ゼーゲンの奇襲を受け有能な部下と実の父を失ったアンナは、その後も逃避行を続けた。
 昼は山狩りを行う第6軍団の追跡をかわし、夜は熊や狼に警戒しながら、10日ほど山林を歩き通し、ついにマルフィア大公リアンの私領に到達する。

 リアンから荘園の管理を任されている代官は、暖かくアンナ一行を出迎えてくれた。

「我が主人もこの城に向かっております」
「リアン大公が?」

 どうやらリアンは、この荘園にアンナたちが落ち延びてくることを推測していたらしい。確かにルアベーズやサン・オージユから、リアンを頼るとなればここに向かうしかない。
 しかし、到着の連絡も待たずに帝都を離れるとは……。

「あいつめ、俺たちが生き残ることを微塵も疑ってなかったわけだな」

 アルディスは苦笑した。
 かつて、皇帝アルディス3世とその弟リアンは犬猿の仲だった。まだ寵姫エリーナだった頃の自分も、2人の仲を取り持つことに苦労したものだ。

 しかし決してお互いを侮っていたわけではない。むしろ、高く評価しあっていたといえよう。兄は弟が無能でないことを知っているが故に放蕩三昧を歯痒く思ってたいたし、弟は兄がいれば帝国は安泰と甘えていた節がある。

 この城にリアンが向かっているとなれば、そんな兄弟が久方ぶりに再開することとなる。もっともリアンにしてみれば、4年前に死んだはずの兄が待っているなどとは思ってもいないだろうが。

「私からお伝えしなければならないことも数多くございますが、まずはしっかりとお休みください。お食事とお部屋を用意しています」

 思えばルアベーズの砲撃戦以来、2週間近く休養らしい休養をとっていない。様々なことがありすぎて、全員疲労の極みに達している。
 一刻も早く現在の情勢を知りたいとも思ったが、こんな状態ではまともに思考も働かないであろう。アンナは、代官の心遣いに甘えることにした。
 久しぶりの燻製でない肉と新鮮な野菜と果実を使った料理を存分に味わうと、その日はふかふかのベッドで存分に眠ることにした。

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