近所の幼稚園でやっていた子ども食堂を継続的に定期的に行うことはできないか。飲食店をやっている私達が力になれないか。幼稚園の子ども食堂に参加した後に、エイトとナナは話し合った。

 思いはひとつで、困った人の力になりたい気持ちだった。食で町を明るくしたい、人々の笑顔が見たい。誰かのために私達ができることを模索した。様々な意見を出し、実現できること、できないことを選別する。家族会議の末、実現可能なことを考える。

 利益を出すための事業ではないけれど、どの程度の人が来てどれくらいの材料費がかかるか。余ってしまえばもったいない。新しくはじめる子ども食堂を知ってもらうために宣伝する方法を考える。あくまで慈善事業でやるけれど、本当に困っていない人ばかりになってしまうと、本当に貧困な人に食事が行き届かない。材料費はエイトが支払うが、大人からは100円程度の食事代をいただくことにするということをノートに書き込む。二人で話し合う過程の意見や決まったことは、ナナが作った子ども食堂ノートに書き込むことにした。

 メインは18歳以下の子供だけれど、親子参加は可能とする。大人だけの参加は定員があるからだめだということにした。無料だと誰でも先着順で来ることになる。だから、わずかだけれど大人はお金を支払い、原則は子どもの保護者ということにした。もちろん貧困家庭限定というわけではない。親が働いていて忙しい家庭でも、子どもだけの参加でもいい。貧困の基準は明確ではないし、貧困な人限定では人目も気になる。募集はインターネットと店の周囲に貼り紙。そして、回覧板など地域の人の目につくところにチラシを入れる。

 事前申し込み制にして、材料が余らないようにする。事前に申し込んでもらい、名前と電話番号を書いてもらう。もちろんこの町以外の人でもいい。エイトが出す提案がそのままノートに書き込まれる。発想力や企画力は大人だけあって現実的な提案が多い。エイトは的確な指示を出して、ナナがそれについて意見を出し、合意するという流れだった。

 実施するのは、毎週日曜の夕食時だ。基本は樹、サイコ、エイト、ナナ。人手が足りないときは、漫画アシスタントの二人にも入ってもらうというものだ。メニューは全員同じで、子どもが食べやすいメニューを週替わりで作る。

 一番お腹が空くのは夕飯時。がっつり食べたい時間帯にした。学校がないということは給食がない。給食がないと栄養が足りない子供も多いと聞く。むしろ給食があるから、空腹にならずに済んでいるという話もある。子どもは基本無料。子供の定義は高校生以下。つまり18歳以下だけれど、これは事情によって臨機応変に対応する。19歳で困っている人がいたらもちろん手を差し伸べる。そして、定員は店に入るくらいの人数だ。最大20人くらいだろうか。最初はこちらも慣れないので、様子を見るという意味で定員は10人にするとエイトが決めた。ナナはただ寄り添って協力するというだけだったが、ひとりで行うわけではないということは想像以上にエイトにとって心強いことだった。

 はじめての事業にナナはドキドキしていたが、手を休めることなく、ノートに書き込む。エイトが真面目な顔をして色々思案している様子は普段のちゃらっとした雰囲気とは別人で、頼りになる大人だと思えた。

 この基本計画をたたき台として、ノートの内容を店長の樹、店員のサイコをはじめ漫画のアシスタントの二人にも伝える。みんな新しいことにワクワクしている様子で、誰かのためになる一歩を踏み出すことに躊躇する者はいなかった。

 さっそくナナは町内会長のところへお願いしに行くことになった。チラシにはエイトが直接イラストを描いた。それにアシスタントの二人が文字を入れて、日時や料金や定員のことなど詳細をA4の紙に詰め込む。さすがはプロだけあって、チラシの仕上がりはとても目を引くデザインだ。色合いもいい。一人では不安なので樹さんにも一緒に行ってもらうことになった。優し気で落ち着いた雰囲気の樹は少したれ目で笑うと目が三日月になる。そんな彼に癒しを感じていることを隠す。普段あまり話したことがないので少し緊張する。

 樹は落ち着いた物腰で町内会長の家までナナを案内する。空を見上げると青い空が全員に平等に広がっている。忙しい毎日で空を見上げる時間すら持てないことが多い。ふと見上げた空が透き通る空色だと、思わずうれしくなる。そんな話を樹にすると、樹は三日月の瞳になる。目じりが下がるとますます優しそうで半妖だなんて全く思えない。特別な力を持って闇に潜む存在なんて思えない。もしかしたら、妖怪という存在は案外この世界に溢れているのかもしれない。いるわけないと思う先入観があると案外気づかないものだ。隣にいる人が人間ではない妖怪だなんて見た目ではわからないのだから、普通は思わない。

