「……なんでここに入ったわけ?」
龍樹とハヤタに尾行宣言をしてから数時間後。
授業を終えたその足で怜と澪の後を追っていた幸人がたどり着いた場所に彼は驚愕と困惑に苛まれていた。
2人が立ち寄りそうな所を通ったと思ったら見向きもせず素通りし、どんどん人気のない場所に突き進んでいくのに不安を覚えたが話しかけるわけにも引き返すわけにもいかなかった。
怜を魅了させているペンギングッズが置いてあるファンシーショップの前を通っても立ち止まらなかった事に幸人はただ事ではないと直感していた。
(ここって…結構ヤバいって噂のところだった筈…なんであの2人はここに入ったの?)
親友の行動が理解できないのも無理もない。幸人の目の前にあるその場所は誰も寄りつかないいわく付きの廃墟化した建物だからだ。
死と陰湿の香りが漂っている様な異様な地。
幸人に今すぐにでも帰ってしまいたいという気持ちが湧き上がり始めていたか、ここで逃げたら何も得られないと必死に自分自身に説得をし続けここに留まる。
(お、落ち着け、落ち着け、落ち着けぇ!何か理由があるんだ。そう…なんらかの理由…。大丈夫、俺はただ怜と澪ちゃんを追ってるだけ。しかもまだ黄昏時。お化けもゾンビ的なのも出ない筈。つ、つーか漫画の世界じゃあるまいし平気さ!!うん!!)
無理矢理そう自分に言い聞かせるも恐怖心がじわじわを優ってゆくのが嫌でもわかる。幸人は恐怖心を払拭する為にぶんぶんと首を横に激しめに振った。
ふと、幸人はあっと何かを思い出しリュックからある物を取り出した。
(ハヤタからコレもらっといて良かったかも。すんごい助かる…なんでコレをチョイスしたのか謎だけれども)
ハヤタが幸人にくれた物。それは、100均で売っていた持ち手が黒いLEDの懐中電灯だった。
黄昏時でも真っ暗な廃墟には少し心許なかったが、ほんの少しの光と友達のありがたさが幸人の勇気を奮い立たせるのに十分だった。
緊張をほぐす為に幸人はゆっくりと深呼吸をしぎゅっと目を瞑る。
ガラスがひび割れた入口の扉の取手を強く握る。
(ビビって逃げたら何も変わらない。2人がここに入って行った理由も知りたい。行こう……めっちゃ怖いけど…)
カチッカチッと2回スイッチを押し、ちゃんと光を照らしてくれるか動作確認をする。気持ちを落ち着かせるための手遊びでもあった。
心臓が緊張と不安で激しく鼓動する中、幸人は再度扉の取手を握る力を込め、グッと扉をゆっくりと押し開け目をぎゅっと瞑りながら建物の中に足を踏み入れた。
「い、行くぞ……」
そっと差し足忍び足で建物の中に潜入する。殺伐な雰囲気に幸人は恐怖で震え上がるのと叫びたがるのを必死に堪え足を前に進める。ただでさえお化け屋敷が大の苦手な幸人には余りにも酷だった。
「れ、れ、怜〜…?み、澪ちゃ〜ん?どこ〜?ねぇ〜?」
今にも泣きそうな幸人は震え声で親友達の名前を呼ぶ。しかし、その声は部屋全体に響き渡る様な音量ではなく今にもかき消されてしまうようなか細い声だった。
大声を出したくても恐怖が邪魔して思う様に出せない。早く2人を見つけて此処からおさらばしたいという気持ちが先走る。
お化け屋敷が苦手な幸人の目に光と共に映るのは、カルテの様な書類とボロボロになったカーテンとベッドと落書きまみれの壁と年期が入ったポスター。粉々に砕け散った窓ガラス。使われなくなった機材。所々に転がっているよく分からない薬瓶。それらが恐怖を煽る。
ひしひしとその空気を感じつつも幸人は足を前に進める。
(なんでこんなお化け屋敷みたいな所に来たんだろう?こえーよ…!!!しかも…)
怜と澪の行動をぼやいていた幸人だがある違和感を背後から感じつつあった。ビビりながらこの中に入る前には感じなかった視線。
気にはなっているが恐怖が邪魔して後ろを振り向けずにただただ歩み続けるしかなかった。振り向いたらきっと後悔するという思いも強まる。
懐中電灯を握る手に更に力を込める。
(まさか怜達か?でも、それなら何で此処にいるんだ的なこと言ってきそうだし、なんか違う気がしてならん。じゃあ誰だよってことなんだけども…)
もう一度声を出そうにも背後の嫌な気配が邪魔する。ひたすら前に進めと促されている気がしてならなかった。
けれど、こんな薄気味悪い廃墟に不審者が潜伏しててもおかしくない。此処で殺されても侵入して来た自分が悪いと言われておしまい。
パキっというラップ音が抑え続けていた恐怖度を一気に沸き起こらせ、徒歩から突如走りに切り替わった。
誰かに追われている感覚を覚えながら幸人はうわぁ〜!!!っと叫びドタドタと必死に逃げ惑う。
(もう無理無理!!!!限界!!!!!やっぱ尾行なんてしたからいけなかったんだぁ!!!でもどうしよう!!!!で、で、出口に行きたいけど後ろ振り向けない!!!!しかもまだ…怜達がぁ…!!!)
