幼稚園主催のこども食堂では、豚汁とおにぎりを提供することになった。そこで、家事男子ことカジダンのエイトが料理の小技を披露し始める。園長は元ホストのイケメン長身なスレンダーな人。エイトの親友らしい。
「今日は、豚肉を柔らかくしてみる方法を伝授する。食用重曹、炭酸水、ヨーグルト、酒、他にもいろいろ方法はあるが、今日は手っ取り早いところで炭酸水を使うか」
エイトはリーダーシップを発揮して、みんなに説明を始める。
「炭酸水はどんな種類がいいのですか?」
調理手伝いの若い女性の先生が挙手をする。
「ビールでもコーラでも味のないただの炭酸でもいいぞ。つけておいてもいいし、味がない炭酸水ならば一緒に煮込むのもOKだが、今回は量がおおいから、とりあえず炭酸水に豚肉を20分くらいつけておく。肉係はここで炭酸水と混ぜ合わせてくれ。ちなみに、ステーキ肉ならばコーヒーフレッシュを塗ると高級な味わいになるぞ」
いつも得意げなエイトだが、本当に色々知っている雑学王だとみんなが驚かされる。
「米を炊くときはだな、炊飯前に氷をひとつ入れてから炊くとめっちゃうまいぞ。あとは、酒はふっくら効果。みりんはつやの効果があるから、入れるとうまいごはんになるぞ」
「エイト先生、すごい物知り!! 私、博学な男性が好きなんですよ」
1人の幼稚園教諭がエイトのそばにやってきた。
ただの、うんちく男だったりするのだが、意外と物知りはモテるのかもしれない。
「俺の知っていることならなんでも教えるよ」
「私、実は先生の漫画の大ファンで……サインください」
「俺のサインでいいなら、いくらでもあげるけど」
そっちか、そうだよな。あの漫画、大人にも人気だしなぁ。でも、やっぱり若い女性と並んでいると、ナナのお母さんよりもずっとお似合いという事実が判明する。いくら、お母さんを高校生の時に亡くしたからって年上の子持ち女性を嫁にもらおうとは、売れっ子漫画家のくせにわけがわからない。きっと女性に困っていないはずなのに、本能に正直で、バカみたい。なぜだか、ちょっといらついた。
私たちはそれぞれの役割分担をして、おにぎり係は米を研ぎ、炊飯器で大量の米を炊いた。さらに、豚汁の野菜を切る係はそれぞれ決まった野菜をどんどん切っていく。まるでロボットになったみたいに何も考えず包丁を動かしていた。
ナナはおにぎり係になったので、具材の準備をしていた。なんとなく、手伝う流れになったのだが、思いのほか楽しい時間がそこにはあった。忙しいほうが、悲しみを忘れられるから忙しくする。エイトも同じなのかもしれない。婚約者を失ったのだから、忙しくしていたり誰かと一緒にいる時間は孤独を感じなくていい。気分転換にもなる。知らない人と知り合いつながりを持つことは希薄な現代に欠けている1つのような気がする。新たな人間関係をその場限りだとしても作ろうとする気持ちは大事だと思う。
「食を通してまちを元気にする。未来を作ろう!!」
エイトが声を張り上げる。体育会系のようなノリと、リーダーシップ感満載のエイト。この人と一緒にいるとなんだか温かい気持ちになるし、わくわくする面白いことがいっぱいだ。
「あら、威勢がいいわね。エイトせんせっ」
仕事ができます、という風貌の美人女性が登場した。パリッとしたブラウスを着こなし、細い足をヒールのある靴でさらに綺麗に見せるキャリアウーマン風の女性がエイトに近づく。もしかして、お母さんもキャリアウーマンだったし、ああいった女性が好きだったりして。エイトの好みを色々勘繰ってしまう。
「小春さん、よろしくな」
知り合い? かなり親し気だし、同級生とか? つい色々観察してしまう。
「今日はよろしくね。園長の代わりに、色々手伝ってくれてありがとう」
「この方は小春さん。子ども食堂など子供関係のイベントを主催しているNPO団体の代表だ。ちなみに、園長の彼女だ」
「はじめまして。春日小春です。NPOこどもの夢の代表をしていていて、こどもに関する事業を色々手掛けているの」
手慣れた様子で名刺を渡す。できる女性という感じがする。
「はじめまして。鈴宮ナナです。わけあって漫画家のエイトが保護者で同居しています」
「お二人は幼なじみなんですか?」
