「グレアン伯爵」

 会議が終わり宮殿の中央ホールから庭園に降りようとしたところを呼び止められた。声の主はクロイス公爵だった。

「これは、宰相閣下」

 アンナはうわべを取り繕い、最上級の礼儀を持って帝国の政治の実権を握る男にお辞儀する。

「……我々はおごっていた」
「はい?」
「3年前、血塗られし錬金寵姫を我々は倒した。彼女の取り巻きだったフィルヴィーユ派を壊滅させ、我々に敵はいなくなった。それゆえに油断が生じていたのだろう。そこを、そなたに突かれた。今回は負けを認めようではないか」
「何のことでしょう? 私はグリージュス公爵の不正を糾弾したかっただけで、閣下に敵対するおつもりは……」
「そのような取り繕いが通用するとは思っておるまい、グレアン伯!」

 クロイスの声音が抜き身の剣のような鋭さをおびた。

「理由は知らぬが、そなたが我々に対抗しようとしているのは明白。そなたがグレアン派、あるいは皇妃派とでも言うべき集団を作ると言うのならそれもよかろう。が、そのときは我々も本気を出すと心得よ」
「……」

 腐っても帝国の重鎮といったところか。宮廷のど真ん中での堂々と権力闘争の挑戦状を投げつけてくる。その尊大さと大胆さがない混ぜになった気迫は、さすがあらゆる権謀術数を駆使してきた男だった。

「それにな、我々には皇帝陛下がついておられる」

 クロイスの口元が不敵に吊り上がる。

「我々がどのような窮地に立たされようとも、常に陛下は我々のお味方だ。我々のつながりはそなたと皇妃のそれよりもはるかに強いもの。せっかく伯爵にまでなったのだ、分をわきまえた方が楽しく暮らせるぞ?」
「……ご忠告、感謝いたしますわ」

 皇帝との繋がりが強い? ええ、知っていますとも!

 それをアンナは身をもって味わっているのだ。最愛の人だと思っていた。
 それなのにあの男は、クロイスらを選び、エリーナを切り捨てたのだ。
 わかっている。私にとっては、皇帝もクロイス同様に敵なのだ。結束しているなら一度に倒す。それだけだ。