線香が香るマンションの一室。即席でなんとか取り行われた葬儀が今、終わろうとしている。唯一の肉親を失った中学三年生の私は、途方に暮れるしかなかった。
母が突然の交通事故で亡くなった。母子家庭で、決して裕福ではないけれど、貧しくもなく、不自由のない生活だった。父は、私が幼少のころに病気で亡くなった。母は、毎日家事に育児に仕事に……とにかく働いた。母は出版社に勤めながら、プライベートのない忙しい毎日だったと思う。そんな私も中学3年生となった。受験生なのだが、そんな時期に実の母が亡くなった。貯金はあるし、高校や大学に行くことは大丈夫だと思う。お金、どれくらいあるのだろうか? なんとかなるだろうか? そんなことを悲しみの中、ぐるぐる頭の中で考えていた。
喪失感、虚無感、そういったものがあるなか、これからの未来を真剣に検討していた。高校の学費は貯金で何とかなるだろう。しかし、これから、私はどうしたらいいのだろう? 親戚はいないし、未成年の中学生。まだ社会的に自立は難しい。天涯孤独とはこのことだ。
線香のにおいの中で、私は喪失感に苛まれていた。葬式と言っても形だけの小さなもので、賃貸マンションの狭いワンルームに、とりあえずつくられた仏壇もどきに来るのは、母の仕事関係の人だとか、私の中学の関係者がメインだ。大好きだった母は職場の人に慕われていたみたいだ。
そこに、不似合いの細身の金髪男が現れた。黒いスーツを着ていると、ホストクラブの店員のように見えてしまう。20代前半だろうか? 大学生にもみえる。その男は、手を合わせるとそのまま泣いていた。流れ落ちる涙が、とてもきれいで、みとれてしまう。まるで映画のワンシーンのようだった……。しかし、こんな知り合いが母にいたのだろうか?
すると、その男が、座っていた私の元にやってきた。
「今日から俺がお前の父親だ。よろしくたのむぞ」
と言って、引っ越しの手配を始めた。学校の先生と何やら話し始めたが、この男、誰? 私の父親はこの世にいないし、間違ってもこんなにちゃらっとした男ではない。
「あなた、誰ですか?」
謎の男に質問した。
「え? お母さんに聞いてない? お母さんと入籍予定だった、水瀬エイトって言うんだけど……」
「きいてないよ!!」
この言葉に私の涙は吹き飛んだ。母が入籍? 再婚ってこと?
「ほら、これが証明書」
男が差し出した婚姻届けは、たしかに母の筆跡で書かれたものだった。これを出そうと思っていた矢先の交通事故。
「でも、私、再婚するなんて聞いてなかったんだけど……」
私は驚愕のサプライズにおじけづく。
「実は、サプライズでって美佐子さんが言っていてさ。まだ、言ってなかったのか……まじで驚かせちまったな」
男は、自分の髪の毛をかきむしりながら、少し考えていたようだった。
「でも、おまえ、どうするんだ? 親戚とかいるのか?」
「……いない」
「じゃあ、俺が保護者として面倒見てやるよ。俺の娘になる予定だったんだからさ」
なんて気楽な男だろう。父親にしては、ずいぶんと若い。若すぎる!! それに危険ではないだろうか? 見ず知らずの男と同居なんて!!
「あなたと二人っきりで生活なんて無理です」
私は断った。
「俺の家は広いから、大丈夫だって。それに、アシスタントや従業員がいるから、二人っきりなんて滅多にないしさ」
「アシスタント? 従業員?」
「俺、漫画家なんだよね。1階は定食屋だし。だから、いつも誰かしら出入りしてるし、アニメ化と映画化で儲かったから、戸建ても買ったし、部屋もいっぱいあるし」
にこりと男がほほ笑む。
「何の漫画書いてるの?」
つい漫画好きの私は漫画家というワードが気になってしまった。
「少年漫画雑誌で妖怪学園漫画書いてるんだ」
「ペンネームは……?」
「水瀬エイト、ペンネームも本名も一緒だ」
「もしかして、妖怪学園エンマの作者様? 私、ファンなんです」
つい、ファン心理丸出しで、握手してしまった。しかも急に敬語になってしまった。……不覚だ。
「俺んち、部屋は10部屋くらいあるから、好きに使ってくれ、俺と住んだら後悔はさせねえ、料理も家事も任せとけ!! 家事料理全般の雑学を伝授してやる」
「とりあえず、中学卒業するまでなら……。他に行くところないし。高校は全寮制を検討するから。お母さんの貯金はあるからお金はなんとかなるし」
「お父さんみたいなお兄ちゃんだと思ってくれ。よろしくな」
男の提案に私は渋々納得することにした。
私の新しいお父さん、いやお兄さんかな? 金髪の売れっ子漫画家。しかも定食屋を経営していて、広い戸建てを持っているらしい。アシスタントも従業員もいる。でも、まさか全員が半妖だなんてこのときは知らなかったんだ。
「私が7で、あなたが8。偶然にしてはできすぎた隣り合わせた数字だよね。だから、家族になることは決まっていたのかも」
こんなときだから言ってみる。
「俺が六郎や八郎でもその理屈はとおるんじゃないか?」
「きっと家族になる運命だと思うことにした。よろしくお願いします」
なるようになれ、だ。
「こちらこそ、よろしく」
二人がはじめて握手をした瞬間だった。
俺の婚約者が、突然の交通事故で亡くなった。一人の女の子が泣いていた。正確に言うと泣くのを我慢していた。心が泣いているようだった。俺にできることはあるのか? 本当は娘になる予定だった人だ。
線香のにおいの中で、彼女は喪失感に苛まれていた。好きな人を失ったという突然の悲しみは、もちろんだが、それ以上に目の前の、愛した女性の娘を放っておくことはできなかった。どうする?
