マルムゼを引き連れて隣の間へ移動すると、すぐさま仮面の女性が挨拶をしてきた。

「改めて女帝陛下のご戴冠と、新たな役職へのご就任おめでとうございます。グレアン侯爵閣下」
「ご無沙汰しております、ゼーゲン殿。こちらこそ、遠路はるばる戴冠式にご出席いただき、ありがとうございます」

 部屋にいたのはゼフィリアス2世の護衛を務めるホムンクルスの女性、ゼーゲンであった。他に2人の人物が同席しており、アンナたちに挨拶する。
 マルムゼと同じ顔を持つゼーゲンは、いたずらに詮索される事を避けるため、この宮殿内では仮面をつけている。それは前回の来訪から変わっていなかった。

「それにしても意外でした。ラルガ侯爵受け取った貴国の代表団の名簿にあなたの名が入っているとは思ってもいませんでしたので」

 ラルガはアンナの期待通り、帰国命令に従うとともに戴冠式に列席する代表団を連れてきた。その中にゼーゲンは副代表として混ざっていたのである。

「先帝陛下……いえ、マルムゼ=アルディスの訃報を聞いた時より、我が君ゼフィリアスは私をこの国に派遣する事を考えておりました。ゆえに護衛の私が不在でも問題ないように、昨年のうちに国内の不穏分子は残らず叩き潰しています」

 平然と、ゼーゲンはそう言ってのけた。マルムゼと同じかそれ以上の忠誠心を持つ彼女は、おそらくゼフィリアス帝の安全のためならどんな事だってやる。彼女の留守中に主君が襲われるなどあってはならない事なのである。だから今の話は、誇張ではないのだろう。

「それで、この2人が?」
「はい。我が国で最高の技能を持つ錬金術師です。それにホムンクルスの私を含め3人。先のお約束通り、貴国の錬金工房立ち上げにご協力いたします」
「ありがとうございます!」

 アンナは深々とお辞儀をし、謝意を示した。

「ご存知の通りあの和平条約以降、我が国の情勢は激変しました。そしてその裏には錬金術が大きく絡んでおります」
「ええ。我々もそれについては察しております」
「手紙には書けぬような事も数多くあります。例の場所まで馬車を用意させましたので、道中でそれをご説明しましょう」