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私、西園寺澄美は生まれた時から人生のレールを決められていた。やることも、読む本も、時間もすべてを親に決められていた。私が意見しても、何も聞いてくれない。どんなにプレゼンテーションをしてもうなずいてくれない。
あ、唯一うなずいてくれたのは、公立学校以外通いたくない、だったと思う。親は私立学校に入れたかったらしいが、私は学費を将来全部返す気でいるので、少しでも楽がしたい。そして、一時的にでも負担してもらう立場で、高い学費を払ってもらうのは嫌だった。その思いが初めて通じた日はうれしくて、涙が出た。
でも、その涙は『汚い』と称され、私はどうしたらいいのかわからなくなった。
テストは100点以外喜んでもらえず、運動はA評価以外論外。成績は常にトップを死守。B評価など取ったことがない。マナーが守れていないともっと厳しく、夕ご飯のおかずがどんどん減っていった。その夕飯でもし音を立ててしまえば怒鳴られ、せっかくの食事を『美味しい』と思えたことなど一度もない。そんな生活は小学生の間ずっと続き、中学生になるころには、自分が見失われていくような気がした。
でも、怒られたり夕ご飯が減っていくのは自分ができていないから。私ができないせいで、親の負担を増やしている。そのことがとても申し訳なく、自分が未知なる世界へ放り込まれていくようだった。高校は、父親の仕事の都合で県外になったので、その引っ越し先から通える範囲で一番偏差値が高い進学校へと入学した。