遺影を前にすると涙が流れた。はじめて心から愛して、結婚を決意した女性を失ったのだからな。それまで、俺は恋愛とは無縁の生活を送ってきた。漫画ばかり描いていたし、女性との接点はあまりなかった。亡くなった彼女が俺の担当になった。年上だからこその気配りと、天性の仕事のできる人で、心から尊敬した。彼女が、手作りのおじやを持参してくれた。徹夜明けで、締め切りに追われて疲れ切った俺の心を癒したのは、一杯のおじやだった。その時、彼女にプロポーズしたんだ。
俺は、大学に入る前にプロデビューした。飛ぶ鳥を落とす勢いで、アニメ化、映画化され、貯金はある。ちょうど戸建てを買うことを決めていたので、彼女と住むために住宅を購入したのは事実だ。
彼女は旦那さんを亡くして、女手一つで一人娘を育てていた。そんな苦労人の彼女を楽させたいと思っていた。出版社の仕事は結構きつい。時間も不規則で、仕事は山のようにある。俺みたいな濃いキャラクターの漫画家とうまくわたりあうのも、給料に不釣り合いな仕事だと思う。彼女の歳は40歳になろうとしていたので、歳の差は17歳といったところだ。
年上が好きなわけではなく、美佐子さんだから好きになったんだ。その人の大切な一人娘は俺がなんとか育て上げたい。手を差し伸べてもいいだろうか。
「今日から俺がお前の父親だ。よろしくたのむぞ」
引っ越しの手配、そして、学校の先生と打ち合わせだ。慣れない初心者マークの父親だが、少しでも力になりたい。
「あなた、誰ですか?」
この娘、俺を警戒しているのか? そりゃそうだよな。でも、少しずつ信頼を得るために俺は歩み寄る。
「え? お母さんに聞いてない? お母さんと入籍予定だった、水瀬エイトって言うんだけど……」
「きいてないよ!!」
嫌そうな顔をされている。やっぱり、警戒されているか。よし、これを見せれれば――
「ほら、これが証明書」
婚姻届けを差し出す。これを出そうと思っていた矢先の交通事故。
「でも、私、再婚するなんて聞いてなかったんだけど……」
少女は少し、ひかえめに質問してきた。
「実は、サプライズでって美佐子さんが言っていてさ。まだ、言ってなかったのか……」
一応、状況を説明した。
「でも、おまえ、どうするんだ? 親戚とかいるのか?」
たしか、美佐子さんの話だと、親戚とは縁を切ったとか、亡くなっていないとか……言っていたような。
「……いない」
「じゃあ、俺が面倒見てやるよ。俺の娘になる予定だったんだからさ」
よし、父親らしく、男らしい一面を見せようじゃないか。
「あなたと二人っきりで生活なんて無理です」
まずい、いきなりのお断り宣言か。
「俺んち広いから、大丈夫だって。それに、俺んちアシスタントや従業員がいるから、二人っきりなんて滅多にないしさ」
とりあえず、家の広さでアピールしよう。
「アシスタント?」
「俺、漫画家なんだよね。1階は定食屋だし。だから、いつも誰かしら出入りしてるし、アニメ化と映画化で儲かったから、戸建てを買ったし、部屋もいっぱいあるし」
「何の漫画書いてるの?」
「少年雑誌で妖怪学園漫画書いているんだ」
「ペンネームは……?」
「水瀬エイト、本名も一緒だ」
「もしかして、妖怪学園エンマの作者様? 私、ファンなんです」
俺の漫画のファンだったのか? なんだ、この瞳の輝きは!! 有名人に会った女子のまなざしだ。
「俺の家、部屋は10部屋くらいあるから、好きに使ってくれ、俺と住んだら後悔はさせねえ、料理も家事も任せとけ!! 家事料理全般の雑学を伝授してやる!!」
そうだ、俺は料理も家事も得意だ。とっておきの家事の技を伝授しよう。
「じゃあ、中学を卒業するまでなら……。他に行くところないし。高校は全寮制を検討するから。お母さんの貯金はあるからお金はなんとかなるし」
「お父さんみたいなお兄ちゃんだと思ってくれ。よろしくな」
何を遠慮してるんだか、意外とひかえめだな。大学卒業するまででもずっといてもかまわねーのに。それにしても、この歳で実の親を亡くすなんて心のケアをしないとな。俺も学生時代に同じ親を亡くした経験があるから、悲しみはよくわかる。
美佐子さんが亡くなって、まさか女子中学生と親子になるなんて。娘だけれど、《《未入籍》》だったわけで、《《赤の他人》》だが、《《表向きは義理の娘》》ということに―――。
でも、定食屋の裏稼業を理解してもらえるかどうかだよな。従業員や俺の素性も含めて。正当な人間ではないなんて、普通理解しないだろうが、隠しておくのも難しいだろう。どう説明するか、俺は頭を悩ませていた。
「私が7で、あなたが8。偶然にしてはできすぎた隣り合わせた数字だよね。だから、家族になることは決まっていたのかも」
「俺が六郎や八郎でもその理屈はとおるんじゃないか?」
「きっと家族になる運命だと思うの。よろしくお願いします」
娘になる目の前の少女は実に澄んだ目をしている。
「こちらこそ、よろしく」
