「わかりました。皇帝の小麦のみが高騰しているようです」
「のみが?」
グレアン伯爵邸の執務室で、アンナはマルムゼの報告を受けた。
皇妃の相談があった翌日、マルムゼに帝都の市場に行かせた。菓子職人の言う小麦の高騰の実態を調査するためにだ。
その結果は、ある程度予想していたものだが、同時にあきれた内容だった。
「商人の話によると、帝都だけでなく国内のあらゆる都市から皇帝の小麦が姿を消したとのこと」
皇帝の小麦とは、帝国が定めた小麦等級の中でも最上級のものだ。特別に認可された農家で作られ、選びぬかれた製粉工場で精製されたもののみがこの称号を名乗ることが許される。
当然、価格も高く平民の口には入らない。上流階級で食されるパンや菓子にのみ使われており、特に皇族が食するものは、皇帝の小麦を使わなくてはならないというのが、暗黙のルールだ。
もちろん皇妃主催のお茶会で供される菓子も、この最高級小麦を使わなくてはならない。
「帝国中の在庫を買い占めるとなると、それなりの財力と権力が必要よ。そんなことができるのは……」
「リアン大公とクロイス公爵くらいでしょうね」
「リアン殿下は、最近甘党の女性と交際していたりするかしら?」
「は? いや、確か今お付き合いされているのは酒豪で有名な某男爵未亡人だったはずです」
「なら彼は違う」
「……どう言う意味です?」
「もしお相手が甘いもの好きだったら、その方の気を引くためにケーキで作った宮殿を建てる可能性がありますから」
「な、なるほど……」
もちろん冗談だが、あの皇弟殿下ならそういうアイデアを思いつき、小麦を買い占めるところまでならやりかねない。
「となればやっぱりクロイス公ね。皇妃を貶めて娘の発言力を高めるためなら、帝国中の小麦の買い占めくらい平気でやるでしょう」
「帝室御用達職人の所にも行きましたが、どの店も先週あたりから大口の注文が相次いで、店に備蓄している粉も無くなっているようでした」
「そういえば、侯爵の孫娘の婚約決定2年目の祝賀だの、伯爵の前妻の結婚記念日だの、珍しい祝い事が続いていたわね」
いくらパーティー好きの大貴族たちとはいえ、そんな理由をつけてまでやることは普通ない。お茶会ひとつ潰すために、そんな無駄なパーティーまでやるのだとしたら、開いた口が塞がらない。
「連中はわかっているのかしら?」
アンナはため息をつく。
「皇帝の小麦は庶民の口には入らないけど、決して無関係ではない。最上級小麦の値段が上がれば、必ず下に皺寄せがくる」
ファリーヌ・アンペルールを使っていた料理店や職人は、下の等級を代用せざるを得ない。そうなれば今度はその等級の値が上がる。すると次はさらに下の等級の番だ。
今はまだ表面化していないが、買い占めた最上級小麦の何倍もの量の小麦価格に影響すしていくだろう。
「そうでなくても、その日食べるパンに困る人々が帝都に溢れかえってる。そんな中、くだらない権力闘争のために食べもしない小麦を買い占めるなんて……本当に度し難い!」
アンナはしばらく考えた後、マルムゼに命じた。
「買い占められた小麦の行方を追跡できる?」
「帝都と周辺都市の分だけなら、どうにかなるかと。ただ、来週のお茶会に間に合うかは……」
「構いません。お茶会については全て私の方でなんとかする。あなたは小麦を追ってちょうだい。可能なら現物が保管されている倉庫を。もし廃棄されていたなら、その場所を掴んで」
「承知しました」
* * *
「のみが?」
グレアン伯爵邸の執務室で、アンナはマルムゼの報告を受けた。
皇妃の相談があった翌日、マルムゼに帝都の市場に行かせた。菓子職人の言う小麦の高騰の実態を調査するためにだ。
その結果は、ある程度予想していたものだが、同時にあきれた内容だった。
「商人の話によると、帝都だけでなく国内のあらゆる都市から皇帝の小麦が姿を消したとのこと」
皇帝の小麦とは、帝国が定めた小麦等級の中でも最上級のものだ。特別に認可された農家で作られ、選びぬかれた製粉工場で精製されたもののみがこの称号を名乗ることが許される。
当然、価格も高く平民の口には入らない。上流階級で食されるパンや菓子にのみ使われており、特に皇族が食するものは、皇帝の小麦を使わなくてはならないというのが、暗黙のルールだ。
もちろん皇妃主催のお茶会で供される菓子も、この最高級小麦を使わなくてはならない。
「帝国中の在庫を買い占めるとなると、それなりの財力と権力が必要よ。そんなことができるのは……」
「リアン大公とクロイス公爵くらいでしょうね」
「リアン殿下は、最近甘党の女性と交際していたりするかしら?」
「は? いや、確か今お付き合いされているのは酒豪で有名な某男爵未亡人だったはずです」
「なら彼は違う」
「……どう言う意味です?」
「もしお相手が甘いもの好きだったら、その方の気を引くためにケーキで作った宮殿を建てる可能性がありますから」
「な、なるほど……」
もちろん冗談だが、あの皇弟殿下ならそういうアイデアを思いつき、小麦を買い占めるところまでならやりかねない。
「となればやっぱりクロイス公ね。皇妃を貶めて娘の発言力を高めるためなら、帝国中の小麦の買い占めくらい平気でやるでしょう」
「帝室御用達職人の所にも行きましたが、どの店も先週あたりから大口の注文が相次いで、店に備蓄している粉も無くなっているようでした」
「そういえば、侯爵の孫娘の婚約決定2年目の祝賀だの、伯爵の前妻の結婚記念日だの、珍しい祝い事が続いていたわね」
いくらパーティー好きの大貴族たちとはいえ、そんな理由をつけてまでやることは普通ない。お茶会ひとつ潰すために、そんな無駄なパーティーまでやるのだとしたら、開いた口が塞がらない。
「連中はわかっているのかしら?」
アンナはため息をつく。
「皇帝の小麦は庶民の口には入らないけど、決して無関係ではない。最上級小麦の値段が上がれば、必ず下に皺寄せがくる」
ファリーヌ・アンペルールを使っていた料理店や職人は、下の等級を代用せざるを得ない。そうなれば今度はその等級の値が上がる。すると次はさらに下の等級の番だ。
今はまだ表面化していないが、買い占めた最上級小麦の何倍もの量の小麦価格に影響すしていくだろう。
「そうでなくても、その日食べるパンに困る人々が帝都に溢れかえってる。そんな中、くだらない権力闘争のために食べもしない小麦を買い占めるなんて……本当に度し難い!」
アンナはしばらく考えた後、マルムゼに命じた。
「買い占められた小麦の行方を追跡できる?」
「帝都と周辺都市の分だけなら、どうにかなるかと。ただ、来週のお茶会に間に合うかは……」
「構いません。お茶会については全て私の方でなんとかする。あなたは小麦を追ってちょうだい。可能なら現物が保管されている倉庫を。もし廃棄されていたなら、その場所を掴んで」
「承知しました」
* * *