モン・シュレスは帝国西部の山岳地帯にある、人口3千人ほどの都市だ。
 四方を山に囲まれあまり産業が発展してこなかった小都市だが、外交や交易の面では重要な場所だ。隣国"銀嶺の国"やその先に広がる"鷲の帝国"から来る者は、国境に近いこの街に必ずここに立ち寄ることになるからである。
 それは"鷲の帝国"皇帝が率いる外交使節団も例外ではなかった。

「護衛の兵士たちも含め400名といったところでしょうか」
「思った以上に多いわね……」

 東の帝国からやってきた豪華な使節団を、野次馬たちが眺めている。その中に、旅姿のアンナとマルムゼもいた。

「国王や皇帝が同盟国を訪れる場合、慣例では150名程度とされていますが……」

 あまり多くの兵士を連れて行けば、現地の軍との緊張が生じる。だからどの国でも必要最低限の部隊しか連れて行かないことになっている。今回の兵数は、明らかにその最低限を超えていた。

「まあ、"百合の帝国(うち)"がいいと言えば、何人でもいいんだから。どうせクロイス公が大人数で来てくれと言ったんでしょう?」
「クロイス公が?」
「この街には、ホテル・プラスターもあるからね」

 この街は、貴族や大商人のバカンス地としても知られており、別荘や高級ホテルが多数ある。
 ホテルの中で最も大きいのが、クロイス公が経営しているホテル・プラスターだ。400名もの人間を泊められる所となると、あそこしかない。

「なるほど。"鷲の帝国"の外貨を自分の懐に収める。利益誘導ということですか」
「フィルヴィーユ派のみんなが健在だったら、こんな馬鹿げた事はさせなかったのに……」

 ともあれ、皇帝一行がプラスターに泊まるのは、ある程度予測していたことだ。彼らの陣容もつかめたし、今のところ問題はない。

「宿に行きましょう。予定通り決行する」

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