「そうなんだよ。幼稚園から大学まで実は一緒だったりする。そして、結婚までしたら、一生一緒じゃねーか」
「それは、それで素敵なご縁ですよね」
「エイトくんは大学が一緒だけど、学部が違ったからねぇ。結婚するって聞いたときはびっくりしたけど……ごめん」
言ってはいけないことを言ってしまったと思ったのか、小春さんは気まずそうに話を遮った。そうか、小春さんも同じ大学なのかぁ。世間は狭いなぁ。
「気にすんな。今や娘みたいな妹みたいな家族ができたからな」
「好きになるのなんて理屈じゃないからな。根拠は漫画家の勘でもあるけどな」
「エイトまで変な応援するなよ。俺は今、慣れない幼稚園の仕事一筋なんだよ」
「さぁ、準備進めましょう」
小春さんは準備を手際よく進める。できる女という感じだ。
少し早めに来た子どもに向かって一番笑顔で話しかけていたのは、小春さんだった。幼稚園の先生たちもエイトの指示に従って料理を機械作業のようにせっせと進める。大量のおにぎりと豚汁ができあがった。
「そろそろ時間だ、配るぞ」
大きな鍋に入った豚汁をたくさんの器に入れる。あえて使い捨て容器にして、職員の洗う手間を省くということらしい。プラスチックの容器に豚汁があふれるほど並んでいる。おにぎりは、ラップに包んで作っており、塩味のあっさりした味わいが豚汁とマッチする。水も紙コップに大量に入れて、配り始める。たくさんの食事があっという間に子どもたちの元へ届けられた。足りなくなるのではないかという不安をよそに、ちょうどいいくらいの人数が来たようだ。既に何回か行っているので、小春さんがリサーチして計算したとおりの客の数だったようだ。
食べている子どもたちがいる部屋でエイト原作のアニメが流れる。コミックスも何冊も置いてある。これは、漫画喫茶のように自由に読める空間を作りたいというレオの提案だった。そして、エイトの元にサインを求める子供が並ぶ。お腹いっぱいになった子どもたちは笑顔に満ちている。満腹は幸福の象徴なのかもしれない。
「みなさん、ボランティアで素晴らしい事業をしているのですね」
「実はね、ここで虐待の可能性を見つけるという使命もあるのよ。子どもの様子を見て、ちょっとおかしいと思ったら話しかけて様子を観察するの。あまりに気になるときは行政機関に報告する義務があるのよ」
「そんな大役を担っているのですね」
「今は地域のつながりが希薄だからその分大人の目が行き届かないのよ。ちょっと口うるさいおねえさんがいたほうがいい部分もあるのよね」
小春さんは根はとても良い人なのだなぁと感じる。
NPOの職員や幼稚園の先生たちも子どもたちの笑顔に癒された部分があると思う。今日一日で、子どもの笑顔に癒されたからきっとここにいるスタッフみんながそうだろうと思った。
意外なのは、半妖のエイトが子どもと接するときに、思いのほか楽しそうな笑顔だということだ。子ども好きには見えなかったのだが、子どもの視線で楽しんでいる。きっと少年漫画を描いているのは、いつまでも少年の心を忘れていない大人だからなのかもしれない。自然体で子どもが喜ぶ漫画が描ける人は貴重な感じがする。
そして、あと片づけをする。みんなが満足しているというおめでたい空気が漂っていた。そして、レオと小春が笑顔で視線を合わせた瞬間をナナは見逃さなかった。
「実は、うちで週一で子ども食堂をやってみようと思っているんだ。だから、小春さんにも色々アドバイスをお願いしたいと思っている」
エイトは意外な提案をする。
「定食屋で?」
少し驚いた顔のレオ。
「日曜日は子どものために営業をしない。そして、子ども食堂をやるならば、給食のない日がいいだろ。1回100円で大人にも提供する。だから、子どもだけではなく親子で利用することもかまわない。別に貧困家庭じゃない人でも誰でもウェルカムってことだ」
「いいこと考えているな」
レオが手をたたいて称賛する。
「子ども食堂は頻度がある程度あったほうがいいだろ。月1よりは週1。場所も幼稚園で月1回、うちの定食屋で週1回ならばこの地域の子どもたちは飢えをしのげるだろ」
「でも、採算取れないだろ」
「大丈夫よ。行政から補助がでるし。私も協力するわ」
