「まさか、リンダー先生自ら楽器を取っていただけるなんて!」

 皇帝ゼフィリアス2世は、拍手をしながら熱っぽい声音で言った。組曲「朝の泉」作曲者リンダー自らの演奏が終わったところだ。

「こちらこそ、陛下の御前で演奏することができるとは感激にございます。ですが"鷲の帝国"といえば、音楽と芸術の国。私めの演奏などお耳汚しではありませんでしたか?」
「何を言われる。あなたは、我が国でも盛んに演奏されている偉大な音楽家です」

 帝都・ベルーサ宮。マルフィア大公リアンのサロンに、ゲストが招かれていた。"鷲の帝国"の皇帝ゼフィリアス2世である。
 もともと公式の日程には組み込まれていなかったのだが、帝国第2位の権威を持つ皇弟リアンが、ぜひうちのサロンにきて欲しいと、強引に異国の皇帝を誘った。おかげで、外務省の官僚たちは大慌てで日程調整をする羽目となった。

 ……と、ここまでは公式に記録され、多くの人々が知る事実である。が、実はこのときもう1人のゲストがベルーサ宮を訪れていたことは、ごく限られたものしか知らない。

「素晴らしい演奏をありがとうございます、リンダー先生。それにリアン殿、こうして兄妹水いらずの時間を作っていただいたこと感謝……」
「おっと、それ以上はいけませんな」

 壁際にいた、この離宮の主人は人差し指を唇に当てながら言った。

「あなた様は私の友人が紹介してくれた、このサロンの新しい会員。それ以上でも以下でもありませぬゆえ」
「あっ、そうでしたわね」

 新会員と呼ばれた盲目の女性は、あわてて口をつぐんだ。それを見たゼフィリアス帝はふふっと口元を綻ばせる。

「この後は文士のペルシュワン君が、自作の短編の朗読したいそうです。"鷲の帝国"の実在の土地を舞台とした作品だそうです」
「ほう、それは楽しみです」
「私は席を外しますので、どうぞお二人ともごゆっくりお過ごし下さい」

 リアンは一礼すると、サロンを退出した。
  
 * * *