「それにしてもよく私だと分かりましたわね?」
「このような場所にお越しくださる貴族……それもご婦人となると、侯爵様しかいらっしゃらないだろうと、そんな確信がございました」

 ケントは自分のガラス工房へと案内してくれた。ここがは今、職人街再建のための拠点となっており、商工会議所を兼ねているのだという。

「ここでいいわ」

 玄関を抜けてすぐの場所にある工房で、アンナは足を止めた。

「ここですか? 食堂ならテーブルや椅子もあるし、いくらかおくつろぎできると思うのですが?」
「いいえ、こういう空気が好きなのよ。ここでお話がしたい」

 アンナは中央に据え置かれた炉や、その周辺に配置された作業台、道具置き場などを眺めた。工房自体は新築だが、どこか懐かしい。ケントの父親の工房と同じ配置だ。

「この炉は、石炭で動かす最新式ね」
「お詳しいのですね! ええ、錬金術を応用して作られているものです!」
「高かったのではなくて?」
「実は軍からの払い下げ品なのです。私は前線近くの街で、軍属として物資製造をやっていましたので」
「ということは、もしかしてエイダー男爵が?」

 前線からの撤兵は、ラルガ侯爵の息子であるエイダー男爵が指揮していた。

「はい。男爵様に、帝都に戻って職人街を再建したいという話をしたら、この炉を持ち帰れるよう取り計らってくれたのです」
「そうだったのね」

 アンナは心の中で喝采した。やるじゃないか男爵。きっと彼は、不要となった軍備をこうして、兵や軍属たちに手土産として持ち帰らせているのだろう。疲弊した彼らの新たな生活が少しでも楽になるように。

「ところで……実は侯爵様のお知り合いが、この街にいるのですが、会っては下さいませぬか?」
「私の……知り合い?」

 アンナは首を傾げる。このケントのように、エリーナの顔見知りは何人もこの街にいるだろう。けど、アンナを知る人物とは、いったい誰のことだ?

「ダン! 隠れてないで入ってこい!」

 ケントが叫ぶように呼びかけると、工房の入り口から、おずおずと1人の男が入ってきた。

「あなたは!」

 横に控えていたマルムゼが、何も言わずに半歩前に歩み出た。剣の柄には手をあてている。何かあればすぐに斬りかかれる態勢だ。

「大工のダンです……覚えていらっしゃいますでしょうか?」

 小さく身を縮こませ、押し黙っている男に変わって、ケントが彼の紹介をする。

「……覚えています」

 アンナが廃墟と化したこの地を訪れた時に襲いかかってきた強盗の1人だ。エリーナとしても知っている顔だったから、マルムゼに殺すなと命じて逃してやった。

「あ、あの時は……す、す、すみませんでしたあ……っ!」

 ダンは弾かれたように勢いよく地面に伏せ、絞り出すような声で謝罪した。

「彼は腕利きの大工でしたが、自暴自棄になっていた時期がありました。そんな時にお会いしたあなたに謝りたいと、いつも言っていたのです」
「あの時は、何もかも無してしまって……何もかもが憎くて……それであんな事を……」

 とめどもなか溢れてくるダンの後悔の言葉を、アンナは黙って聞いている。

「あなた様がここで行われていた大貴族の悪事を暴いたと聞き、あの時会ったお方 だとすぐに気がつきました。それからオレは……オレは……」

 ダンが伏せる地面に涙が落ち、黒いシミが作られている。みるみる広がっていくそれを見て、アンナはそれが彼の心からの後悔であることを理解した。

「わかりました。顔をあげてください、ダン」

 意識的に穏やかな声で、アンナは大工に語りかける。

「当時の職人街の状況や、あなたの境遇を思えば、悪事に手を染めるのも仕方なかったのでしょう。けど、だからと言って全てを水に流すわけにもいきません」
「それは……もちろん! もちろんです! どんな罰でもお受けします!」
「では、私を手伝ってください」
「へ?」

 ダンは顔を上げ、きょとんとした表情でアンナを見つめた。

「ケント、彼は腕利きの大工だと言いましたね?」
「ええ。この工房をはじめ、ここの建物の多くはこいつの指揮で建てたものです。個人の力量はもちろん、親方としての才覚もありますよ」
「ならば、その腕をふるって皇妃様の館を建ててください。それがあなたに下す罰です」