二人がはじめて握手をした瞬間だった。
葬式がひととおり終わった後、ナナの母の婚約者だったという男が真面目な顔で話を始めた。保護者になって広い家の一室を貸すから同居をするという話になっていた。ナナは気が動転していたし、彼の言うままそのことを受け入れるしかなかった。
漫画のアシスタントや居酒屋の店員もいるし、プライバシーも守られるというならば、同居も悪くないとナナは思った。いわゆる下宿のような感じを想像していた。
「俺の父は死神だった。母は人間だ。俺は半妖というか半神というものなのかもしれない」
「はあ? 何中二病みたいな発言してるの?」
ナナはこの男が漫画家ゆえの妄想か自作の話でもしているのかと思った。この男の正体が人気漫画家だという事実を知った後ならば、そういった創作が得意だろうと容易に想像できる。
「一応家族になるわけだ。隠し事はなしだ。自己紹介代わりに見せてやる」
目の前の若い男はアニメのセリフのようなことを口にする。
母が死に、身寄りがないナナの前に現れたこの男。保護者として同居するという方向で話を進めていたのだが、男が瞳を閉じると、目の前の金髪男の髪色が銀色の光と共に銀色に変わる。髪が短髪から長髪になる。これは、いわゆる妖気というものだろうか? 信じられない現実を目の前にして、ナナは声も出せずにいた。まるでCGとかそういった画像を加工したみたいだが、目の前にいるこの人は画像ではなく生身だ。これは、映像ではない。
「俺は表向きは漫画家をしている。しかし、夜は定食屋で半妖仲間と怨みを晴らすという仕事もしている。俺は「チーム半妖」のボスをしているんでな。定食屋の従業員も漫画のアシスタントも全員半妖だ」
銀色に光る男の話は突拍子もなく普通の人間であるナナには到底理解が追い付くものではなかった。
「全員半妖? 怨みを晴らす?」
ナナは言葉を理解することに全神経を集中させた。
「法律では裁けない怨みがこの世にはたくさんある。寿命半分とひきかえに怨む相手を処罰するのが裏稼業だ」
「裏稼業って……?」
全神経を脳に集中させて、理解をすることに全精神を使った。
「ひどいことをした相手の寿命を半分にするということだ。生かすが、社会的に死んだ状態に陥れる仕事だ」
目の前の男の冷たい瞳に、恐怖の念を感じた。
「悪いことをしたら、警察につかまるよ」
身内に犯罪者を出したくない。この人がもしも保護者になるとしたら、そんな裏家業をしている人はごめんだ。
「警察では手に負えない、教科書通りには裁けない悪事を俺たち半妖組が討伐するってことだ。妖力を使うので、人間には裁けない。俺たちは闇の中で困った人を助ける仕事もしている、証拠が残らないから、俺たちのことは探偵も警察も手も足も出ないってことだ。とはいっても、滅多にそんな依頼はないから、普通の定食屋として稼働している」
「つまり、警察にはばれないの? じゃあ、お母さんを事故に合わせた男の怨みを晴らすことができるの?」
「お前が寿命を半分差し出せばな。でも、おすすめはしない。自分の寿命はあと100年なのか50年なのかわからないだろ。寿命が100年ならあと50年になるし、寿命が1年ならば半年しか寿命は無くなる。のこりの寿命は教えてはいないし、正直リスクが高い」
たしかにその通りだ。あと60年ある命が30年になるのは、生きる年数に換算するとだいぶ違う。
「あなたは結婚の約束をしていた母の仇を討ちたくないの?」
「憎いけれど相手に悪意があったわけではない。俺は半妖の血を引くが、自分自身の寿命で仇討ちはできないのさ」
冷たい銀色の瞳でこちらを見つめる男の冷たさに背筋が凍った。まだ中学生であるナナは、保護者がいなければ生きていくことはできない。あと1年たてば高校生になり、なんとか自立ができる。それまでここに置いてもらうしかない。元々母しか頼ることができる肉親がいない。その母が交通事故で死んだ今となっては……。
とりあえず、母の婚約者であった男の好意に甘えよう。もうすぐ16歳。そうすれば、ある程度は自立できる年齢だ。漫画で成功して、大きな家もお金もあるこの人の元で、母の貯金を切り崩して生きていく。
いつか、母の仇を討ちたい。故意ではなくても、やっぱり殺人の罪は償ってほしい。心の奥底で決意していた。仇を討つという本当の意味をこの時はまだわかっていなかったのかもしれない。
銀色の光に包まれた男の光が徐々に元に戻る。
「身内の寿命を取る気はないから」
冷静などこか冷めた瞳の男は銀髪からいつもの金髪に戻る。身内扱いしてくれてるのか。急にできた新しい家族は半妖の死神の力を持つ男という大変特別な人種だった。
「怨むと自分に怨みがかえって来るんだって。死神って危険な仕事なんでしょ。あんたが死んだりしたら、家族いなくなっちゃうから、死なないでよね」
申し出に半妖は少し戸惑いを見せた。もしかしたら、そういった言葉をかけてもらったことがないのかもしれない。
