いつものような落ち着いたお兄さまではなく、息も乱れて焦っているのが伝わります。
 私の心臓ではなくお兄さまの心臓の音が聞こえてきて、その鼓動はとても速くなっていました。

「どこも怪我してないかい?」
「(こく)」

 お兄さまは私が怪我していないことを確認すると、抱きしめながら頭を優しく撫でてくださいました。
 どうしてここに?
 そんな私の声はお兄さまには聞こえなくて、そのまま静かに話し始めました。

「なぜ会場を飛び出したんだい?」
「…………」

 まさか、お兄さまに恋人がいてショックだったとは伝えられず、黙ってしまう私。

「もしかして誰かに嫌なことをされた? それとも、もしかしてユーリアのことかい?」
「(こく)」
「彼女は恋人ではないよ。私に恋人はいない。だからローゼが私の傍にいることに遠慮しなくていいんだよ」

 私が兄の傍にいるのを兄の恋人に遠慮している、と思ったのでしょう。
 お兄さまはそのように言ってくださいますが、もし私から恋心を向けられていると知ったらどう思うでしょうか。

「ローゼ」

 お兄さまは私の顔を見て頬に手を添えると、優しいお声で言いました。