバートに危害を加えた貴様を生かしておくわけにはいかない!!!」

千秋自身がそのミスティアに転生し、お城で断罪中で処刑寸前ということも、しかもさっきまでプレイしていたノベルゲー《聖女の祈り》の世界に転生したのも全て予想外だった。

(なんでよりにもよって~~!!!!!!!)

現実世界で死んだと思って異世界に転生した矢先に早速死のカウントダウンが始まるというとても不運で不憫な始まりだった。