夜は不安のもやが渦巻きやすい時間だ。あれこれ考える時間ができるのが主に寝る前だ。もやが渦巻く夜になり、エイトの姿を見ると口から不安がこぼれ出る。
「私が居候していていいのかな? 新しい出会いとか恋の邪魔じゃない?」
ナナは不安に思っていることをぶつける。なるべくお互い思ったことは伝えあうのが家族のルールだ。
「俺は、美佐子さん一筋だし、今のところ彼女作る気はないぞ」
「お母さんと私に遠慮して新しい恋愛ができないのは、まだ未婚で若いのに申し訳ないなって思う。もし、本当に好きな人が現れたら遠慮なく恋愛でも結婚でもしなさいよ」
「俺は、そんなに惚れっぽくないんだって」
「でも、好きになるのは理屈じゃないから、生きていればそういうことがあるかもしれないでしょ」
「わかったよ。遠慮はしない。でも、今はそんな気持ちにはなれないけどな」
本当に誠実な人なんだなぁと背の高いエイトを見上げる。
「実は、俺ってちゃんと付き合ったことないんだ。美佐子さんとはデートもしないままだったし、高校の時は、親が死んでアシスタントのバイトしながら受験勉強して、大学生の時にデビューしたから、遊んでる暇もなかったしな」
エイトは家族でお兄ちゃんみたいな存在だ。その人が、意外に恋愛初心者だということに安堵してしまう。少しお腹が空いたなぁと思っていると、少し間を開けてエイトが提案した。
「腹減ったな。冷凍していたもので簡単に夜食でも作るか」
「またまた家事男子《カジダン》の腕の見せ所ってことね」
「時間あるときにまとめて冷凍保存していると、結構そのまま調理できたりして便利なんだよな」
「さすが、エイトの知恵袋!!」
おどけながらエイトを持ち上げる。これは自身の不安を忘れるためでもあったのかもしれない。
「おう、任しとけぃ!! 今日は鶏肉とピーマンのチーズ焼きだ。おつまみの一品に最高だ」
ノリがいいのがエイトらしい。
「鶏肉は冷凍していたの?」
「空気が入らないように冷凍して、下味をつけるとそのままレンジでチンで一品できるからな。下味は、簡単にすきやきの素だぜぃ」
ノリの良さにはノリで返すのがエイトだ。エイトはナナの不安の渦を取り払うかのような明るい態度だ。
冷蔵庫からピーマンを取り出して細く刻む。そして、冷凍していた鶏肉を解凍させて、ピザ用チーズをかけてレンジで温める。簡単に一品ができた。
「たしかに、醤油おおさじ1とか、計るのは面倒だから、味付けに便利だよね、すきやきの素かぁ」
「ちなみに、めんつゆも結構味付けには便利だぞ」
「たしかに、酒1、みりん1って初心者にはハードル高いよね」
「今日は死神業もないし、俺は、久々にビールでも飲んでくつろぐとするか」
「じゃあ、私はジュースでかんぱい」
エイトが作る一品料理は簡単だけれどおいしいので、胃袋は完全にエイトにつかまれているといっても過言ではない。それくらい、エイトと一緒にいる時間が増えるにしたがって、彼の良さが見えているという事実があった。
自宅の即席深夜レストランは案外心地いい。心があったまる。
多分、エイトの愛情がふんだんに散りばめられているからだろう。
定食屋は常連客で基本は成り立っている。いつもの日常の風景はとても平和だ。
いつも夕方過ぎに来る白髪の上品な女性がカウンター席に座る。きっと、誰かと話したいから来るのかもしれない。ウーロン茶を飲みながら店員と話したり、他の客と話をしたいから来ているという感じだった。
近所に住んでいるらしく、夕食を食べにくることが目的となっているようだった。樹はどんなお客さんにも優しいし、サイコはどんなお客さんとも話が合わせられるので、年齢は違えど、世間話をするには好都合と言ったところだろうか。ここは家庭料理が比較的安く食べることができる料金設定だ。
この店は、一種の語り場であり、サロンのような場所でもある。近所には長く住む常連さんも多く、たまに来る怨み晴らし目的ではない客のほうが多い。常連は、多分裏家業のことは知らずに来ているような気がする。たいていの怨み晴らしの依頼者は一度来ると二度と来ることはない。だから、主な収入源はご近所などのなじみの常連さんと言ったところだろう。しかも、有名漫画家が経営しているとなれば、最近ではアニメや原作の漫画ファンも訪れる。タイミングが合えば、原作者に会えるということで、遠くから何度も足を運ぶ人もいるらしい。
「ここへ来るとなんだか落ち着くし、楽しい気持ちになるの」
珍しくおばあさんが話しかけてきた。ナナは毎日夕食をここで食べているので、常連の一人ではある。
「私、一人暮らしなのよ」
おばあさんは、聞いてもいないのに自分語りをはじめた。
「大震災があって、子供も孫もみんな死んでしまった。怨みは大自然にあったとしても、こればかりは裁くことはできないんだよね。震災被害は法律も、妖怪の手にも負えないよね。自分自身で折り合いをつけて納得するしかないんだよね。怨む相手がいないというのもやるせないもんだよ」
