翌日、代官の執務室に集まったアンナとアルディス、ゼーゲン、シュルイーズは、ヴィスタネージュの現況について説明を受けた。

「なんてこと……」

 代官の口からは、次々と思いがけない事実が飛び出す。この話を昨夜聞かなくて良かった、と心の底から思った。こんな話を聞いてしまえば、一睡も出来ず疲れ切った脳を休めることも出来なかっただろう。

 アンナがルアベーズ反乱討伐軍に随行し、ヴィスタネージュを発ったのが4月11日である。
 それから3週間、信じ難い事件が立て続けに起きていた。

 4月14日 女帝マリアン=ルーヌ暗殺未遂事件。
 4月15日 事件を責任を取るためボールロワ元帥辞任。リュディスの短剣を女帝に返還し、元帥府が解体される。
 4月17日 女帝マリアン=ルーヌ、ベールーズ伯爵ダ・フォーリスに短剣を授与。元帥に任命する。
 4月18日 外国人の元帥任命を不服とした一部の貴族・軍高官が抗議行動。ダ・フォーリス、反対派を実力を持って排除。200名以上の死者。
 4月19日 ダ・フォーリス元帥は、反対派を5日前の女帝暗殺未遂の黒幕と断定。その首謀者を顧問アンナとし、国内全軍に討伐令を発布。同日、法務大臣ラルガ侯爵はじめ、顧問派の閣僚を解任。
 4月22日 帝国軍10軍団のうち、第8軍団がアンナ支持を表明。同日、国境に近い第3軍団は"獅子の王国"に対する警戒を理由に中立を宣言。
 4月23日 リアン大公、帝都ベルーサ宮を離脱。3人の弟妹、クロンドラン伯レスクード、エルティール伯アロウス、皇女ユーリアもそれぞれの館を離脱し、リアンに合流。
 4月27日 ダ・フォーリス元帥府は第8軍団の討伐を決定。第2・第9軍団がそれぞれの駐屯地から進軍開始。

「そして本日5月1日、恐らく第8軍団と討伐軍が戦端を開く頃かと思われます」

 代官はそう言って、一連の説明をしめくくった。

「いやはや……。大乱世の到来……と言ったところですか」

 シュルイーズが天井を仰ぎながら言った。

「我が君、ゼフィリアス帝はどう動くであろうか? 」

 ゼーゲンが不安そうにつぶやく。

「盟友であるアンナの安否が分かるまでは静観の構えをとるだろうが……妹であるマリアンから援軍の要請があれば、動かざるを得んだろうな……」

 アルディスの言葉に、ゼーゲンは微妙な表情を浮かべる。あの後、アンナとアルディスは全てを打ち明けた。が、ゼーゲンもシュルイーズも、この黒髪の腹心の正体が前皇帝という事実をうまく受け入れられていない様子だった。

「と、今は陛下とお呼びすべきだったか?」

 ゼーゲンの表情に気づいたアルディスは頭をかきながら言った。

「いえっ! 非公式の場ゆえ、奥方であるマリアン=ルーヌ陛下を通常で呼んだとて、問題では……。むしろ、あなた様の言葉に未だに慣れぬ私こそ……」
「おっと……! そうかしこまらんでくれ、ゼーゲン殿」

 アルディスは苦笑する。

「あなたやシュルイーズ博士の事はかけがえのない同志だと思っている。ともにエリ……アンナを支えていく、な」

 アルディス自身、主人であり恋人である女性の名をどう呼ぶか、未だ決めかねている様子だった。

「ラルガ侯爵……」

 代官の話を聞いた後ずっと黙っていたアンナが口を開く。

「大臣を解任された後、どうなりましたか?」
「それがわかりません。何しろ情報が錯綜しておりまして……顧問派のメンバーは高等法院に拘禁されたそうですが、侯爵は脱出に成功したという報告もあります」
「やはり、ラルガは必要か?」

 アルディスが尋ねると、アンナは頷いた。

「私にとっては第一の盟友であり、親子ともども極めて有能な人物です。あの方たちがいる事で可能となる策もありましょう」
「ならば、リアンが来たらまずは彼を探す算段を立てねばな」

 アンナとリアン、そしてラルガ。思えばこの3名は、"獅子の王国"との和平を実現させたときも連携した間柄だ。あれだけの大事業を成し遂げた自分達ならば、今の苦境だって跳ね返せるだろう。
 それにベルーサ宮に住んでいたリアンと、元帝都防衛総監のラルガは帝都市民からの人気も高い。この2人が揃えば、帝都をヴィスタネージュの支配から切り離せる。これはアンナたちにとって大きな追い風となるはずだ。

 が、そんなアンナの展望は、無情にも3時間後に打ち砕かれてしまった。

「もう一度……もう一度おっしゃって下さい!」

 代官が入手したばかりの新情報を聞きながら、アンナは全身から血の気が引いていくのを感じた。

「はい……帝都に潜伏しているマルフィア家の密偵からの連絡です……」

 伝書鳩がもたらした文書を読み上げる代官の声も、ひどく重たかった。

「帝都東方のズーリア砦に立てこもっていたラルガ侯爵が捕縛され……その場で処刑されたとの事です」