「どうした、早くついてこい」

 その場に立ち尽くし動けずにいる二人を見かね、赤マントの女が声をかけた。その顔を改めて見直すと、本当によく似ている。顔だけを見せられればマルムゼと区別がつかないかもしれない。

「アンナ様……」
「……いきましょう、マルムゼ」

 意を決したアンナは歩を進める。マルムゼも険しい顔をしながらも、主人に続いた。
 赤マントに先導されながら、ふたりは庭園の奥にある離れへと向かっていく。

「ねえ、マルムゼ。あなたはどこまで知っているの?」

 アンナの質問は少し漠然としたものになってしまった。けどマルムゼは、彼女が何を知りたがっているか、すぐに理解したようだ。

「誓って申し上げます。何も知りません。あのような者がいると、サン・ジェルマン伯からは聞かされておりませんでした」
「そう……」

 マルムゼの言うことを完全に信じることはできない。けど、ここまで様子と彼の態度から、今回に関しては嘘ではないとアンナは感じた。
 このホムンクルスの青年は、アンナを第一に考えてくれている。だから、彼の言葉は信用できずとも、彼自身のことは信頼しよう。昼間そう誓ったばかりではないか。

(それよりも、厄介な可能性が出てきた……)

 アンナの頭脳は、並行して別の思考を巡らせていた。
 マルムゼと同じ顔を持つホムンクルスがいた。それは果たして、彼女だけなのか?

 工房跡地を捜査した翌日……東苑にいた男。目の見えぬ皇妃が、皇帝と思い込み話をしていたあの男は、本当にマルムゼだったのか?
 あの時はそう考える他なかった。それがマルムゼに疑念を抱くきっかけとなった。けれど今や前提が覆ってしまった。

 ヴィスタネージュの宮廷に、もうひとりホムンクルスがいる……?

 考えようによっては、マルムゼが密かに皇帝を演じていた可能性よりも、よっぽど危険だ。
 それを操るのはクロイス公か、皇帝自身か、あるいは別の勢力か。いずれにしてもアンナの復讐を邪魔する存在になるだろう。

「陛下はテラスにおられる」

 赤マントが立ち止まった。芝の敷き詰められた広場の先に、皇帝寝所となっている離れがある。そのテラスにランプが灯されており、ゆらゆらと人影が揺れていた。

 * * *