おばあさんはこの店の裏家業のことを知っているようだった。
「ここの店員さんやお客さんと話しているとね、寂しいという気持ちが一瞬忘れられるのよ。話しているときは、孤独を感じないでしょ。だから、辛くなると、ここへ来るの。たまーに一杯いただくけれど、私、お酒に弱いからあまり飲めないのよね。ここの料理は本当に天下一品よ。一人暮らしだと、自分のためだけに一食作るのが面倒なのよ」
まるで、同級生のような距離感で話しかけて来る。この間、ナナは一言も話していないのに、おばあさんはずっと話続けていた。
たまにスーパーマーケットなんかで急に話しかけて来る年配の女性がいるが、まさにそんな感じだ。このネギが安いとか、この魚がおいしいとか、初対面の人に普通に話しかけて来るタイプの女性は割といたりする。10代のナナは、一瞬戸惑ってしまうけれど、いつも適当に相槌を打ってにこにこしていることが多い。女性というものは話したがり屋な生き物なのだろう。
一定の歳を取ったら初対面の人間に話しかけるという行為が苦痛だとか恥ずかしいなんていう気持ちはどこかに吹き飛ぶのかもしれない。でも、その方が生きていて得しているような気がした。少なくともこの人は、ナナのような知らない人間に話しかけていることが楽しいと感じているようだ。なんだか、自分でも人のためになったような気がして、少しうれしい気持ちになる。
「たしかに震災は人の命を奪いますけれど、誰かのせいにできませんよね。病気もそうかもしれません。仇討ちが可能じゃないケースも世の中たくさんありますよね」
ナナはようやくはじめての一言を発言することに成功した。
「ここの一押しは、魚料理よね。私は和食が好きだから、ここのあっさりした味付けが好きなの。みそ汁なんて最高よ。私の母の味みたいなの。今日はさんまづくしのセットを注文したの。さんまの焼き魚と大根おろしがマッチしていて、本当においしかったわ。みそ汁はさんまのつみれ。普通なのにおいしい料理ってそうそうあるもんじゃないよね」
こんなに歳を重ねても母親の味は忘れない、この女性の脳裏に刻み込まれているってことなんだ。ナナは改めて料理の奥深さを知った。人々の心を支える居酒屋がここにあることはとてもいいことで、誰かのために何かをしているエイトはやっぱりすごいのかもしれない。
休日に割とよくいるのが、初来店の親子連れのお客様。彼らは漫画の妖怪学園エンマのファンで家族旅行のついでに定食屋に立ち寄ったというケースが多い。
エイトはあまり下に降りてくることは少ないが、夕食を食べにたまに店にやってくることもある。でも、たいていは、二階に届けることのほうが多い。仕事の合間に食べるという感じだろうか。エイトは自宅の一階が定食屋というわけで、食べるものに困ることはない。作ってくれる人もいるという恵まれた環境だ。
「ママ、漫画家先生っていないの?」
「今日はいないみたいだね」
親子でファンの場合、子どもはキャラクターのファンで、母親はイケメン原作者のファンで、父親は漫画に出て来るセクシーキャラクターのファンだったりすることが多い。セクシーと言っても少年漫画の領域だ。声優の声も評判が良く、声優ファンということも多い。
一応、ファン向けにイラストポスターとサインを店内に貼っているので、カメラで撮影していくお客さんは多い。たいていは、エイトには会えずに終わってしまうことが多い。
「今日は水瀬先生は?」
たいていそういった客は申し訳なさそうにこっそり店長の樹に聞くことが多い。しかし、子どもの場合は、会えると思って来たりするので、泣いてしまうとか、言うことを聞かない場合もある。そんな時は、ちょっとしたキャラクターグッズをプレゼントしたり、お菓子をあげることも多い。樹は気配りが細かい。
デジタル化になった現在は、手書きではないので、消しゴムをかけたりスクリーントーンを貼ったりする手間はなくなったようだ。それでも緻密な作業なので、集中して描かないと間違いが起こったり、作画ミスのようなことも起きる。
編集さんとは基本はメールや電話でやり取りをするけれど、時々うちに来て打ち合わせをすることもある。今は30代くらいの男性編集者だ。ちなみに妖力があるからといって、漫画に生かすことはできないらしい。銀色に光った状態で描くと早いとか、すごいものが描けるものでもないらしい。漫画家としての成功は半妖だということは関係なく、彼の才能なのだろう。
夜の店の灯は人を惹きつける。
「いらっしゃい」
エイトの声がする。子どもの目が輝く。そして、その母親の目も輝く。人に夢を与える仕事というのはこういうものなのだろうか。
サインと握手と写真の3点セットを終えると、エイトはぷるぷるに左右に揺れる寒天ゼリーをサービスした。寒天ゼリーは体にもよく、子供にも女性にも人気のメニューだ。果物と野菜の汁を上手にブレンドしたゼリーはくせがなくおいしい。オレンジ色のゼリーには、気配りと思いやりも入っている一品だ。
