何年も疎遠になったのは、先輩の就職活動が始まってからだった。心に空洞が出来たようだった。だけど自分から連絡をする勇気はなく、相変わらず臆病な自分が嫌になった。
 会社から帰宅し、ベッドに倒れこむ。長い溜息とスプリングの軋む音が部屋に木霊した。彼からの連絡は、今日もない。

 毎日、あの人のことばかり考えている。今何しているのかな。今もトロンボーン吹いているのかな。私に会いたいって思ってくれているかな。
 頭が日和先輩で埋め尽くされる。あの声がまた聞きたい。あの仕草が見たい。またあのまっすぐな音色を近くで聞きたい。また会って話したい。
 苦しい気持ちを拳に込める。グッと握ると同時に、トロンボーンの音色が部屋中に響いた。心臓が跳ねた。一瞬、身体が動かなかった。

 だって、この着信音は彼からじゃないと鳴らないから。長らく聞くことのなかった協奏曲に、鼓動が早くなって胸が躍った。

『久しぶり!今度の日曜日って空いてるか?古谷さえ良ければ会いたい』

 数年ぶりとは思えない軽い文章。あの人らしい。思わず口角が上がった。
 私の予定と気持ちも気にしてくれている辺りで、先輩も大人になったのだと実感させられる。学生の頃だったら『日曜日来いよ!』と強引に約束を取り付けただろうに。
 空いた期間のことをくまなく聞きたいところではあるが、がつがつしているとは思われたくないので必要最低限の返事を送る。

 高ぶる気持ちが抑えられなくて、再びベッドに倒れこんだ。愉悦が全身に行き渡るのを感じ、顔の綻びが隠せない。
 また会える。あの仕草が見れる。そのまま飛んで行ってしまいそうな心は、彼一色になっている。少しは大人になった私を見てドキドキしてくれるかな。可愛いって言ってくれるかな。好きになってくれるかな。

 頭には最大音量であの日のトロンボーンが鳴り響いている。
 止まらない妄想と期待を膨らませながら、夜空を見上げた。
 早く日曜日にならないかな。そんな願いを込めて。