何かを頑張るのはやめた方がいいのだろうか。こんなことを考える自分がバカバカしい。
でも、せめてまともな子に生まれたかった。そう、親に迷惑をかけないような完璧な子に。
****
私、西園寺澄美は生まれた時から人生のレールを決められていた。やることも、読む本も、時間もすべてを親に決められていた。私が意見しても、何も聞いてくれない。どんなにプレゼンテーションをしてもうなずいてくれない。
あ、唯一うなずいてくれたのは、公立学校以外通いたくない、だったと思う。親は私立学校に入れたかったらしいが、私は学費を将来全部返す気でいるので、少しでも楽がしたい。そして、一時的にでも負担してもらう立場で、高い学費を払ってもらうのは嫌だった。その思いが初めて通じた日はうれしくて、涙が出た。
でも、その涙は『汚い』と称され、私はどうしたらいいのかわからなくなった。
テストは100点以外喜んでもらえず、運動はA評価以外論外。成績は常にトップを死守。B評価など取ったことがない。マナーが守れていないともっと厳しく、夕ご飯のおかずがどんどん減っていった。その夕飯でもし音を立ててしまえば怒鳴られ、せっかくの食事を『美味しい』と思えたことなど一度もない。そんな生活は小学生の間ずっと続き、中学生になるころには、自分が見失われていくような気がした。
でも、怒られたり夕ご飯が減っていくのは自分ができていないから。私ができないせいで、親の負担を増やしている。そのことがとても申し訳なく、自分が未知なる世界へ放り込まれていくようだった。高校は、父親の仕事の都合で県外になったので、その引っ越し先から通える範囲で一番偏差値が高い進学校へと入学した。
全教科満点で首席入学を果たし、親からはすこしでも褒められると期待したが、間違いだった。『首席以外なんてありえないでしょ。馬鹿言わないでちょうだい』と、一蹴され私の中で何かが壊れた。自分の思いなど人に伝えてはいけない、そう決心するきっかけとなった。
授業では挙手をたくさんして、先生の手伝い、成績は常に一位をキープ。そんな私を信用して、いろいろなクラスの厄介事を押し付けられたりしたが、笑顔で対応。ただ、友達は誰一人としてできなかった。いつもなんでもやる私を見て、勝手に「近づきがたい」だの、「私なんかが話しかけていいわけない」など言って、だれも私に近づきては来なかった。その結果、私は放課後にカラオケなどなく、学校と家の往復を一年ほど繰り返した。
時は、早いようで短く、高校2年生になった。クラス替えがあり、新しい教室とメンバーを見ると、やっぱり自分と関わろうとする人はいない。かと言って自分からかかわろうともしなかった。自分から関わっても、迷惑がられる。それだったら自分で自分の身を守るのに徹すると決めた。
そんなある日、家の庭で一人の少年が倒れていた。両親はいなくて、どうしたらいいかわからなかったが、意識はあったのでとりあえず部屋に運んだ。
「あの、大丈夫ですか?」
「ん、ハッ。、、えっと、、だれですか?」
それはそうだ。澄美は慌てて自己紹介した。
「私は西園寺澄美です。うちの庭で倒れているのが見えて、とりあえず私の部屋に運びました。勝手なことして申し訳ございません」
「そんな謝らないでください。俺の方こそ勝手に人の家の庭に入ってすみませんでした。迷子になってしまったところ、手持ちも何もなく、おなかがすいてしまって。そこからの記憶がないので、たぶん、ふらふらしていたら入り込んだんだと思います」
それは、つらい。せめて、おなか一杯にでもしてあげたい。そこで私は料理をふるまうことにした。
「そうなんですね。あ、アレルギーとかありますか」
「?いえ、とくには」
「そう、じゃあ、少し待っていてください」
「あ、はい」
とりあえず笑顔でうなずき、部屋を出た。10分後、私はお盆をもって出来立ての料理を彼の前に置いた。
「よかったらどうぞ。お口に合うといいのですが、、」
「わざわざありがとうございます。では、お言葉に甘えていただきます」
そういうと少年は箸を持って、食べ始めた。しばらくしてその少年は、ペろりと平らげてしまった。彼は、「ごちそうさまでした」と呟くと私に話しかけてきた。
「お食事、とてもおいしかったです。ありがとうございました」
「いえ、そういってもらえて、うれしいです。ありがとう、ございます」
別にこの言葉に深い意味はない。それなのに、涙が溢れて止まらなかった。別に料理を褒められるのは初めてでない。なのに、彼の言った『美味しかった』という言葉がとても嬉しかった。突然泣き始めた澄美に対して彼はとても驚いたようだったけど、静かに私が泣き止むのを待っていてくれた。私が落ち着いてから、少年は話しかけてきた。
「本当に今日はありがとうございました。また後日、お礼しに来てもいいですか」
「もちろん。ところで君、名前は?」