この定食屋には思いやりにあふれている。
土日の休日や夏休みなどの長期休みは漫画ファンのお客様が来ることが多い。大学生や社会人をはじめ、親子連れで来る場合もある。夜の営業が始まると、親子でファンです、なんていいながら、母親や父親のほうがファンだったケースも多々ある。エイトが描いている漫画は大人が見ても楽しめるし、絵柄はキャラクター性があって女性うけもいい。ビジュアルと話の内容が万人受けで、子どもにもわかりやすいという有能ぶりだ。
エイトを一目見たいということで、かなり遠くからやってきたというお客様もいる。エイトを見たら、写真と握手とサインの三セットは必須となっている。どんなファンに対してもエイトは優しく丁寧に接する。読者様は神様だという精神がどんなに売れても根幹にあるのだろう。原作を離れて、映像化の場合はオリジナルストーリーが作られることもあるし、お菓子やおもちゃにもキャラクターが使われる。作者の手の届かない場所まで作品が広がってしまう。そのあとは、原作者にも触れられない領域に入ってしまうと嘆いていたことは一度あったような気がする。
きっと、もっと作者として作品を支配したいけれど、映画やグッズは他人に任せるしかないし、下手したら原作にいないようなキャラクターが出ることもある。でも、それは、キャラクターが育ったという証拠だとエイトは語っていた。
「あの、水瀬エイト先生っていらっしゃいますか?」
一人の女性客が女性店員のギャル風なサイコに質問した。大きなつばの帽子を目深にかぶり、サングラスをかけている。毛先はカールした長髪の女性だ。変装的な感じなのはあまり人に見られたくないということだろうか? オタクを知られたくないという女性は割といるような気がする。でも、隠しているのにゴージャス感がにじみ出ている。オーラというのだろうか。美人ですという表示が全身からあふれているのだ。こんな美人にまでファンがいるなんて。
「せんせえなら、まだ仕事中。もう少ししたらこっちに来ると思うケド、あんたファン?」
サイコが答える。
「はい。とりあえず、ビールでも飲もうかな。ホットビールなんてあるんですか?」
「珍しいっしょ。冷え症な女性が結構頼んだりするんだよね」
「ホットビールにぶり大根単品をお願いします」
女性が帽子を取ったが、サングラスはつけたままだ。ロングスカートのワンピースが女性らしい印象をさらに上昇させているような気がする。
「仕事終わったぁ。なんか夕飯頼むわ」
二階のほうから仕事を終えたエイトがおりてきた。伸びをしながら、肩のストレッチをはじめる。本当に自由な人だ。それを見た女性が、エイトのほうへ駆け寄りる。
「あの、水瀬エイト先生でしょうか?」
「あぁ、そうだけど」
エイトは女性をじっと見つめる。知り合いではなさそうだ。
女性はサングラスを取ると、大きな美しい瞳をのぞかせた。
「私、先生の大ファンなんです。サインをお願いします」
サイン色紙を準備しているあたり、ガチなファンなのだろう。でも、どこかで見たことがあるような、ないような……。
「もしかして、モデルのセリカさん?」
つい声を出す。エイトはモデルや芸能事情には詳しくないので、芸能人なのか? というような感じで彼女をまじまじと見つめた。
「はい、お忍びでやってきました。先生の作品を読むと、仕事のモチベーションがあがります。常日頃感謝しております」
セリカは話し方も丁寧で上品な人だった。
「こんな美人にファンと言われちゃあ、今日は特別サービスだ」
「先生、噂通りのイケメンですね」
「あぁ? 漫画家にしてはイケメンっていう話か? この程度はどこにでもいるだろ?」
「芸能人でもそんなにいないくらい素敵で、後光がさして見えます」
本当に女性はうれしそうに握手を求めた。そして、記念写真を撮ると、エイトが言ったとおりの特別サービスとして、アイスクリームの天ぷらを出す。アイスを中に入れたまま天ぷら粉で揚げる。冷たさと温かさの融合で、アイスが溶ける前に食べてほしい一品だ。
「珍しいですね」
「珍しいメニューがあると、ここでしか食べられないから来た甲斐があったって思ってもらえるかなっていつも研究してるんでな」
「また、来てもいいですか?」
「もちろん」
モデルは、絶対エイトに惚れているような気がする。絶対そういった目で見ているとしか思えない。
「これ、私の連絡先です。プライベートでお会い出来たらと思います」
憧れのまなざしで女性が名刺を差し出す。ナナの心臓はドキドキする。エイトは美人のモデルにひとめぼれしてしまうのではないかと本当に心臓が落ち着かない。心が波打ちざわざわする。
「ありがとう。でも、受け取ったとしても連絡しない主義だから受け取れない。ファンだという気持ちはうれしいし、これからも店に来てくれ」
あまりにもあっさりエイトが名刺を受け取らなかったのは私が見ていたから?