「空の色ってなんであんなにきれいなんだろう。子供の頃、虹の上は橋になっていて歩くことができると思ってた。白い雲はわたがし同様食べることができるって思っていたし」

「ナナちゃんは案外メルヘンチックなんだなぁ」

「樹さんは思わなかったの?」

「子供の頃は半妖であることを隠すように言われていて、目立たないように生きて来たよ。多分、あまり空を見上げることはなかったような気がするんだ」

「私は、何も考えないで毎日過ごしていたから、ただ空を見上げる時間が多かったのかもしれない」

「半妖という存在は思った以上にこの世の中で生きづらいんだ。特殊な力を見せることで、この世界で生きていけなくなるからね」

 樹の瞳はどこか寂しそうだ。心に何かを抱えた樹は人として深みがあるのは、半妖であることで苦労してきた背景があるということだろう。きっと他のみんなもエイトも抱えている苦労があるのだろう。普段はそんな素振りを見せない彼らに対して、ナナは称賛のような気持ちを持つ。

 少し歩くと町内会長の家に着く。回覧板用のチラシは班の数だけコピーしたし、掲示板に貼ってもらう分もコピーした。緊張しながらインターホンを押すと、初老の男性が出て来た。定年退職して地域活動に勤しむタイプのようだ。明るく社交的な男性でとても話しやすい。緊張がほぐれる。

 樹がにこやかに低姿勢でお願いする。概要を説明すると、会長は快く賛同してくれた。そして、みんなに周知すると言ってくれる。この事業はみんなと一緒だからこそできることで、地域の人の理解と協力があってこそ成り立つものだ。どのくらいの需要があるかはわからないけれど、子ども食堂をやってみたいという気持ちで動いている。それは、間接的でも直接的でも誰かのためになることだから。そして、それを継続して細く長くやることがチーム半妖の務めだ。一介の女子学生だけれど、きっと誰かの役に立っている。それでナナは自分の存在意義を感じていたのかもしれないし、忙しくすることで負の気持ちを感じないようにしていたのかもしれない。

「あなたは水瀬先生のところで居候しているお嬢さんかな?」
「はじめまして鈴宮ナナと申します」
 慌てて挨拶をする。樹は既に顔見知りみたいで、特に自己紹介することもない仲のようだった。

「子どもたちのためによろしくたのむよ。この町の未来のためにね。あとは各班班長に渡すからね。掲示板にも貼るから。影ながら応援しているよ」
「よろしくお願いします」

「帰り際に、知り合いの店先に貼ってもらおう」
 樹が商店街に向かって歩く。体の線が細く、華奢な印象な樹さんはすらっとしている。黒のジーンズに白いTシャツというラフな格好だけれど、カッコいい。やっぱり素敵な人だ。太陽の光が樹さんの髪に降り注ぐ。

 その髪色は普段よりも栗色に見える。男性だけれど、きちんと髪のケアをしているのかとてもさらさらしていた。

 八百屋の前に立った樹は、顔なじみのおばちゃんに話しかける。
「このポスター貼っておいてよ。こんどうちで子ども食堂やるんだ」
「へぇー。子どもしかいけないの?」
「子どもの付き添いなら大人でもいいけど、大人は100円だから」
「じゃあその時はうちの野菜使ってよ」
「もっちろん」

 思いのほか社交的で会話上手な樹。いつもと違う顔だ。次は魚屋さん、肉屋さんと回っていく。どこの店でも樹はいつも笑顔で説明しながら、時には冗談まで言ったり、相手をうまく持ち上げたりする。彼はエイトよりも営業上手なのかもしれない。だから、エイトは樹に店を任せているのかもしれない。色々な意味でエイトは戦略家なのかもしれない。そんなことを今日一日肌で感じる。

「今日は色々ありがとう。ソフトクリームでもごちそうするよ」
「いいんですか?」
「もちろん」
 にこやかな樹は、商店街でソフトクリームを買ってくれた。ベンチに座って二人で食べる。まるでデートみたいなんて思っていることは秘密だ。極上の濃厚ミルクのソフトクリームはいつもより甘い味がした。

「先生は、君が来てから少しずつ変わっているような気がするよ」
「どういう意味ですか?」
「以前よりも積極的に物事を行うようになったような気がする。以前は仕事以外のことは基本的にやろうとしない人だったんだよね。でも、保護者として名乗り出たり、積極的な一面を出してくるようになったよ」
「でも、私のせいじゃないと思いますけどね」
「そう? 僕はきっと君が多大な影響を及ぼしていて、すごい人だと思うんだよね。先生を突き動かす何かをもっているという意味でね」

 エイトの今までがわからないから、何とも言えないけれど、彼をいい方向に持って行けたのならそれ以上の親孝行はないかもしれない。

 甘くて冷たいソフトクリームはどこかエイトに似ている。甘い部分を持ちながら冷たい何かを秘めている。一見おいしいけれど、食べ過ぎは太る原因や虫歯になるという危険もある甘いソフトクリーム。それは、半妖であるエイトに通じるような気がした。すぐ溶けて、形がなくなるソフトクリーム。それは半妖の存在とどこか重なる。そして、ナナの命もいつかソフトクリームのように溶けてしまいそうな気がしていた。