「これは、アルディス陛下!? それに……グレアン伯?」
突如現れた珍客に、ゼフィリアス2世は目を丸くしていた。
「突然の訪問、すまない。家臣たちの目を盗んで貴君と会うにはこのタイミングしかなかったのでな」
アルディスに案内された隠し通路の先は、ゼフィリアス帝にあてがわれた宮殿内の一室だった。
護衛の兵は扉の向こうに待機しており、室内には彼一人のようだ。
「陛下、いかがなされましたか?」
その扉の向こうから、凛とした女性の声。恐らくはあのホムンクルスの護衛、ゼーゲンだろう。
「いや……なんでもない」
平静を装おうとした"鷲の帝国"の皇帝に、"百合の帝国"の皇帝が言う。
「いや、貴公のホムンクルスもいた方が良い。彼女を部屋に入れて頂こう」
「……なんですと?」
アルディスはマルムゼの正体がホムンクルスであることを知っていた。そして、ゼフィリアス帝の護衛についても……。一体この男は何を知り、どういう目的でこの部屋に来たのだ?
「ゼーゲン。こちらに来てくれないか。君一人でよい」
「は……失礼します」
黒髪の女性が入室する。そして、主君の部屋にいる3人の侵入者を見て、顔をこわばらせた。
「これは!?」
「ゼーゲン殿と申したか? 驚かせてすまない。君の主人に危害を与えるつもりはないから安心したまえ」
アルディスはゼーゲンに向かって手のひらを見せ、武器を持たないことを主張する。が、ゼーゲンは警戒を解くことはなく、いつでもゼフィリアスとアルディスの間に飛び込めるように身構える。
「陛下、そろそろご説明ください。これは一体どういうことですか?」
アンナは自国の皇帝に尋ねる。
「グレアン伯、君はそろそろ察しがついているのではないか?」
「どう言うことでしょう?」
「おや、とぼけるのか? いや、この顔だからかな……?」
「は?」
「どうだ、これならわかるか?」
アルディスは右手を掲げ、パチンと指を弾いた。
「はっ!?」
不思議な感覚がアンナを襲った。睡魔と戦い、うとうとしているときに、我に帰るあの瞬間。
あれに近い、急激に意識がはっきりするような感覚。眠りかけていたわけでもないのに、なぜ今そんなものを味わう……。
「え?」
いつのまにか、目の前に立つ人物の顔が別人のものになっていた。獅子の立て髪を思わせる赤みかがった金髪は、新月の夜空のような黒髪に変貌している。
それはアンナの腹心マルムゼと、そしてゼフィリアスの腹心ゼーゲンと同じ髪色だ。
ゼフィリアス帝が声を震わせながら問いかける。
「アルディス陛下……貴君も……」
「そう、ホムンクルスです」
ゼーゲンは懐の短剣を引き抜いた。アンナの背後ではマルムゼも攻撃の態勢を取る。
「だから、危害を与えるつもりはないと言っているだろう。落ち着きたまえ、同胞たちよ」
アルディスは……いや、アルディスに扮していた男は、同じ顔を持つ男女を牽制するように言った。
「どうだ、グレアン伯。これであの日のこと、納得できたのではないかな?」
あの日……言うまでもなく、皇妃とマルムゼが一緒にいるのを目撃した日のことだ。いや、違う。あのときいた男は、やはりマルムゼではなかった。
「 ……その仰りよう、あのとき私がいることに気づいていたのですか?」
「いや、あのときは王妃しかいないと思っていたさ。だが、本殿に戻るときに皇妃の馬車以外が通った跡を見つけてな。あの場に君がいたことを知った」
「何故すぐに、私を問い詰めなかったのです?」
「泳がせてみるのも一興かと思ってな。君は、何か大きいことをしそうだったからな。そして実際に、今回の和平条約を実現させてしまった」
「……」