でも、彼は元々まっすぐで一途で、外見で人を判断する人じゃなかったってことを思い出す。
セリカは本当に残念そうに名刺をしまう。結局、注文した料理を食べて、漫画について熱く語っていった。この人の気持ちを支えている漫画を描いているエイトはすごいな。人を動かす力を秘めた物語って尊い。簡単にできることではない。ナナは改めて、彼のことを尊敬した。
幼稚園主催のこども食堂では、豚汁とおにぎりを提供することになった。そこで、家事男子ことカジダンのエイトが料理の小技を披露し始める。園長は元ホストのイケメン長身なスレンダーな人。エイトの親友らしい。
「今日は、豚肉を柔らかくしてみる方法を伝授する。食用重曹、炭酸水、ヨーグルト、酒、他にもいろいろ方法はあるが、今日は手っ取り早いところで炭酸水を使うか」
エイトはリーダーシップを発揮して、みんなに説明を始める。
「炭酸水はどんな種類がいいのですか?」
調理手伝いの若い女性の先生が挙手をする。
「ビールでもコーラでも味のないただの炭酸でもいいぞ。つけておいてもいいし、味がない炭酸水ならば一緒に煮込むのもOKだが、今回は量がおおいから、とりあえず炭酸水に豚肉を20分くらいつけておく。肉係はここで炭酸水と混ぜ合わせてくれ。ちなみに、ステーキ肉ならばコーヒーフレッシュを塗ると高級な味わいになるぞ」
いつも得意げなエイトだが、本当に色々知っている雑学王だとみんなが驚かされる。
「米を炊くときはだな、炊飯前に氷をひとつ入れてから炊くとめっちゃうまいぞ。あとは、酒はふっくら効果。みりんはつやの効果があるから、入れるとうまいごはんになるぞ」
「エイト先生、すごい物知り!! 私、博学な男性が好きなんですよ」
1人の幼稚園教諭がエイトのそばにやってきた。
ただの、うんちく男だったりするのだが、意外と物知りはモテるのかもしれない。
「俺の知っていることならなんでも教えるよ」
「私、実は先生の漫画の大ファンで……サインください」
「俺のサインでいいなら、いくらでもあげるけど」
そっちか、そうだよな。あの漫画、大人にも人気だしなぁ。でも、やっぱり若い女性と並んでいると、ナナのお母さんよりもずっとお似合いという事実が判明する。いくら、お母さんを高校生の時に亡くしたからって年上の子持ち女性を嫁にもらおうとは、売れっ子漫画家のくせにわけがわからない。きっと女性に困っていないはずなのに、本能に正直で、バカみたい。なぜだか、ちょっといらついた。
私たちはそれぞれの役割分担をして、おにぎり係は米を研ぎ、炊飯器で大量の米を炊いた。さらに、豚汁の野菜を切る係はそれぞれ決まった野菜をどんどん切っていく。まるでロボットになったみたいに何も考えず包丁を動かしていた。
ナナはおにぎり係になったので、具材の準備をしていた。なんとなく、手伝う流れになったのだが、思いのほか楽しい時間がそこにはあった。忙しいほうが、悲しみを忘れられるから忙しくする。エイトも同じなのかもしれない。婚約者を失ったのだから、忙しくしていたり誰かと一緒にいる時間は孤独を感じなくていい。気分転換にもなる。知らない人と知り合いつながりを持つことは希薄な現代に欠けている1つのような気がする。新たな人間関係をその場限りだとしても作ろうとする気持ちは大事だと思う。
「食を通してまちを元気にする。未来を作ろう!!」
エイトが声を張り上げる。体育会系のようなノリと、リーダーシップ感満載のエイト。この人と一緒にいるとなんだか温かい気持ちになるし、わくわくする面白いことがいっぱいだ。
「あら、威勢がいいわね。エイトせんせっ」
仕事ができます、という風貌の美人女性が登場した。パリッとしたブラウスを着こなし、細い足をヒールのある靴でさらに綺麗に見せるキャリアウーマン風の女性がエイトに近づく。もしかして、お母さんもキャリアウーマンだったし、ああいった女性が好きだったりして。エイトの好みを色々勘繰ってしまう。
「小春さん、よろしくな」
知り合い? かなり親し気だし、同級生とか? つい色々観察してしまう。
「今日はよろしくね。園長の代わりに、色々手伝ってくれてありがとう」
「この方は小春さん。子ども食堂など子供関係のイベントを主催しているNPO団体の代表だ。ちなみに、園長の彼女だ」
「はじめまして。春日小春です。NPOこどもの夢の代表をしていていて、こどもに関する事業を色々手掛けているの」
手慣れた様子で名刺を渡す。できる女性という感じがする。
