吹奏楽部に正式入部した私は、来る日も来る日も必死に練習をした。上手くなりたいから。褒められたいから。上達したのは貴方のお陰ですって言いたいから。照れた時のあの仕草が見たいから。
我ながら不純な動機だと思うけど、次第にトロンボーン自体を好きになっていくのも感じていた。私はトロンボーンのまっすぐで透き通るような音が好きだ。魅力を聞かれたら真っ先に挙げるだろう。多分これも先輩みたいだから、というフィルター付きなのだろうけど。
毎日練習するのは『トロンボーン協奏曲 変ロ長調』。仮入部の日に聞いた曲だ。オルゴールのようなゆったりとした旋律が特徴のこの曲を、下校時間ギリギリまで残ってはぎこちなく響かせた。耳に残っている美しいメロディーを目指して。
全然上手くなれなくても、憧れに追いつけなくても、いつも頭にはあの日の音色が響いていた。常に優しい音に抱きしめられていた。私は先輩のメロディーがあったから頑張れた。それは明白だった。
そんな日々の成果か、目指すものには到底及ばないまでもいつしか部内でトロンボーンが上手い人として認識されるようになった。私が絶賛される度に、彼も得意げに頷きながら髪を梳いていた。私はそれが堪らなく嬉しかった。


