「本当に、本当にありがとうございました、グレアン伯爵!」

 お茶会が終わった後、アンナは皇妃の私室へと通された。この部屋にはいるのは初めてだ。もちろん寵姫だった時代にも入った事はない。

「いえ、私はできる範囲のことをしただけです」
「それにしても、大地のケーキとは……あのようなものを用意する気転はさすがでした」
「大したことではございません」

 本当に大したことではない。この時期、帝都の駄菓子屋に行けばどこででも手に入るものだ。
 今回の参加者の人数分程度なら、一切れのケーキを作る分量の皇帝の小麦(ファリーヌ・アンペルール)だけでもお釣りが来る。

「けど、皇妃様の主催する会で下賤の菓子を出してしまったことに、お怒りになる方は多いでしょう。いかような処分もお受けするつもりです」

 例えば、何よりも宮廷の秩序を重んじる、宮廷女官長ペティア夫人などは発狂するに違いない。

「処分など! そんな事気にしないで下さい。宮廷の規則やマナーなんかよりも、ひとりひとりが何を感じたかのほうが大切です。皆が満足して帰ってくれた。それでいいではありませんか」
「……ありがたきお言葉です」
「本当、あなたのような方に会えて良かった。グレアン伯爵……いいえ、どうかアンナと呼ばせて下さい」
「なんと! そのような恐れ大き事を」

 主君に家名や爵位ではなく、名前で呼ばれる。それは主従の関係から友人へと昇格したことを意味する。

「いいえ。あなたはそれに値するものを、私に与えてくれました。頂いただけのものを、私は返さなくてはなりません」
「皇妃様……」
「アンナ、私はあなたは次の宮廷女官長に推挙したいと思います。ペティア夫人は厳格な方ですが、規律に頭が凝り固まっているところがあります。あなたのように機知に富んだ方にこそ、私に仕えていただきたいのです!」

 * * *