「あ、すみません。言った気でいました。タクトと言います。」
「タクト君ね。わかった。もしよかったらいつでもうちに来てね。いつでも歓迎するわ」
「ありがとうございます」
そういって彼、タクト君は颯爽と帰っていった。 翌日、学校から帰るとタクト君がいた。まさか次の日に来るなんて。
「どうしたの?!」
「澄美さんにお礼をしに来ました。これ、よかったらご家族の方と一緒に食べてください。」
「わあ、ありがとうございます。」
「えっと、実は、お礼というのは口実でして。ただ俺が、澄美さんと話したかっただけです」
(どうしましょう、こういうときってどうするのが正解なの⁉)
「そう、ありがとう。じゃあ、とりあえず私の部屋にあがってください」
「お邪魔します」
とりあえず部屋には招いた。だが、友人と家で遊んだことなんてない。もしかしたらあったかもしれないが記憶にない。どうするのが正解か。考えたもの、とりあえず飲み物を出すことにしかたどり着かなかった。私の好きな、天然水にレモン果汁を絞って、レモン水を作る。そして、それを彼の前に置いた。そして、彼に話しかけた。
「私と話したいんだよね。何を話したいの」
「俺は、別に自分の話がしたいわけじゃないです。あ、面倒なのでとりあえず敬語外しますね」
「はぁ」
気の抜いた返事しかできない。これを肯定と捉えた彼はまた話し始めた。
「澄美さんが、何となくもうすぐ死ぬ気がして、それを止めたいと思った。だから俺は貴女と話したいと思った。それが今日来た理由、、ってなんか驚いてるね」
「そ、そりゃあ驚くわよ。だって、いきなり私が死にそうだなんて。信じられる方が驚きよ」
私がそういうと、彼の雰囲気が変わった。
「それ。その笑いやめた方がいいよ。あと、澄美さんが死にそうだと思ったのは、別に肉体じゃない」
「タクト君、、?」
「人は肉体で死んで、火葬されても魂は残るといわれる。もちろん、その反対もある。肉体は残ったままなのに、心だけが死んでいって、完璧を目指す。極め付きは、何か一つのことが完璧じゃなかったとき、自分の価値の本当の終わりだと思って、何もできなくなる。家庭環境によっては、それで『使えない子』と判断されたら、殺される。あんたはその人生を歩むと思った。でも、俺を助けてくれるほど優しい心を持っているあんたが死ぬのは、俺が嫌だ。だから、また会いに来て、話して、自分を見つけてもらえればいいと思った」
彼は、こう言うと、ハアハア息を切らしていた。私はとにかく驚くしかなかった。だって、完璧を目指さなければいけないと思って入て、実際に、テストはすべて満点、家事もマナーも運動もすべてできるようにして、そのできるのレベルは最高潮になるようにしている。なんだか、心を見透かされた気分がして気分が悪かった。でも、それと同時に、一人の人間として、タクト君に興味が出た。(この人と関われば、何かが変わるのかしら)。そう考えた私は、疲れている彼に話をした。
「タクト君、ありがとう。私のことを考えてくれて。でも、私は大丈夫よ。心は壊れていないし、完璧を目指してもいない」
「それ、嘘でしょ。だって、あんたがレモン水を作ってくれてる間、証拠探しに、テストという名がつくものの成績、本の種類、日記とか、個人情報で申し訳ないけど見させてもらった」
「さすがにそれはダメだよ」
「それはごめんなさい。でも、見て思った。テストという名がつくものは100点かA評価。何ならS評価だった。本の種類は、勉強に関するもの、マナーに関するもの、自己啓発本、特に自分と向き合う系が多かったな。そして最後に日記。これは、さっと見させてもらったけど、親に対する謝罪、学校に対する謝罪、人に対する謝罪。とにかく謝罪だけだった。そして一日だけ、自分の存在価値をすごく悪く言っていた。『何なら、死んでもいい』そんなあんたの声が聞こえてきそうだった。直接的に書いてなくても、『何かを頑張るのはやめた方がいいのだろうか。こんなことを考える自分がバカバカしい。』こんなことが書いてあったら、特に心が無くなっていくぞ。これでも、自分は大丈夫なんて言えるのか。もし言えるなら、俺が言えなくなるまで教えてやる。そして、少しでも前向きになれるようサポートしたい。そして、もし言えないなら、どうしたいか教えてくれ。頼む。もう、心が死んでいく人を見たくないんだ、、、」
だめだ、この子にはすべてお見通しらしい。認めるしかない。
「そう、、。私はタクト君が言ったことを認める。だから、私が死なないでもいい方法を一緒に考えてくれない?」
いたずらっぽく笑いながら言うと、彼は笑顔でうなずいてくれた。それがやはり、小さな行動の一つなのに、とてもうれしく感じた。この人は一体何者なんだろう。少し考えてみるも、やはり答えは見つからなかった。そして、連絡先の交換をし、その日は解散した。