「ここが皇妃の村落か。なかなか趣きのある建物になってではないか」
「これもひとえに、この場所に館を建てることを許していただいた陛下のおかげです」

 その日、皇帝アルディスは、わずかな供のみで東苑の皇妃の村里を訪れた。
 お忍びの行動である。公式の予定では、今日は一日中書庫で読書をしていることになっているらしい。

「本当ならもっと早く訪れたかったのだがな。宰相が良い顔をしないので、こうして密かに来ることにしたのだ」
「まあ、そうだったのですね。私としては、いついらしても良かったのですが……」

 皇妃は良くとも、クロイス公は当然面白くないだろう。何かと難癖をつけて皇帝の意向を断り続けたのは、想像にたやすい。

「それと、そなたとも一度ゆっくり話をしたかった。グレアン侯爵」

 皇帝アルディス3世になりすます男は、アンナに朗らかな笑みを向けてきた。その表情に、アンナは生理的な嫌悪を覚えたが、態度に出す事なく頭を下げる。

「まさか私めを狩りにお誘いくださるとは、光栄の極みです。本日はよろしくお願いいたします」

 いつもはドレス姿のアンナも、今日はパンツスタイルの乗馬服を着て、肩に猟銃をかけている。

「それにしても、本当にお二人で行かれるのですか?」
「ああ、北苑に行くといっても森の深くまで入るつもりはない。せいぜい、今夜のディナー分くらいの野うさぎを捕まえられれば良いからな」
「この皇妃の村里にも、近衛兵が常駐しています。あまりに遅いようでしたら彼らを向かわせますので」
「ああ、ありがとう。君もうさぎは好きだったな? 土産を楽しみにしていたまえ」

 アルディスは、皇妃の額にそっと口付けをした。

「陛下、是非ともよき休日を。それとアンナ?」

 皇妃がアンナの方に向き直る。

「何でしょう皇妃様?」
「私の勘ですが、今日はきっと特別な一日になります。どうかご無事で」
「はい……?」

 何やら含みのある言い方。アンナも気になりはしたが、だからと言って今から皇帝の誘いを断るわけにもいかない。
 頭を切り替えると、馬具に足をかけ、鞍に飛び乗った。
 すでに馬上の人となっていた皇帝は、皇妃に手を振る。

「それでは行ってくる!」
「お気をつけて!」

 皇妃も手を振りかえし、2人を見送る。
 その傍には、マルムゼもいた。何やら思い詰めた顔をしているが、それもいつものことである。そんな彼に微笑み返すと、アンナは馬の腹を蹴り、皇帝に続いた。

 * * *