無我夢中で階段を駆け上がりながらこれからどうするべきか考えるが上手くまとまらない。それどころか焦りだけが募る。
そんな彼に視線の正体は着実に近づいて来る。薬品のような臭いと血のような生臭いを纏わせながら。
逃げるので必死で周りが見えていなかった幸人にはまだ見えていない。天井に張り巡らされた蜘蛛が吐いた無数の白い糸。
白い糸に絡まっているのは人形のように見えるナニか。死んでいるかどうかさえも分からない。
「え、ちょ、うわぁ!!!!」
走り続けていた幸人は足を躓きドタっと結構派手に転んでしまった。しっかり握り持っていた懐中電灯が転んだ拍子に手の力が抜けて幸人の元から転がり去ってしまう。
(やば…っ!!!!)
痛む身体に鞭を打ち、慌てて起き上がり手放してしまった懐中電灯と取ろうとした時だった。
「ヤっと…つかマエたぁ…♪」
「あ…え…?な、な…っ!!!」
手に取った懐中電灯を声がする方に向ける。
光の先と幸人の目に映るもの。それはこの世のものではない蜘蛛によく似た何か。
漫画でしか見たことがない巨大な蜘蛛の化け物。
この世のものではない生き物を見た恐怖と死の匂いが幸人から言葉を奪ってゆく。
「ひゅ…っ」
「ワたしのもノ。あなたワこれカラわたシのたカラもノになるノ…ふフ…またフえたァ…」
余りの恐怖で動けず逃げられない幸人に蜘蛛の化け物は口からあの白い糸を容赦無く吐く。
幸人は咄嗟に腕で盾を作るも無意味だろう。無情にも吐き出された糸は彼の全身を包み込んでゆく。
必死にもがくも何重にも重なってゆく糸は強度を増し幸人の身体を繭化させた。
「ひぃ?!!や、やめ…やめろ…!!誰かぁ…!!!」
「あとハアノふたりダケ…うふフ…フふふ…!!」
(助けて…お願い誰か助けて…!!!俺まだ死にたくないよ!!!怜…澪ちゃん…!!!)
白い糸に包まれた幸人は息苦しさを感じながらゆっくりと意識を手放してゆく。
薄れゆく意識の中で彼は、きっとまだこの建物の中にいるであろう親友の怜と澪に必死に助けの手を伸ばし叫び続けた。
そして、彼らが無事でいて欲しいと願いながら幸人は静かに瞼を閉じたのだった。
「あノケンしとぶきビトもワタシのたからモノニしてヤる。ぜんぶ…ぜんブ…わたしノもの…!!!もうウばわれたリしない…!!!!」
蜘蛛の化け物は奪われることを恐れ、手に入れることに固着する。自らを人から魔獣へと姿を変えるきっかけとなったこの場所で。
僅かに残る人間性が剣士と武器人に助けの手を伸ばしているのを見て見ぬふりをしながら、蜘蛛の魔獣は迷い人や侵入者を捕え、宝物と評して白い糸で包んで大切に保管してゆくのであった。
白い糸に包まれ気絶をしてしまった幸人の右手の甲にうっすらと赤い紋がチカチカと不定期に浮かび上がる。
"彼等"との再会が近い"
何も知らない幸人に覆われた陰に再び光が差し込もうとしている。怜と澪という光以外の淡く神々しい聖なる光。
「やっと会えますね主様」
白い孔雀がとても嬉しそうに呟いていた。
龍樹とハヤタに尾行宣言をしてから数時間後。
授業を終えたその足で怜と澪の後を追っていた幸人がたどり着いた場所に彼は驚愕と困惑に苛まれていた。
2人が立ち寄りそうな所を通ったと思ったら見向きもせず素通りし、どんどん人気のない場所に突き進んでいくのに不安を覚えたが話しかけるわけにも引き返すわけにもいかなかった。
怜を魅了させているペンギングッズが置いてあるファンシーショップの前を通っても立ち止まらなかった事に幸人はただ事ではないと直感していた。
(ここって…結構ヤバいって噂のところだった筈…なんであの2人はここに入ったの?)