アンナはどう反応すれば分からず、その男の言葉に無言で応じるしかなかった。他の者達も何も言えないでいる。
「そう構えないでいただきたい。私はあなた方と話をしたいのだ。時間もあまりない」
「話とは……一体何の?」
「同じ顔のホムンクルスが3人いるのです。我々の造物主の話以外に考えられますか?」
「造物主……つまり……」
「そう! サン・ジェルマン伯爵のことですよ」
言いながら、アルディスになりすましていた男は、深々と椅子に腰を下ろした。
「……まず、貴殿は何者だ? 余やグレアン伯のような主人はいるのか? それに、かの錬金術師のことをどこまで知っている?」
低くゆったりとした口調で、ゼフィリアス帝は男に尋ねた。その口調は、決して余裕がある証ではない。意図的に口調を抑えないと、焦りや不安が暴発してしまうのだろうとアンナは思った。他ならぬアンナが同じ心境だった。
「なるほど。たしかにそれを答えねば貴公らと同じ土俵には立てませんな。いいでしょう」
男は不敵な笑みを浮かべた。
「まず私の本名ですが……いきなり困ったな。私には名が無い」
「無い?」
「ええ。生まれた時には"アルディス"と呼ばれておりました」
「……それは、最初からこの"百合の帝国"の皇帝として生を受けた……と言う意味ではあるまいな?」
「ええ、もちろん。私がホムンクルスとしての生を受けた時すでにこの肉体は成人男性のものとなっておりました。また、この肉体を得る前の記憶については……残念ながらございません」
得体の知れぬホムンクルスの語り口は、どこか楽しげだった。そんな態度が、かつてアルディスの寵姫だったエリーナの心をざわつかせる。
「そうですね……もし私個人を呼称したいのであれば……マルムゼ=アルディスとでもお呼びください」
「マルムゼだと……」
自らもそう名乗り、その名で主人に呼ばれていたアンナの腹心が、苦々しげにつぶやいた。
「マルムゼとは、私たちホムンクルスのコードネームのようなものです。マルムゼシリーズ、とでも申し上げましょうか。ゼフィリアス陛下、あなたはそちらの女性をゼーゲンと呼んでいるようですが、マルムゼ=ゼーゲンが正しい名乗りになるでしょうな」
朗々とそう語った後、マルムゼ=アルディスなる男はアンナと腹心の方を見た。
「そちらは、馬鹿正直にマルムゼを己の名としているようですがね」
「私は……あなた方のような同族がいると、教えられなかった。だからこの名を持つのは私だけだと……」
「おや、そうでしたか。なのに、いきなり自分と同じ顔を持つ人間が2人も現れた。心中穏やかではないでしょう? お察しします」
「……」
マルムゼは……アンナにとって、その名を名乗るべき唯一の青年は、何も言い返さなかった。
たまりかねて、彼女は口を開く。
「ゼフィリアス陛下。あなたはご存知だったのでしょう?」
モン・シュレスで初めて会ったとき、ゼーゲンはマルムゼを「同族」と呼んだ。
「ああ。サン・ジェルマン伯自身から聞かされていた」
「サン・ジェルマン伯にお会いしていたのですか!? それはいつのことです?」
「我が母、女帝マリアン=シュトリアが亡くなり、帝位を継いだばかりの頃だ」
アンナは頭の中で自身の記憶と年表を照らし合わせる。ゼフィリアス帝が即位したのはエリーナが殺害される2年前。つまり、今から6年前ということになる。
「伯は余に言った。ゼーゲンと同じ顔を持つホムンクルスやその主人と会え、と。そして彼等と会うほどに歴史の流れは加速していく、と」
「歴史が、加速……?」
実際その通りになっている。アンナとゼフィリアスが出会った事で、百年続いた戦争が終結した。それは、サン・ジェルマン伯の目論見通りという事なのか?
