「すまない、遅くなった」
「心配しましたぞ殿下! ……よくぞご無事で」

 荘園に、リアン大公一行が到着したのは、予定より4日も遅れてのことだった。前日まで、青白い顔で胃のあたりを押さえていた代官は、涙声で彼を出迎えた。アンナやアルディスたちも皇弟の消息を心配していたが、彼の家臣である代官は特に憔悴していたのだ。

「すまんな、オルファス。俺が来るまで、よくぞ客人たちを守ってくれた!」
「もったいなき……お言葉にございます……!」

 代官は膝から崩れ落ちるように跪いた。主への礼、というよりも安心感で一気に力が抜けてしまった感じだ。帝都では放蕩貴族の代表格として有名なリアン殿下だが、どうやら自領の家臣たちには、よく慕われた名君らしい。

「殿下、ご無事で何よりです……!」

 主従の再開にひと区切り付くのを見計らって、アンナはリアンに声を掛けた。

「ああ、君も無事なようで何よりだ!」
「私どもも心配していました、連絡が途絶えてしまいましたゆえ……」
「すまない。途中で人を拾うために、帝都近くまで遣いをやったりしていたのでな。早馬や鳩を出す機会がなかったのだ」
「拾う……? どなたかをお助けになられたのですか?」
「ああ、この後の話にも同席させるつもりだが……ダ・フォーリスの横暴の生き証人を連れてきた。……入れ!」

 リアンが言うと、隣の部屋に控えていたひとりの人物が入室してきた。ボロボロの軍服の上からマントをまとった男。全身に負傷がある様子で、右腕を三角巾で吊り、左腕は松葉杖を抱えている。さらに頭にも包帯が巻かれ、右目が隠れていた。

「エイダー……男爵……!?」

 先日、処刑の報が入ったラルガ侯爵の次男が、満身創痍の姿でそこに立っていた。

「父を殺され、忠臣も失い、ひとり生き残ってしまいました……」

 父親似の硬骨の武人は、怒りと悔しさをたたえた目を伏せながら言った。アンナは首を横に振りながら返す。

「よしましょう、そのような仰りようは。あなただけでも、生き延びてよかったです」
「ズーリア砦から奇跡的に生還したらしい。それを、帝都に残していた我が部下が発見したのだ」

 リアンが言う。

「ともかくも、これで陣容が揃ったはずだ。今後について話し合おうではないか」

 * * *