親友の行動が理解できないのも無理もない。幸人の目の前にあるその場所は誰も寄りつかないいわく付きの廃墟化した建物だからだ。
死と陰湿の香りが漂っている様な異様な地。
幸人に今すぐにでも帰ってしまいたいという気持ちが湧き上がり始めていたか、ここで逃げたら何も得られないと必死に自分自身に説得をし続けここに留まる。
(お、落ち着け、落ち着け、落ち着けぇ!何か理由があるんだ。そう…なんらかの理由…。大丈夫、俺はただ怜と澪ちゃんを追ってるだけ。しかもまだ黄昏時。お化けもゾンビ的なのも出ない筈。つ、つーか漫画の世界じゃあるまいし平気さ!!うん!!)
無理矢理そう自分に言い聞かせるも恐怖心がじわじわを優ってゆくのが嫌でもわかる。幸人は恐怖心を払拭する為にぶんぶんと首を横に激しめに振った。
ふと、幸人はあっと何かを思い出しリュックからある物を取り出した。
(ハヤタからコレもらっといて良かったかも。すんごい助かる…なんでコレをチョイスしたのか謎だけれども)
ハヤタが幸人にくれた物。それは、100均で売っていた持ち手が黒いLEDの懐中電灯だった。
黄昏時でも真っ暗な廃墟には少し心許なかったが、ほんの少しの光と友達のありがたさが幸人の勇気を奮い立たせるのに十分だった。
緊張をほぐす為に幸人はゆっくりと深呼吸をしぎゅっと目を瞑る。
ガラスがひび割れた入口の扉の取手を強く握る。
(ビビって逃げたら何も変わらない。2人がここに入って行った理由も知りたい。行こう……めっちゃ怖いけど…)
カチッカチッと2回スイッチを押し、ちゃんと光を照らしてくれるか動作確認をする。気持ちを落ち着かせるための手遊びでもあった。
心臓が緊張と不安で激しく鼓動する中、幸人は再度扉の取手を握る力を込め、グッと扉をゆっくりと押し開け目をぎゅっと瞑りながら建物の中に足を踏み入れた。
「い、行くぞ……」
そっと差し足忍び足で建物の中に潜入する。殺伐な雰囲気に幸人は恐怖で震え上がるのと叫びたがるのを必死に堪え足を前に進める。ただでさえお化け屋敷が大の苦手な幸人には余りにも酷だった。
「れ、れ、怜〜…?み、澪ちゃ〜ん?どこ〜?ねぇ〜?」
今にも泣きそうな幸人は震え声で親友達の名前を呼ぶ。しかし、その声は部屋全体に響き渡る様な音量ではなく今にもかき消されてしまうようなか細い声だった。
大声を出したくても恐怖が邪魔して思う様に出せない。早く2人を見つけて此処からおさらばしたいという気持ちが先走る。
お化け屋敷が苦手な幸人の目に光と共に映るのは、カルテの様な書類とボロボロになったカーテンとベッドと落書きまみれの壁と年期が入ったポスター。粉々に砕け散った窓ガラス。使われなくなった機材。所々に転がっているよく分からない薬瓶。それらが恐怖を煽る。
ひしひしとその空気を感じつつも幸人は足を前に進める。
(なんでこんなお化け屋敷みたいな所に来たんだろう?こえーよ…!!!しかも…)
怜と澪の行動をぼやいていた幸人だがある違和感を背後から感じつつあった。ビビりながらこの中に入る前には感じなかった視線。
気にはなっているが恐怖が邪魔して後ろを振り向けずにただただ歩み続けるしかなかった。振り向いたらきっと後悔するという思いも強まる。
懐中電灯を握る手に更に力を込める。
(まさか怜達か?でも、それなら何で此処にいるんだ的なこと言ってきそうだし、なんか違う気がしてならん。じゃあ誰だよってことなんだけども…)
もう一度声を出そうにも背後の嫌な気配が邪魔する。ひたすら前に進めと促されている気がしてならなかった。
けれど、こんな薄気味悪い廃墟に不審者が潜伏しててもおかしくない。此処で殺されても侵入して来た自分が悪いと言われておしまい。
パキっというラップ音が抑え続けていた恐怖度を一気に沸き起こらせ、徒歩から突如走りに切り替わった。
誰かに追われている感覚を覚えながら幸人はうわぁ〜!!!っと叫びドタドタと必死に逃げ惑う。
(もう無理無理!!!!限界!!!!!やっぱ尾行なんてしたからいけなかったんだぁ!!!でもどうしよう!!!!で、で、出口に行きたいけど後ろ振り向けない!!!!しかもまだ…怜達がぁ…!!!)