「素晴らしい!」
マルムゼ=アルディスがバチンと手の平を叩いた。
「まさしく、今日はそういう話を聞きたかったのですよ! ではゼフィリアス陛下、私たち2人の他にマルムゼと会った事は?」
「無い。私とて、伯の不可解な言葉が気に掛かり、我が国の錬金術師に調査をさせてきた。が、手がかりとなるものはなかった。今回、この国を訪れた最大の目的も、実はそれだったのだ」
確かに、モン・シュレスでのゼフィリアス帝振る舞いは、アンナたちを待ち構えていたようにも思える。
寝所の周りにゼーゲン以外の護衛を置いていなかった。そしてゼーゲンも、マルムゼを同族と認め、アンナが彼の主人であることを確認すると、戦いをやめて皇帝の元へと案内してくれた。
「私からもいいか?」
今度はゼフィリアスからマルムゼ=アルディスに問いかける。
「何なりと」
「君には主人はいないのか? 今、私の話を聞きたかったと言ったが、君自身は何も知らないのか?」
「主人はいます。生みの親たるサン・ジェルマン伯爵とは別に、私に指示を出すもう一人の主人が。ですがご容赦を。その名を明かす事は出来ません」
「おや、それはフェアではないな。余も、グレアン伯もこうして正体をさらけ出しているというのに」
「ご容赦ください。マルムゼシリーズにはサン・ジェルマン伯の暗示によるロック機能がかかっておりまして、必要な局面にならなければ情報を口にしたり書き残したりすることができないのです」
「ロック機能!?」
咄嗟にマルムゼの顔を見た。
確かにこの青年は重要なことを説明しないきらいがある。異能のこともそうだった。サン・ジェルマン伯の名を明かしたのも、かなり後になっての事だ。
「申し訳ありませんアンナ様。その者の言う通りです。ですが意図的に隠すのではなく、その事を説明するという発想にならない、とでも申しましょうか……」
マルムゼはうろたえながらも説明する。いや、説明というよりも弁解といった感じだった。以前、アンナがこの事を詰問したことがあったせいかもしれない。
「そうなのか、ゼーゲン?」
ゼフィリアスも護衛の女性の顔を見た。
「お許しください陛下。恐らくは陛下に開示できていない情報があるかと思います。それが何なのか、思い浮かべることも出来ませんが……」
「それほど深い暗示ということか……」
アンナはこれまでの自分の足跡を思い浮かべ、身震いする。この話が事実なら、今までサン・ジェルマンの手の平の上で踊らされていたということではないか?
アンナがマルムゼからホムンクルスが持つ異能について教えられたのは、グレアン伯家に幼女として入る直前だ。つまりそれは、異能を持ってグレアン伯家を乗っ取るのがサン・ジェルマンの意向だったということになる。
マルムゼが、サン・ジェルマンの名を明かしたのは、この男……マルムゼ=アルディスと遭遇した直後だ。つまりそれは、他のホムンクルスと会うまで彼は自分の名を隠していたということになる。
そして何より、彼はアンナの行動を、なんらかの方法で監視している。全て自分の意思で切り開いてきたと思っていた復讐の道は、彼が舗装したものということなのか……?
「……そうだ。異能!」
ふと、アンナの脳裏に、ある疑問が浮かぶ。
「あなたの異能は、皇帝陛下に化けていた、その力でいいのかしら?」
「ええ、そうです。"認識変換"と申します。私の周囲の人間の五感を書き換えて、私を別の人間と誤認させることができます」
「つまりあなたは、ずっと宮廷でこの国の皇帝を演じてきたということ……?」
「はい。コレ、結構体力使うんですよ。だからあの日、皇妃と会っているときは最低限の出力に抑えていました。彼女が相手なら視覚を書き換える必要はないし、誰もいない東苑なら聴覚をいじるのも彼女一人で問題ない。そう思ったんですけどねえ……」
マルムゼ=アルディスは苦笑まじりに語る。
「まさか、あの皇妃が東苑への出入り許すほど、家臣と仲良くなっていたとは……いやぁ、意外でした」
「……いつからなの?」
「へ?」
「いつからあなたは、皇帝と偽りあの玉座に座っているの!?」
「もう4年くらい経ちますか。"獅子の王国"との会戦の直前、アルディス3世陛下が陣中でお亡くなりになってからです」
突如現れた珍客に、ゼフィリアス2世は目を丸くしていた。
「突然の訪問、すまない。家臣たちの目を盗んで貴君と会うにはこのタイミングしかなかったのでな」
アルディスに案内された隠し通路の先は、ゼフィリアス帝にあてがわれた宮殿内の一室だった。
護衛の兵は扉の向こうに待機しており、室内には彼一人のようだ。
「陛下、いかがなされましたか?」
その扉の向こうから、凛とした女性の声。恐らくはあのホムンクルスの護衛、ゼーゲンだろう。
「いや……なんでもない」
平静を装おうとした"鷲の帝国"の皇帝に、"百合の帝国"の皇帝が言う。
「いや、貴公のホムンクルスもいた方が良い。彼女を部屋に入れて頂こう」
「……なんですと?」
アルディスはマルムゼの正体がホムンクルスであることを知っていた。そして、ゼフィリアス帝の護衛についても……。一体この男は何を知り、どういう目的でこの部屋に来たのだ?
