「皇妃様の館……と、申しますと、今宮殿の庭に作っているという噂の?」
「まさしく、それです」
「待ってください! そういうのは帝室お抱えの業者や職人がやるもんでしょ? オレはただの町大工ですよ?」
「訳あって、その業者が使えなくなってしまったのです。ゆえに、あなた方にお願いしたく」

 ダンとケントは目を丸くしている。無理もない。宮廷や皇族の衣食住にまつわる事は全て、お抱え業者が行う。これは数百年続く慣わしだった。
 よほどの理由がない限り新規参入はあり得ないし、あったとしても声がかかるのは、貴族相手の仕事を請け負う人間に限られる。

「もちろん、相応の報酬はお支払いします。マルムゼ」
「は」

 マルムゼは懐から小さな皮袋を取り出すと、ケントに手渡す。

「これは……!」

 皮袋の中身を見たケントは思わず息を呑んだ。その顔を見たダンが皮袋を受け取ると、その中身を作業机の上に広げる。

「なんてこった……」

 無骨な工具しか置かれていない作業机の上に、きらびやかな光の粒が溢れた。ダイヤ、ルビー、サファイア……いずれも大粒な上に、最大限の輝きが放たれるよう計算され尽くしたカットが施されている。
 他にも東方大陸から輸入した珊瑚玉。赤子の握り拳程もあろう大粒の真珠、太陽のような黄金色の光を放つ琥珀。それら一粒でも、庶民の家を建ててお釣りが来るほどの宝石。それが十数個、皮袋には詰まっていた。

「同じ大きさであと20袋は用意できると思います」
「ケント、これだけあれば街の再建も予定より……」
「……」

 喜び勇むダンとは対照的に、ケントは険しい顔で宝石を眺めていた。

「侯爵様。我々はその館をどこまで作れば良いのですか?」
「基礎工事は終わっていますので、内装・外装を含めた居館本体の建設を」
「内装……という事は、最後までやって欲しいという事ですね?」
「ええ」
「それならば我々にはできません。申し訳ありませんが……」

 ケントは頭を下げる。

「なっ! なんでだよ!?」
「わからねえかダン。皇妃様のお屋敷だぞ!? この工房を建て直すのと訳が違う。仕入れだけでいくらかかると思ってるんだ?」
「あっ」

 その言葉にダンも気づいた様子だった。

「話によれば宮殿の大広間も今、改修工事の真っ最中らしい。その広間にはこういう宝石が何万個も使われているんだそうだ。内装もやるって事は、俺たちがそういうものを用意しなきゃならないって事だ」

 ケントの言葉に、アンナは思わず口元をほころばせた。その顔をケントは見逃さなかった。

「申し訳ないが侯爵様、私はそんな面白い話はしてませんよ?」
「いえ、失礼しましたケント殿。ですがあなたが仰る事があまりにも正しいので……」
「は?」
「実はこの宝石こそが、その宮殿大広間に使われている宝石なのです」
「えっ!?」

 アンナがマルムゼに命じた、セコくチンケな小悪党的行為。その内容こそが、この宝石だった。
 現在、アンナの指揮のもと大広間の改修工事が始まっている。その最初の作業が、広間の壁や天井を飾り立てていた40213個の宝石の取り外しだった。これらは磨き直した上で新たに作り直した台座にはめ直されることになっている。が、その一部をマルムゼが失敬したのだ。
 もちろん証拠が残らないよう、リストと帳簿も改竄してある。マルムゼの異能"認識迷彩"があれば造作もないことだった。
 おそらく被害総額は史上最高のコソ泥行為であろう。

「20袋合わせたところで、大広間の宝石の1/100にもなりません。この程度であの内装を実現できない事は、私にもよくわかります」

 アンナは話を続ける。

「でもね。私も皇妃様も、あなた方にきらびやかな内装の施工など望んでいないのです。むしろ、いつも通りの仕事をして欲しいと思っているの」

 * * *