「ゼーゲン殿、お待たせしました」

　30分後、身支度を整えたアンナは、ゼーゲン待つ応接室を訪れた。刺繍やレースなどの過度な装飾のない、シンプルなドレス。一国の皇帝の使いをもてなすには質素に過ぎるが、来訪の理由を考えれば派手で格式ばった装いにする必要はないと考えていた。

「グレアン伯、お加減はよろしいでしょうか？」
「ええ。ご心配おかけし申し訳ありません。陛下にも、心配ないとお伝えください」
「無理もないと思います。昨夜の一件は、我が主人も少なからず動揺しておりましたので……」

　それはそうだろう。大陸随一の大国を治める皇帝がすでに個人であり、数年にわたってホムンクルスが影武者を務めていたのだ。元寵姫のアンナとは別種のショックが、同盟国の皇帝にはあったはずだ。

「それでご用件は、昨日のことでしょうか？」
「はい」

　アンナの問いに、ゼーゲンは頷く。

「まずは、伯爵がお倒れになった後、我が主人とマルムゼ＝アルディスがどのような事を話したかをご説明したく」
「あの後のことですか……」

　それなりの覚悟を決める必要がある、と感じた。
　かつて愛した者の死、そして暗躍するホムンクルス。その裏に何もないはずがないのだから。彼の死そのものよりもおぞましいものが潜んでいるかもしれない。それに私は耐えることができるだろうか……？
　アンナは背中に意識を集中させる。斜め後ろに立つ、マルムゼの気配。それを感じるだけでも、アンナの心は落ち着きを得ることができた。

（うん、大丈夫……！）

　どんな時でもマルムゼがいてくれる。そう思うと、真実を知る決意が固まる。
　マルムゼとて、サン・ジェルマンが用意したホムンクルスだ。この謎多き錬金術師が仕掛けた罠を構成する部品の中に、彼も含まれているかもしれない。
　けど、それでも……アンナはマルムゼの真心を信じることができた。昨夜、それに包まれて眠ることができたのだから。

「私もそれを知りたいと思っていたところです。どうぞお話しください、ゼーゲン殿！」