「ゼーゲン。こちらに来てくれないか。君一人でよい」
「は……失礼します」
黒髪の女性が入室する。そして、主君の部屋にいる3人の侵入者を見て、顔をこわばらせた。
「これは!?」
「ゼーゲン殿と申したか? 驚かせてすまない。君の主人に危害を与えるつもりはないから安心したまえ」
アルディスはゼーゲンに向かって手のひらを見せ、武器を持たないことを主張する。が、ゼーゲンは警戒を解くことはなく、いつでもゼフィリアスとアルディスの間に飛び込めるように身構える。
「陛下、そろそろご説明ください。これは一体どういうことですか?」
アンナは自国の皇帝に尋ねる。
「グレアン伯、君はそろそろ察しがついているのではないか?」
「どう言うことでしょう?」
「おや、とぼけるのか? いや、この顔だからかな……?」
「は?」
「どうだ、これならわかるか?」
アルディスは右手を掲げ、パチンと指を弾いた。
「はっ!?」
不思議な感覚がアンナを襲った。睡魔と戦い、うとうとしているときに、我に帰るあの瞬間。
あれに近い、急激に意識がはっきりするような感覚。眠りかけていたわけでもないのに、なぜ今そんなものを味わう……。
「え?」
いつのまにか、目の前に立つ人物の顔が別人のものになっていた。獅子の立て髪を思わせる赤みかがった金髪は、新月の夜空のような黒髪に変貌している。
それはアンナの腹心マルムゼと、そしてゼフィリアスの腹心ゼーゲンと同じ髪色だ。
ゼフィリアス帝が声を震わせながら問いかける。
「アルディス陛下……貴君も……」
「そう、ホムンクルスです」
ゼーゲンは懐の短剣を引き抜いた。アンナの背後ではマルムゼも攻撃の態勢を取る。
「だから、危害を与えるつもりはないと言っているだろう。落ち着きたまえ、同胞たちよ」
アルディスは……いや、アルディスに扮していた男は、同じ顔を持つ男女を牽制するように言った。
「どうだ、グレアン伯。これであの日のこと、納得できたのではないかな?」
あの日……言うまでもなく、皇妃とマルムゼが一緒にいるのを目撃した日のことだ。いや、違う。あのときいた男は、やはりマルムゼではなかった。
「 ……その仰りよう、あのとき私がいることに気づいていたのですか?」
「いや、あのときは王妃しかいないと思っていたさ。だが、本殿に戻るときに皇妃の馬車以外が通った跡を見つけてな。あの場に君がいたことを知った」
「何故すぐに、私を問い詰めなかったのです?」
「泳がせてみるのも一興かと思ってな。君は、何か大きいことをしそうだったからな。そして実際に、今回の和平条約を実現させてしまった」
「……」
アンナはどう反応すれば分からず、その男の言葉に無言で応じるしかなかった。他の者達も何も言えないでいる。
「そう構えないでいただきたい。私はあなた方と話をしたいのだ。時間もあまりない」
「話とは……一体何の?」
「同じ顔のホムンクルスが3人いるのです。我々の造物主の話以外に考えられますか?」
「造物主……つまり……」
「そう! サン・ジェルマン伯爵のことですよ」
言いながら、アルディスになりすましていた男は、深々と椅子に腰を下ろした。
