「以上が、事の顛末です」
「ありがとうございました。ゼーゲン殿」

 アンナが倒れた後の、マルムゼ=アルディスとゼフィリアス帝のやり取りを、ゼーゲンは事細かに教えてくれた。
 確かに衝撃的な事実が多い話だったが、アンナが先に身構えていたほどの動揺をもよおす事はなかった。むしろ、彼女の話を聞くにつれて、思考が整理され自分がやるべきことが鮮明になっていくのを感じていた。

(やはり、私の復讐は終わらない)

 確かに最大の標的はアルディスではなくなった。けど、アルディスの仇討ちという大きな理由ができた。
 あの男、マルムゼ=アルディスの裏に誰が潜んでいるのかわからない。けど、絶対に殺す。もちろんアルディスを騙るあのホムンクルスもだ。
 そして、クロイス公らの粛清もやはり行う。一時だったとしても、連中と真の敵が繋がっていたのは事実だ。それに連中がのさばり続けるのが、この帝国にとって悪影響であることには変わりない。

(私が宮廷の実権を握り、帝国の実質的な支配者となる!)

 クロイス派を滅ぼし、皇帝の影武者を操る黒幕を引き摺り出すためには、それが最も有効な手段だった。
 そして、もうひとつ、やるべきことがある。

「ゼーゲン殿、陛下にお願いしたきことがございます」
「なんでしょう?」
「陛下はマルムゼ=アルディスとの協力は拒絶したとのことですが、私とは手を組んでくださいませぬか?」
「すでに我が主人は、あなたを盟友と考えてます。どのような事でもお申し出ください」
「ありがとうございます! では、貴国の錬金術師をお貸しください」
「錬金術師を?」
「はい、私は錬金工房を復活させます!」

 フィルヴィーユ派の壊滅をきっかけに、大陸随一といわれた"百合の帝国"の錬金工房は、事実上解体されてしまった。
 クロイス派がいつまでも工房を復活させない事に、アンナは疑念を抱いていたが、今ならその理由も理解できる。

「おそらくマルムゼ=アルディスを操る真の黒幕が、サン・ジェルマンの遺産を独占しているのでしょう。工房の閉鎖も偽装で、我らの目の届かないところで研究を続けている可能性もあります」

 今のゼーゲンの話を聞く限り、黒幕はマルムゼ=アルディスにあり得ないほどの勝手を許している。それは、その者の余裕の表れだろう。
 錬金術に関する絶対的優位がなければ、ホムンクルスがアンナたちに近づくことなど、許すはずがない。

「ホムンクルスに関する研究を我々も進めていけば、奴らに対抗する方法が見つかるかもしれません」

 例えば、敵の異能を破る手段があれば、アルディスが影武者である事を世間に知らしめることができる。

「それに……あなたたち2人をサン・ジェルマン伯から解放しなければなりません」

 アンナは2人のホムンクルスの顔を交互に見た。マルムゼもゼーゲンも目を大きく見開いてアンナを見ている。

「それは、ロック機構の解除ということでしょうか?」
「それだけではありません。サン・ジェルマンの目的を暴き、全ての罪を明らかにすれば、あなた方を縛るものはなくなります」
 
 アンナの腹心として極めて有能な存在だ。ゼフィリアス帝にとってのゼーゲンも、きっとそうであろう。
 しかし2人にはサン・ジェルマンという主人もおり、彼の呪縛から逃れることはできない。そしてこの呪縛がある限りアンナたちは、サン・ジェルマンの手のひらで踊るしかないのだ。

 (でも、それだけじゃない)

 アンナはすぐ横にいるマルムゼの存在を全身で感じとった。その体温、息づかい、自分を見る眼差し。それが今やとても愛おしいものになっている。
 昨夜以来、アンナの中にこの青年の全てを独占したいという個人的な欲求が生まれていた。誰にも渡したくない、サン・ジェルマンから彼を奪いたい。本気でそう考えている。

「わかりました。我が国の錬金術は、貴国よりも遅れているため、どれほどお力になれるかわかりませんが……我が主人にお伝えします」
「遅れているなどと……私たちとほとんどゼロから工房を再建するのです。ご協力いただけるなら、これほど心強いことはありません」

 アンナは頭の中に、帝都の地下で人知れず輝く賢者の石を思い浮かべた。
 グリージュス公への強制捜査で見つけた、生成中あの石の事は、黒幕も気づいていないはずだ。
 あの石こそ、逆転の鍵を握る存在。アンナはそう確信していた。