無我夢中で階段を駆け上がりながらこれからどうするべきか考えるが上手くまとまらない。それどころか焦りだけが募る。
そんな彼に視線の正体は着実に近づいて来る。薬品のような臭いと血のような生臭いを纏わせながら。
逃げるので必死で周りが見えていなかった幸人にはまだ見えていない。天井に張り巡らされた蜘蛛が吐いた無数の白い糸。
白い糸に絡まっているのは人形のように見えるナニか。死んでいるかどうかさえも分からない。
「え、ちょ、うわぁ!!!!」
走り続けていた幸人は足を躓きドタっと結構派手に転んでしまった。しっかり握り持っていた懐中電灯が転んだ拍子に手の力が抜けて幸人の元から転がり去ってしまう。
(やば…っ!!!!)
痛む身体に鞭を打ち、慌てて起き上がり手放してしまった懐中電灯と取ろうとした時だった。
「ヤっと…つかマエたぁ…♪」
「あ…え…?な、な…っ!!!」
手に取った懐中電灯を声がする方に向ける。
光の先と幸人の目に映るもの。それはこの世のものではない蜘蛛によく似た何か。
漫画でしか見たことがない巨大な蜘蛛の化け物。
この世のものではない生き物を見た恐怖と死の匂いが幸人から言葉を奪ってゆく。
「ひゅ…っ」
「ワたしのもノ。あなたワこれカラわたシのたカラもノになるノ…ふフ…またフえたァ…」
余りの恐怖で動けず逃げられない幸人に蜘蛛の化け物は口からあの白い糸を容赦無く吐く。
幸人は咄嗟に腕で盾を作るも無意味だろう。無情にも吐き出された糸は彼の全身を包み込んでゆく。
必死にもがくも何重にも重なってゆく糸は強度を増し幸人の身体を繭化させた。
「ひぃ?!!や、やめ…やめろ…!!誰かぁ…!!!」
「あとハアノふたりダケ…うふフ…フふふ…!!」
(助けて…お願い誰か助けて…!!!俺まだ死にたくないよ!!!怜…澪ちゃん…!!!)
白い糸に包まれた幸人は息苦しさを感じながらゆっくりと意識を手放してゆく。
薄れゆく意識の中で彼は、きっとまだこの建物の中にいるであろう親友の怜と澪に必死に助けの手を伸ばし叫び続けた。
そして、彼らが無事でいて欲しいと願いながら幸人は静かに瞼を閉じたのだった。
「あノケンしとぶきビトもワタシのたからモノニしてヤる。ぜんぶ…ぜんブ…わたしノもの…!!!もうウばわれたリしない…!!!!」
蜘蛛の化け物は奪われることを恐れ、手に入れることに固着する。自らを人から魔獣へと姿を変えるきっかけとなったこの場所で。
僅かに残る人間性が剣士と武器人に助けの手を伸ばしているのを見て見ぬふりをしながら、蜘蛛の魔獣は迷い人や侵入者を捕え、宝物と評して白い糸で包んで大切に保管してゆくのであった。
白い糸に包まれ気絶をしてしまった幸人の右手の甲にうっすらと赤い紋がチカチカと不定期に浮かび上がる。
"彼等"との再会が近い"
何も知らない幸人に覆われた陰に再び光が差し込もうとしている。怜と澪という光以外の淡く神々しい聖なる光。
「やっと会えますね主様」
白い孔雀がとても嬉しそうに呟いていた。