入学から一年が経った夏の日、部活の片づけで久しぶりに二人きりになることがあった。これまでトロンボーンの話は絶えずしてきたものの、所謂恋バナというものはしたことがなかった。心のどこかで避けてきた部分もあると思うけれど。
「日和先輩ってモテるんですね~!」
不意に出た言葉は、思ったより弾んでいた。彼は飲んでいたお茶を吹きそうになっていた。口元を拭いながらそそくさと片づけを再開する様子はさながらウブな子供のようだ。
お前も知ってんのかよ、という口振りからして本人には人気である自覚はないらしい。私の質問に素っ気ない返事をしつつも、長くなった前髪を指に絡めていることから満更でもないことが分かる。いくら見た目が大人っぽくなったところで、やっぱり先輩は先輩だ。
しかし、そこで私も告白したいなんて言えるほどの勇気はない。断られるのが怖い。嫌われたくない。心のどこかでそう思ってしまっていたのかも知れない。
いくら昔から想っていたって、私は強くなかった。
大きくなり続ける想いを秘めたまま、更に一年が経った。
結局あの人は、最後まで誰とも付き合うことはなかった。勿論私とも。けれど人気は絶えることなく、今も卒業証書を手に、別れを惜しむ後輩たちにキラキラした光を振り撒いている。泣きじゃくる女子たちに対して、頭を掻いて笑うその様子が三年前と重なった。
彼がいなくなってしまうことが辛くて、声を上げて泣いた。あの時もあんな風に笑われたっけ。
懐古の情に浸る様子に気づいたのか、愛しい声が私を呼んだ。数多の人をかき分けてこちらに駆けてくる。
「先輩、卒業おめでとうございます!」
「古谷、ありがとな!」
彼が嬉しそうに髪を梳いた時、ふと優しい音色が頭に流れる。この感覚も二回目だ。私の目指すものはいつも近くにあったのに、それに追いつくことは最後まで出来なかった。
今回は泣いてくれないんだな、なんて言ってくる悪戯な顔に笑顔を向ける。もう好きな人に泣き顔を晒したりはしない。
それに私はここで諦めるつもりはない。何度も連絡して、何度も会って、あわよくばその大きくなった背中に追いついて、ずっと隣にいたい。
そしていつか、六年の想いが籠ったこの熟れた花を、貴方に渡したい。
再会の約束をした私たちは、固い握手を交わした。
初めて触れた彼の手は、想像よりも大きくて、暖かかった。


