線香が香るマンションの一室。即席でなんとか取り行われた葬儀が今、終わろうとしている。唯一の肉親を失った中学三年生の私は、途方に暮れるしかなかった。
母が突然の交通事故で亡くなった。母子家庭で、決して裕福ではないけれど、貧しくもなく、不自由のない生活だった。父は、私が幼少のころに病気で亡くなった。母は、毎日家事に育児に仕事に……とにかく働いた。母は出版社に勤めながら、プライベートのない忙しい毎日だったと思う。そんな私も中学3年生となった。受験生なのだが、そんな時期に実の母が亡くなった。貯金はあるし、高校や大学に行くことは大丈夫だと思う。お金、どれくらいあるのだろうか? なんとかなるだろうか? そんなことを悲しみの中、ぐるぐる頭の中で考えていた。
喪失感、虚無感、そういったものがあるなか、これからの未来を真剣に検討していた。高校の学費は貯金で何とかなるだろう。しかし、これから、私はどうしたらいいのだろう? 親戚はいないし、未成年の中学生。まだ社会的に自立は難しい。天涯孤独とはこのことだ。
線香のにおいの中で、私は喪失感に苛まれていた。葬式と言っても形だけの小さなもので、賃貸マンションの狭いワンルームに、とりあえずつくられた仏壇もどきに来るのは、母の仕事関係の人だとか、私の中学の関係者がメインだ。大好きだった母は職場の人に慕われていたみたいだ。
そこに、不似合いの細身の金髪男が現れた。黒いスーツを着ていると、ホストクラブの店員のように見えてしまう。20代前半だろうか? 大学生にもみえる。その男は、手を合わせるとそのまま泣いていた。流れ落ちる涙が、とてもきれいで、みとれてしまう。まるで映画のワンシーンのようだった……。しかし、こんな知り合いが母にいたのだろうか?
すると、その男が、座っていた私の元にやってきた。
「今日から俺がお前の父親だ。よろしくたのむぞ」
と言って、引っ越しの手配を始めた。学校の先生と何やら話し始めたが、この男、誰? 私の父親はこの世にいないし、間違ってもこんなにちゃらっとした男ではない。
「あなた、誰ですか?」
謎の男に質問した。
「え? お母さんに聞いてない? お母さんと入籍予定だった、水瀬エイトって言うんだけど……」
「きいてないよ!!」
この言葉に私の涙は吹き飛んだ。母が入籍? 再婚ってこと?
「ほら、これが証明書」
男が差し出した婚姻届けは、たしかに母の筆跡で書かれたものだった。これを出そうと思っていた矢先の交通事故。
「でも、私、再婚するなんて聞いてなかったんだけど……」
私は驚愕のサプライズにおじけづく。
「実は、サプライズでって美佐子さんが言っていてさ。まだ、言ってなかったのか……まじで驚かせちまったな」
男は、自分の髪の毛をかきむしりながら、少し考えていたようだった。
「でも、おまえ、どうするんだ? 親戚とかいるのか?」
「……いない」
「じゃあ、俺が保護者として面倒見てやるよ。俺の娘になる予定だったんだからさ」
なんて気楽な男だろう。父親にしては、ずいぶんと若い。若すぎる!! それに危険ではないだろうか? 見ず知らずの男と同居なんて!!
「あなたと二人っきりで生活なんて無理です」
私は断った。
「俺の家は広いから、大丈夫だって。それに、アシスタントや従業員がいるから、二人っきりなんて滅多にないしさ」
「アシスタント? 従業員?」
「俺、漫画家なんだよね。1階は定食屋だし。だから、いつも誰かしら出入りしてるし、アニメ化と映画化で儲かったから、戸建ても買ったし、部屋もいっぱいあるし」
にこりと男がほほ笑む。
「何の漫画書いてるの?」
つい漫画好きの私は漫画家というワードが気になってしまった。
「少年漫画雑誌で妖怪学園漫画書いてるんだ」
「ペンネームは……?」
「水瀬エイト、ペンネームも本名も一緒だ」
「もしかして、妖怪学園エンマの作者様? 私、ファンなんです」
つい、ファン心理丸出しで、握手してしまった。しかも急に敬語になってしまった。……不覚だ。
「俺んち、部屋は10部屋くらいあるから、好きに使ってくれ、俺と住んだら後悔はさせねえ、料理も家事も任せとけ!! 家事料理全般の雑学を伝授してやる」
「とりあえず、中学卒業するまでなら……。他に行くところないし。高校は全寮制を検討するから。お母さんの貯金はあるからお金はなんとかなるし」
「お父さんみたいなお兄ちゃんだと思ってくれ。よろしくな」
男の提案に私は渋々納得することにした。
私の新しいお父さん、いやお兄さんかな? 金髪の売れっ子漫画家。しかも定食屋を経営していて、広い戸建てを持っているらしい。アシスタントも従業員もいる。でも、まさか全員が半妖だなんてこのときは知らなかったんだ。
「私が7で、あなたが8。偶然にしてはできすぎた隣り合わせた数字だよね。だから、家族になることは決まっていたのかも」
こんなときだから言ってみる。
「俺が六郎や八郎でもその理屈はとおるんじゃないか?」
「きっと家族になる運命だと思うことにした。よろしくお願いします」