「……まず、貴殿は何者だ? 余やグレアン伯のような主人はいるのか? それに、かの錬金術師のことをどこまで知っている?」
低くゆったりとした口調で、ゼフィリアス帝は男に尋ねた。その口調は、決して余裕がある証ではない。意図的に口調を抑えないと、焦りや不安が暴発してしまうのだろうとアンナは思った。他ならぬアンナが同じ心境だった。
「なるほど。たしかにそれを答えねば貴公らと同じ土俵には立てませんな。いいでしょう」
男は不敵な笑みを浮かべた。
「まず私の本名ですが……いきなり困ったな。私には名が無い」
「無い?」
「ええ。生まれた時には"アルディス"と呼ばれておりました」
「……それは、最初からこの"百合の帝国"の皇帝として生を受けた……と言う意味ではあるまいな?」
「ええ、もちろん。私がホムンクルスとしての生を受けた時すでにこの肉体は成人男性のものとなっておりました。また、この肉体を得る前の記憶については……残念ながらございません」
得体の知れぬホムンクルスの語り口は、どこか楽しげだった。そんな態度が、かつてアルディスの寵姫だったエリーナの心をざわつかせる。
「そうですね……もし私個人を呼称したいのであれば……マルムゼ=アルディスとでもお呼びください」
「マルムゼだと……」
自らもそう名乗り、その名で主人に呼ばれていたアンナの腹心が、苦々しげにつぶやいた。
「マルムゼとは、私たちホムンクルスのコードネームのようなものです。マルムゼシリーズ、とでも申し上げましょうか。ゼフィリアス陛下、あなたはそちらの女性をゼーゲンと呼んでいるようですが、マルムゼ=ゼーゲンが正しい名乗りになるでしょうな」
朗々とそう語った後、マルムゼ=アルディスなる男はアンナと腹心の方を見た。
「そちらは、馬鹿正直にマルムゼを己の名としているようですがね」
「私は……あなた方のような同族がいると、教えられなかった。だからこの名を持つのは私だけだと……」
「おや、そうでしたか。なのに、いきなり自分と同じ顔を持つ人間が2人も現れた。心中穏やかではないでしょう? お察しします」
「……」
マルムゼは……アンナにとって、その名を名乗るべき唯一の青年は、何も言い返さなかった。
たまりかねて、彼女は口を開く。
「ゼフィリアス陛下。あなたはご存知だったのでしょう?」
モン・シュレスで初めて会ったとき、ゼーゲンはマルムゼを「同族」と呼んだ。
「ああ。サン・ジェルマン伯自身から聞かされていた」
「サン・ジェルマン伯にお会いしていたのですか!? それはいつのことです?」
「我が母、女帝マリアン=シュトリアが亡くなり、帝位を継いだばかりの頃だ」
アンナは頭の中で自身の記憶と年表を照らし合わせる。ゼフィリアス帝が即位したのはエリーナが殺害される2年前。つまり、今から6年前ということになる。
「伯は余に言った。ゼーゲンと同じ顔を持つホムンクルスやその主人と会え、と。そして彼等と会うほどに歴史の流れは加速していく、と」
「歴史が、加速……?」
実際その通りになっている。アンナとゼフィリアスが出会った事で、百年続いた戦争が終結した。それは、サン・ジェルマン伯の目論見通りという事なのか?