新しい目標が今できた。子どもの笑顔を作り出す子ども食堂をやるということだ。ナナの心はときめいた。
「今日は、豚肉を柔らかくしてみる方法を伝授する。食用重曹、炭酸水、ヨーグルト、酒、他にもいろいろ方法はあるが、今日は手っ取り早いところで炭酸水を使うか」
エイトはリーダーシップを発揮して、みんなに説明を始める。
「炭酸水はどんな種類がいいのですか?」
調理手伝いの若い女性の先生が挙手をする。
「ビールでもコーラでも味のないただの炭酸でもいいぞ。つけておいてもいいし、味がない炭酸水ならば一緒に煮込むのもOKだが、今回は量がおおいから、とりあえず炭酸水に豚肉を20分くらいつけておく。肉係はここで炭酸水と混ぜ合わせてくれ。ちなみに、ステーキ肉ならばコーヒーフレッシュを塗ると高級な味わいになるぞ」
いつも得意げなエイトだが、本当に色々知っている雑学王だとみんなが驚かされる。
「米を炊くときはだな、炊飯前に氷をひとつ入れてから炊くとめっちゃうまいぞ。あとは、酒はふっくら効果。みりんはつやの効果があるから、入れるとうまいごはんになるぞ」
「エイト先生、すごい物知り!! 私、博学な男性が好きなんですよ」
1人の幼稚園教諭がエイトのそばにやってきた。
ただの、うんちく男だったりするのだが、意外と物知りはモテるのかもしれない。
「俺の知っていることならなんでも教えるよ」
「私、実は先生の漫画の大ファンで……サインください」
「俺のサインでいいなら、いくらでもあげるけど」
そっちか、そうだよな。あの漫画、大人にも人気だしなぁ。でも、やっぱり若い女性と並んでいると、ナナのお母さんよりもずっとお似合いという事実が判明する。いくら、お母さんを高校生の時に亡くしたからって年上の子持ち女性を嫁にもらおうとは、売れっ子漫画家のくせにわけがわからない。きっと女性に困っていないはずなのに、本能に正直で、バカみたい。なぜだか、ちょっといらついた。
私たちはそれぞれの役割分担をして、おにぎり係は米を研ぎ、炊飯器で大量の米を炊いた。さらに、豚汁の野菜を切る係はそれぞれ決まった野菜をどんどん切っていく。まるでロボットになったみたいに何も考えず包丁を動かしていた。
ナナはおにぎり係になったので、具材の準備をしていた。なんとなく、手伝う流れになったのだが、思いのほか楽しい時間がそこにはあった。忙しいほうが、悲しみを忘れられるから忙しくする。エイトも同じなのかもしれない。婚約者を失ったのだから、忙しくしていたり誰かと一緒にいる時間は孤独を感じなくていい。気分転換にもなる。知らない人と知り合いつながりを持つことは希薄な現代に欠けている1つのような気がする。新たな人間関係をその場限りだとしても作ろうとする気持ちは大事だと思う。
「食を通してまちを元気にする。未来を作ろう!!」
エイトが声を張り上げる。体育会系のようなノリと、リーダーシップ感満載のエイト。この人と一緒にいるとなんだか温かい気持ちになるし、わくわくする面白いことがいっぱいだ。
「あら、威勢がいいわね。エイトせんせっ」
仕事ができます、という風貌の美人女性が登場した。パリッとしたブラウスを着こなし、細い足をヒールのある靴でさらに綺麗に見せるキャリアウーマン風の女性がエイトに近づく。もしかして、お母さんもキャリアウーマンだったし、ああいった女性が好きだったりして。エイトの好みを色々勘繰ってしまう。
「小春さん、よろしくな」
知り合い? かなり親し気だし、同級生とか? つい色々観察してしまう。
「今日はよろしくね。園長の代わりに、色々手伝ってくれてありがとう」
「この方は小春さん。子ども食堂など子供関係のイベントを主催しているNPO団体の代表だ。ちなみに、園長の彼女だ」
「はじめまして。春日小春です。NPOこどもの夢の代表をしていていて、こどもに関する事業を色々手掛けているの」
手慣れた様子で名刺を渡す。できる女性という感じがする。
「はじめまして。鈴宮ナナです。わけあって漫画家のエイトが保護者で同居しています」
「お二人は幼なじみなんですか?」
「そうなんだよ。幼稚園から大学まで実は一緒だったりする。そして、結婚までしたら、一生一緒じゃねーか」