なるようになれ、だ。
「こちらこそ、よろしく」
二人がはじめて握手をした瞬間だった。
母が突然の交通事故で亡くなった。母子家庭で、決して裕福ではないけれど、貧しくもなく、不自由のない生活だった。父は、私が幼少のころに病気で亡くなった。母は、毎日家事に育児に仕事に……とにかく働いた。母は出版社に勤めながら、プライベートのない忙しい毎日だったと思う。そんな私も中学3年生となった。受験生なのだが、そんな時期に実の母が亡くなった。貯金はあるし、高校や大学に行くことは大丈夫だと思う。お金、どれくらいあるのだろうか? なんとかなるだろうか? そんなことを悲しみの中、ぐるぐる頭の中で考えていた。
喪失感、虚無感、そういったものがあるなか、これからの未来を真剣に検討していた。高校の学費は貯金で何とかなるだろう。しかし、これから、私はどうしたらいいのだろう? 親戚はいないし、未成年の中学生。まだ社会的に自立は難しい。天涯孤独とはこのことだ。
線香のにおいの中で、私は喪失感に苛まれていた。葬式と言っても形だけの小さなもので、賃貸マンションの狭いワンルームに、とりあえずつくられた仏壇もどきに来るのは、母の仕事関係の人だとか、私の中学の関係者がメインだ。大好きだった母は職場の人に慕われていたみたいだ。
そこに、不似合いの細身の金髪男が現れた。黒いスーツを着ていると、ホストクラブの店員のように見えてしまう。20代前半だろうか? 大学生にもみえる。その男は、手を合わせるとそのまま泣いていた。流れ落ちる涙が、とてもきれいで、みとれてしまう。まるで映画のワンシーンのようだった……。しかし、こんな知り合いが母にいたのだろうか?
すると、その男が、座っていた私の元にやってきた。
「今日から俺がお前の父親だ。よろしくたのむぞ」
と言って、引っ越しの手配を始めた。学校の先生と何やら話し始めたが、この男、誰? 私の父親はこの世にいないし、間違ってもこんなにちゃらっとした男ではない。
「あなた、誰ですか?」
謎の男に質問した。
「え? お母さんに聞いてない? お母さんと入籍予定だった、水瀬エイトって言うんだけど……」
「きいてないよ!!」
この言葉に私の涙は吹き飛んだ。母が入籍? 再婚ってこと?
「ほら、これが証明書」
男が差し出した婚姻届けは、たしかに母の筆跡で書かれたものだった。これを出そうと思っていた矢先の交通事故。
「でも、私、再婚するなんて聞いてなかったんだけど……」
私は驚愕のサプライズにおじけづく。
「実は、サプライズでって美佐子さんが言っていてさ。まだ、言ってなかったのか……まじで驚かせちまったな」
男は、自分の髪の毛をかきむしりながら、少し考えていたようだった。
「でも、おまえ、どうするんだ? 親戚とかいるのか?」
「……いない」
「じゃあ、俺が保護者として面倒見てやるよ。俺の娘になる予定だったんだからさ」
なんて気楽な男だろう。父親にしては、ずいぶんと若い。若すぎる!! それに危険ではないだろうか? 見ず知らずの男と同居なんて!!
「あなたと二人っきりで生活なんて無理です」
私は断った。
「俺の家は広いから、大丈夫だって。それに、アシスタントや従業員がいるから、二人っきりなんて滅多にないしさ」
「アシスタント? 従業員?」
「俺、漫画家なんだよね。1階は定食屋だし。だから、いつも誰かしら出入りしてるし、アニメ化と映画化で儲かったから、戸建ても買ったし、部屋もいっぱいあるし」
にこりと男がほほ笑む。
「何の漫画書いてるの?」
つい漫画好きの私は漫画家というワードが気になってしまった。
「少年漫画雑誌で妖怪学園漫画書いてるんだ」
「ペンネームは……?」
「水瀬エイト、ペンネームも本名も一緒だ」
「もしかして、妖怪学園エンマの作者様? 私、ファンなんです」
つい、ファン心理丸出しで、握手してしまった。しかも急に敬語になってしまった。……不覚だ。
「俺んち、部屋は10部屋くらいあるから、好きに使ってくれ、俺と住んだら後悔はさせねえ、料理も家事も任せとけ!! 家事料理全般の雑学を伝授してやる」
「とりあえず、中学卒業するまでなら……。他に行くところないし。高校は全寮制を検討するから。お母さんの貯金はあるからお金はなんとかなるし」
「お父さんみたいなお兄ちゃんだと思ってくれ。よろしくな」
男の提案に私は渋々納得することにした。
私の新しいお父さん、いやお兄さんかな? 金髪の売れっ子漫画家。しかも定食屋を経営していて、広い戸建てを持っているらしい。アシスタントも従業員もいる。でも、まさか全員が半妖だなんてこのときは知らなかったんだ。
「私が7で、あなたが8。偶然にしてはできすぎた隣り合わせた数字だよね。だから、家族になることは決まっていたのかも」
こんなときだから言ってみる。
「俺が六郎や八郎でもその理屈はとおるんじゃないか?」
「きっと家族になる運命だと思うことにした。よろしくお願いします」
なるようになれ、だ。
「こちらこそ、よろしく」
二人がはじめて握手をした瞬間だった。