「……ねぇ、葵。一緒に死にに行かない?」
高校2年生の夏休みに入り、家に来た真理佳はまるで、遊びに誘うように私に言った。
最初は訳が分からなかった。
でも、考えがまとまらないまま、とりあえず私は答える。
「行こう!一緒に……」
その答えを聞いた真理佳はひとつに結んだ茶色がかった髪をゆらし、はにかんでから私の手を取って蒸し暑い夏のアスファルトの上をかけていく。
夏の何重にも這い上がりまとわりつくような熱も湿気も。この時だけは何も感じなかったのを私達は鮮明に覚えてる。
ここから私たちの2人の『自殺の旅』が始まった。

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真理佳に連れられ私たちはまず、真理佳の家にやって来た。移動中に話を聞いて、状況をやっと呑み込むことができた。私たちにはこの自殺の旅を決行するほどの理由がある。そのことは私たちが1番分かってる。それと同時に他の人から理解されないことも。
真理佳と私は昔から家同士で仲が良かった。
私たち二人はどちらも一人っ子で真理佳のところはシングルマザーだったから都合も良かったのだろう。
……もっとも、『あること』が発覚するまでは。のことだけれど。
それ以降、私の両親は真理佳や私を軽蔑したような目で見るようになり、真理佳との関わりは愚か、今では家でも私と目も合わせようとしてくれない。
それで唯一良かったことといえば真理佳の家に何も言わずに泊まっても特になにも言われなくなったことくらいだろう。
お母さん達はもう私たちとなんて関わりたくもないのだ。
それに比べて、真理佳のお母さん。一香さんは私たちをそんな目で見ずに面倒を見てくれる。
私はそんな一香さんが向けてくれる優しい目が大好きだった。
真理佳の家はお花屋さんでいつも色んな人が花を買いに来る。他にも自分でお花を育てているみたいで自分のお店も含めて色んなお店が一香さんにお世話になっているのだそう。そのせいで、一香さんや真理佳からはいつも花のいい匂いがする。今日はお店も定休日で、いつも、人が何人もいる真理佳の家も今日はシャッターが下ろされ人一人いなかったのですんなりとお邪魔することが出来た。
真理佳の家には私が泊まりに来た時用の服やそのほかの生活用品が置かれている。
まず、真理佳の家に向かったのはそれらを取りに来たんだと。これから長旅になるそうだ。話がトントン拍子で進む割には計画はどんどん大きくなっていく。
真理佳の話を聞く限り
「これから死ぬのにお金を使わないのは勿体なくない?どうせなら、パーッと使って色んなところに行って、今なら死んでもいいかなっていう1番楽しい時に死にたいじゃん」
とのこと。
奇想天外なことだとも思ったけど理にかなっているなとも思った。
「じゃあさ、これからどこに向かうの?」
「うーん、決めてないけど色々考えてあるんだよね。一応」
「へー、どこどこ?」
「内緒!だって、その方が楽しいでしょ」
フフフっと笑う真理佳の顔はとても楽しそうでとてもこれから死にに行くような人の顔ではなかった。だけど、真理佳が楽しそうな顔でこれからの予定はどうしようかと悩むものだからなんでもいいかと思ってしまう。
「一香さんはどうしたの?」
「今は出かけてる。居ないうちに家を出てしまおう」
「そっか、最後に挨拶しかったな」
「……じゃあ゛最期゛に電話でもかけよっか」
「ふふ…じゃあ、それで」
軽口を叩きながら、着々と荷造りをしていく。
時刻はもう日が沈む頃。
真理佳がホテルを取っているそうなのでまずはそこに向かうことにした。
暗くなる頃には着いておきたいからと、大きなバックを抱えて街を歩く。
「さぁ、明日からどこに行こうか」
私はもう一度聞いてみた。
「2人ならどこにでも行けるよ」
こんな大きな荷物を持って夏の道路を歩くのはキツかったけど真理佳となら本当にどこにでも行けそうな気がした。
あそこに行きたい。どこに行ってみたい。
そんな話で盛り上がっている時間が楽しかった。
「そこいいじゃん!」
「あそこの近くには温泉もあるって……」
スマホのマップを見ながら私たちの手持ちの旅費では行けるはずもないくらい遠いところの話をしていた頃、私は途中で足が止まり、凍りついた。
「あら、真理佳に葵ちゃん。こんばんは」
話に夢中で向かいから来ている一香さんに2人とも気づかなかったのだ。
いくら一香さんといえど、こんな大荷物で夜も近い時間に出歩いてたら怪しまれるに決まってる。
事情を話してたところで、きっと止められてしまう……
私達の旅は始まってすぐに途絶えようとしていた。
「葵ちゃんとは随分久しぶりね。真理佳は迷惑かけてない?」
「あ、いえ、そんなこと……お世話になってます……」
「ところで、そんな大荷物どうしたの?いったい……」
「お母さん!!」
一香さんの言葉を遮るように真理佳は言った。
「……行ってきます」
一香さんは少し考え込んでから
「……気をつけて行ってきなさい」
とだけ優しい声で言った。
そして、立ち止まった一香さんの横を私達は通りすぎた。
もう、きっと、振り返ることは無いだろう。
一香さんにもう二度と会うことはないだろう。
そんなことを考えていたらさっきからの張り詰めたような空気の緊張が解けたのと同時に涙が出てきそうになった。そんな気も知らないで……いや、1番わかってくれているからこそ。真理佳はいつだって私の味方でいてくれるからこそ。真理佳は私の背中をバシッと叩いて言った。
「ほら、お母さんに挨拶するんでしょ?」
溢れそうな涙を上を向いてこぼれないようにした後。
振り返って叫んだ。
「一香さん!!お世話になりました!」
周りに人はいない。こんなに叫ぶ距離じゃない。なのに、張り上げて言ってしまう心と一致した私の声。
「いいのよ。子供を守るのは大人の勤めだもの」
そして、今までずっと疑問に思ってた。
最後だから聞いてみたかった。
「一香さんはなんで……私たちのこと、普通の子として見てくれたんですか……?」
今にも消え入りそうな声で聞いた問い。
「……みんなに合わす必要なんてないの。あなた達はあなた達で、他は他で。普通の線引きなんてそもそも曖昧なものなの。あなた達は異常なんかじゃない。十分、大人に守られるべき普通の子供なのよ。私はただ、あなたたち2人を見守って上げたかった。それだけよ」
それに……と続ける
「今の状況を見て止めない私も立派なダメな大人で、きっと普通じゃないわ」
お互い様ね。と言わんばかりに一香さんは自虐っぽくクスッと笑って見せた。
一香さんは改めて私の正面に向き直り言った。
「真理佳をよろしくね。葵ちゃん」
「……はい!」
涙が止まらなかったけど、返事せずには居られなかった。
一香さんはそのまま、名残惜しむように私たちをあの優しい目で撫でるように見つめ、私たちとは反対方向に歩いていってしまった。
「いい挨拶だったよ」
「……うん」
私の右隣にピタッと張り付いて支えてくれている真理佳の熱が私にまで伝わってくる。
「ねぇ、真理佳……」
「なぁに?」
「……好きだよ」
「私も。……大好き」
指を絡ませるように手をつなぎながら歩く。
「……葵。どこに行こうか……」
既に半分沈んだ夕日に向かって歩く。
今度は私が答える番だった。
「どこにでも行けるよ……私たちなら」