「素晴らしい!」
マルムゼ=アルディスがバチンと手の平を叩いた。
「まさしく、今日はそういう話を聞きたかったのですよ! ではゼフィリアス陛下、私たち2人の他にマルムゼと会った事は?」
「無い。私とて、伯の不可解な言葉が気に掛かり、我が国の錬金術師に調査をさせてきた。が、手がかりとなるものはなかった。今回、この国を訪れた最大の目的も、実はそれだったのだ」
確かに、モン・シュレスでのゼフィリアス帝振る舞いは、アンナたちを待ち構えていたようにも思える。
寝所の周りにゼーゲン以外の護衛を置いていなかった。そしてゼーゲンも、マルムゼを同族と認め、アンナが彼の主人であることを確認すると、戦いをやめて皇帝の元へと案内してくれた。
「私からもいいか?」
今度はゼフィリアスからマルムゼ=アルディスに問いかける。
「何なりと」
「君には主人はいないのか? 今、私の話を聞きたかったと言ったが、君自身は何も知らないのか?」
「主人はいます。生みの親たるサン・ジェルマン伯爵とは別に、私に指示を出すもう一人の主人が。ですがご容赦を。その名を明かす事は出来ません」
「おや、それはフェアではないな。余も、グレアン伯もこうして正体をさらけ出しているというのに」
「ご容赦ください。マルムゼシリーズにはサン・ジェルマン伯の暗示によるロック機能がかかっておりまして、必要な局面にならなければ情報を口にしたり書き残したりすることができないのです」
「ロック機能!?」
咄嗟にマルムゼの顔を見た。
確かにこの青年は重要なことを説明しないきらいがある。異能のこともそうだった。サン・ジェルマン伯の名を明かしたのも、かなり後になっての事だ。
「申し訳ありませんアンナ様。その者の言う通りです。ですが意図的に隠すのではなく、その事を説明するという発想にならない、とでも申しましょうか……」
マルムゼはうろたえながらも説明する。いや、説明というよりも弁解といった感じだった。以前、アンナがこの事を詰問したことがあったせいかもしれない。
「そうなのか、ゼーゲン?」
ゼフィリアスも護衛の女性の顔を見た。
「お許しください陛下。恐らくは陛下に開示できていない情報があるかと思います。それが何なのか、思い浮かべることも出来ませんが……」
「それほど深い暗示ということか……」
アンナはこれまでの自分の足跡を思い浮かべ、身震いする。この話が事実なら、今までサン・ジェルマンの手の平の上で踊らされていたということではないか?
アンナがマルムゼからホムンクルスが持つ異能について教えられたのは、グレアン伯家に幼女として入る直前だ。つまりそれは、異能を持ってグレアン伯家を乗っ取るのがサン・ジェルマンの意向だったということになる。
マルムゼが、サン・ジェルマンの名を明かしたのは、この男……マルムゼ=アルディスと遭遇した直後だ。つまりそれは、他のホムンクルスと会うまで彼は自分の名を隠していたということになる。
そして何より、彼はアンナの行動を、なんらかの方法で監視している。全て自分の意思で切り開いてきたと思っていた復讐の道は、彼が舗装したものということなのか……?
「……そうだ。異能!」
ふと、アンナの脳裏に、ある疑問が浮かぶ。
「あなたの異能は、皇帝陛下に化けていた、その力でいいのかしら?」
「ええ、そうです。"認識変換"と申します。私の周囲の人間の五感を書き換えて、私を別の人間と誤認させることができます」
「つまりあなたは、ずっと宮廷でこの国の皇帝を演じてきたということ……?」
「はい。コレ、結構体力使うんですよ。だからあの日、皇妃と会っているときは最低限の出力に抑えていました。彼女が相手なら視覚を書き換える必要はないし、誰もいない東苑なら聴覚をいじるのも彼女一人で問題ない。そう思ったんですけどねえ……」
マルムゼ=アルディスは苦笑まじりに語る。
「まさか、あの皇妃が東苑への出入り許すほど、家臣と仲良くなっていたとは……いやぁ、意外でした」
「……いつからなの?」
「へ?」
「いつからあなたは、皇帝と偽りあの玉座に座っているの!?」
「もう4年くらい経ちますか。"獅子の王国"との会戦の直前、アルディス3世陛下が陣中でお亡くなりになってからです」