「それは、それで素敵なご縁ですよね」
「エイトくんは大学が一緒だけど、学部が違ったからねぇ。結婚するって聞いたときはびっくりしたけど……ごめん」
言ってはいけないことを言ってしまったと思ったのか、小春さんは気まずそうに話を遮った。そうか、小春さんも同じ大学なのかぁ。世間は狭いなぁ。
「気にすんな。今や娘みたいな妹みたいな家族ができたからな」
「好きになるのなんて理屈じゃないからな。根拠は漫画家の勘でもあるけどな」
「エイトまで変な応援するなよ。俺は今、慣れない幼稚園の仕事一筋なんだよ」
「さぁ、準備進めましょう」
小春さんは準備を手際よく進める。できる女という感じだ。
少し早めに来た子どもに向かって一番笑顔で話しかけていたのは、小春さんだった。幼稚園の先生たちもエイトの指示に従って料理を機械作業のようにせっせと進める。大量のおにぎりと豚汁ができあがった。
「そろそろ時間だ、配るぞ」
大きな鍋に入った豚汁をたくさんの器に入れる。あえて使い捨て容器にして、職員の洗う手間を省くということらしい。プラスチックの容器に豚汁があふれるほど並んでいる。おにぎりは、ラップに包んで作っており、塩味のあっさりした味わいが豚汁とマッチする。水も紙コップに大量に入れて、配り始める。たくさんの食事があっという間に子どもたちの元へ届けられた。足りなくなるのではないかという不安をよそに、ちょうどいいくらいの人数が来たようだ。既に何回か行っているので、小春さんがリサーチして計算したとおりの客の数だったようだ。
食べている子どもたちがいる部屋でエイト原作のアニメが流れる。コミックスも何冊も置いてある。これは、漫画喫茶のように自由に読める空間を作りたいというレオの提案だった。そして、エイトの元にサインを求める子供が並ぶ。お腹いっぱいになった子どもたちは笑顔に満ちている。満腹は幸福の象徴なのかもしれない。
「みなさん、ボランティアで素晴らしい事業をしているのですね」
「実はね、ここで虐待の可能性を見つけるという使命もあるのよ。子どもの様子を見て、ちょっとおかしいと思ったら話しかけて様子を観察するの。あまりに気になるときは行政機関に報告する義務があるのよ」
「そんな大役を担っているのですね」
「今は地域のつながりが希薄だからその分大人の目が行き届かないのよ。ちょっと口うるさいおねえさんがいたほうがいい部分もあるのよね」
小春さんは根はとても良い人なのだなぁと感じる。
NPOの職員や幼稚園の先生たちも子どもたちの笑顔に癒された部分があると思う。今日一日で、子どもの笑顔に癒されたからきっとここにいるスタッフみんながそうだろうと思った。
意外なのは、半妖のエイトが子どもと接するときに、思いのほか楽しそうな笑顔だということだ。子ども好きには見えなかったのだが、子どもの視線で楽しんでいる。きっと少年漫画を描いているのは、いつまでも少年の心を忘れていない大人だからなのかもしれない。自然体で子どもが喜ぶ漫画が描ける人は貴重な感じがする。
そして、あと片づけをする。みんなが満足しているというおめでたい空気が漂っていた。そして、レオと小春が笑顔で視線を合わせた瞬間をナナは見逃さなかった。
「実は、うちで週一で子ども食堂をやってみようと思っているんだ。だから、小春さんにも色々アドバイスをお願いしたいと思っている」
エイトは意外な提案をする。
「定食屋で?」
少し驚いた顔のレオ。
「日曜日は子どものために営業をしない。そして、子ども食堂をやるならば、給食のない日がいいだろ。1回100円で大人にも提供する。だから、子どもだけではなく親子で利用することもかまわない。別に貧困家庭じゃない人でも誰でもウェルカムってことだ」
「いいこと考えているな」
レオが手をたたいて称賛する。
「子ども食堂は頻度がある程度あったほうがいいだろ。月1よりは週1。場所も幼稚園で月1回、うちの定食屋で週1回ならばこの地域の子どもたちは飢えをしのげるだろ」
「でも、採算取れないだろ」
「大丈夫よ。行政から補助がでるし。私も協力するわ」
新しい目標が今できた。子どもの笑顔を作り出す子ども食堂をやるということだ。ナナの心はときめいた。