「はじめまして。鈴宮ナナです。わけあって漫画家のエイトが保護者で同居しています」
「お二人は幼なじみなんですか?」
「そうなんだよ。幼稚園から大学まで実は一緒だったりする。そして、結婚までしたら、一生一緒じゃねーか」
「それは、それで素敵なご縁ですよね」
「エイトくんは大学が一緒だけど、学部が違ったからねぇ。結婚するって聞いたときはびっくりしたけど……ごめん」
言ってはいけないことを言ってしまったと思ったのか、小春さんは気まずそうに話を遮った。そうか、小春さんも同じ大学なのかぁ。世間は狭いなぁ。
「気にすんな。今や娘みたいな妹みたいな家族ができたからな」
「好きになるのなんて理屈じゃないからな。根拠は漫画家の勘でもあるけどな」
「エイトまで変な応援するなよ。俺は今、慣れない幼稚園の仕事一筋なんだよ」
「さぁ、準備進めましょう」
小春さんは準備を手際よく進める。できる女という感じだ。
少し早めに来た子どもに向かって一番笑顔で話しかけていたのは、小春さんだった。幼稚園の先生たちもエイトの指示に従って料理を機械作業のようにせっせと進める。大量のおにぎりと豚汁ができあがった。
「そろそろ時間だ、配るぞ」
大きな鍋に入った豚汁をたくさんの器に入れる。あえて使い捨て容器にして、職員の洗う手間を省くということらしい。プラスチックの容器に豚汁があふれるほど並んでいる。おにぎりは、ラップに包んで作っており、塩味のあっさりした味わいが豚汁とマッチする。水も紙コップに大量に入れて、配り始める。たくさんの食事があっという間に子どもたちの元へ届けられた。足りなくなるのではないかという不安をよそに、ちょうどいいくらいの人数が来たようだ。既に何回か行っているので、小春さんがリサーチして計算したとおりの客の数だったようだ。
食べている子どもたちがいる部屋でエイト原作のアニメが流れる。コミックスも何冊も置いてある。これは、漫画喫茶のように自由に読める空間を作りたいというレオの提案だった。そして、エイトの元にサインを求める子供が並ぶ。お腹いっぱいになった子どもたちは笑顔に満ちている。満腹は幸福の象徴なのかもしれない。
「みなさん、ボランティアで素晴らしい事業をしているのですね」
「実はね、ここで虐待の可能性を見つけるという使命もあるのよ。子どもの様子を見て、ちょっとおかしいと思ったら話しかけて様子を観察するの。あまりに気になるときは行政機関に報告する義務があるのよ」
「そんな大役を担っているのですね」
「今は地域のつながりが希薄だからその分大人の目が行き届かないのよ。ちょっと口うるさいおねえさんがいたほうがいい部分もあるのよね」
小春さんは根はとても良い人なのだなぁと感じる。
NPOの職員や幼稚園の先生たちも子どもたちの笑顔に癒された部分があると思う。今日一日で、子どもの笑顔に癒されたからきっとここにいるスタッフみんながそうだろうと思った。
意外なのは、半妖のエイトが子どもと接するときに、思いのほか楽しそうな笑顔だということだ。子ども好きには見えなかったのだが、子どもの視線で楽しんでいる。きっと少年漫画を描いているのは、いつまでも少年の心を忘れていない大人だからなのかもしれない。自然体で子どもが喜ぶ漫画が描ける人は貴重な感じがする。
そして、あと片づけをする。みんなが満足しているというおめでたい空気が漂っていた。そして、レオと小春が笑顔で視線を合わせた瞬間をナナは見逃さなかった。
「実は、うちで週一で子ども食堂をやってみようと思っているんだ。だから、小春さんにも色々アドバイスをお願いしたいと思っている」
エイトは意外な提案をする。
「定食屋で?」
少し驚いた顔のレオ。
「日曜日は子どものために営業をしない。そして、子ども食堂をやるならば、給食のない日がいいだろ。1回100円で大人にも提供する。だから、子どもだけではなく親子で利用することもかまわない。別に貧困家庭じゃない人でも誰でもウェルカムってことだ」
「いいこと考えているな」
レオが手をたたいて称賛する。
「子ども食堂は頻度がある程度あったほうがいいだろ。月1よりは週1。場所も幼稚園で月1回、うちの定食屋で週1回ならばこの地域の子どもたちは飢えをしのげるだろ」
「でも、採算取れないだろ」
「大丈夫よ。行政から補助がでるし。私も協力するわ」
新しい目標が今できた。子どもの笑顔を作り出す子ども食堂をやるということだ。ナナの心はときめいた。