「くそ……呪われた血筋が!」
2人のゼーゲンはアルディスに向かって攻撃を繰り出す。
おそらく彼女は2つの身体に同時に"憑依"することは出来ない。片方が剣を振う時、もう片方の動きが止まる。が、ふたつの身体の連携に隙は見られない。
「なるほど、随分と厄介な芸だな」
「征竜帝の力を芸呼ばわりかぁっ!」
グリーナの鋭い斬撃がアルディスの脇腹を狙う。それを交わしたと思った瞬間には、もうひとつの身体が背後から斬りつける。
攻撃を仕掛けるのは常に1体のみと言えど、常にどちらかが背中を狙っている状態では反撃のしようもない。状況は明らかにアルディスが不利であった。
「卑下することはない! お前の芸はまるで人形使いだ。帝都で興業を打てばきっと大当たりするぞ!」
「殺す!」
そんな状況にも関わらず、黒髪のホムンクルスは敵を挑発する。
ああ、本当にアルディスなんだなと、アンナは思った。その姿は、生真面目で忠義にあつい無二の腹心マルムゼのものだ。が、記憶と共に封印されていた本来の人格が表出している。
そう、アルディスは危機的な状況にあっても常に笑みと余裕を忘れない、不適な人物であった。
「いつまでその減らず口を叩けるかな!?」
グリーナの斬撃は鋭さと手数を増していく。"憑依"を行うペースが上がっているのだ。同時攻撃こそ無いが、ほとんど2人を相手にしているのと見分けがつかなくなるほど、目まぐるしく身体を切り替えている。
「その力、恐らくはリュディスの家系が暗殺や不慮の死を恐れて編み出したものであろう。魔法時代には、魔力や体質を変えることで新たな魔法を創出する技術があったと聞く……」
変わらずアルディスは余裕を見せている。が、勝機を掴みかねているのでは、とアンナは思った。
「いわば血筋を守るための魔法。それをこれほど攻撃的な技に昇華させるとは、純粋に敬意を表する」
「ハッ! 貴様などに敬われても嬉しくはない!」
そもそも徒手空拳のアルディスは防戦に回るしかない。相手のどちらかの剣を奪うことでも出来れば、形勢は一気に変わるのだが……。
「何か、出来ることは……」
アンナは、自分と同じ顔を保つ2人の刺客を交互に見る。
「同じ顔……」
そうだ、プロトホムンクルス。父の話によればグリーナとアンナは同一の素体を用いた、ある意味では双子以上に近しい存在のはずだ。
彼女と自分の力。魂の"憑依"と、"感覚共有"……そして、その反転……。
「……いけるかもしれない」
錬金術の知見に基づいているわけではない。それどころか、完全にアンナの肌感覚だ。根拠なんてまるでない。
それでも、この状況を逆転させる一手として、悪くない賭けだとアンナは思った。
「ほらほら!息が上がってるのではなくて?」
グリーナの刃が、アルディスの頭をかすめた。彼の黒髪が一房切り払われ、松明に照らされた空間に一瞬だけ影をちらつかせる。
が、一方でグリーナの動きも鈍りつつあった。この様子ならいける! 確信したアンナは乱闘の中に飛び込む。
「なにっ?」
グリーナの一方の肉体……ビュリー男爵に擬態していた方に抱きつくと、自身の異能を発動させた。
「貴様!?」
自分の意識が、グリーナと接続する。頭の中がクリアになり、世界が広がるような錯覚を味わった。これまで"感覚共有"を使ってきたときと、何かが明確に違う。
そして広がった世界の中心に……いる! グリーナの魂を正確に捉えたアンナは、意識の腕を伸ばした。
「なっ!」
「逃さない!!」
ほんの一瞬、グリーナは"憑依"を発動できなかった。高速度で操る肉体を切り替えることで実現していた連携のリズムが乱れる。その僅かな隙を、アルディスは見逃さなかった。
兵士に化けていた方のグリーナの身体から魂が抜けるや、その腕から刃をもぎ取ったのだ。
「しまった!」
「思ったとおりね……」
「こいつ!」
もう一方のグリーナが激しい怒気を放ちながら、アンナの身体を突き飛ばした。が、もはや遅い。
魂と意識や記憶は不可分。それが今アンナがとっさに導き出した仮説であった。だとすれば"感覚共有"とは、魂の共有に他ならない。そして、自分と同一の肉体を器とするグリーナであるならば、共有を阻む障壁はずっと脆いものになるのではないか。
その仮説は事実だったようだ。グリーナの魂と繋がったアンナは、それがもう一方の肉体に移らないよう、"感覚共有"の反転を用いて抑え込んだのだ。その効力は刹那にも満たぬ時間であったが、結果としてグリーナは戦闘のリズムを崩し、形勢は逆転した。
「お前だけでも!」
突き飛ばされ、よろめいたアンナに向かって、グリーナは剣を振り下ろす。が、その刃がアンナに届くよりも先に、剣を握った腕が宙を舞った。
「いやあああああ!!」
絶叫が洞穴内に響く。アルディスの放つ一閃がグリーナの両腕を斬り飛ばしたのだ。さらにアルディスは一歩踏み込み、肘から下を失ったホムンクルスの背中に剣を突き刺した。
「不愉快だ……!」
忌々しげにアルディスは言う。
「愛する者と同じ姿の女を殺すことになるなんて……!」
そして背後に向き直り、もう一方のグリーナの身体に剣を突きつける。
「ここまでだな」
「フン……! 片方の肉体を失ったとて、ここで引くわけには……」
「2対1でも、か?」
横から槍の穂先が突きつけられる。
「ゼーゲン殿!」
「遅れて申し訳ありません、顧問殿」
良かった、ゼーゲンは生きていた! その後ろにはシュルイーズもいる。
「どうせ投降などしまい。その身体を放棄し、立ち去れ!」
アルディスが一括する。
「……仕方ありませんわね。ここはあなたの言う通りにしましょう」
グリーナはそう言うと、がくんと頭を垂れた。骸となったもう一方の肉体に移るわけでもない。ヴィスタネージュにいるであろう本体のもとに魂を返した、ということか?
「……終わったの?」
意外なほどあっけない幕切れ……そう思った瞬間だった。
「顧問殿!!」
ゼーゲンが叫ぶ。何事か思った瞬間、彼女の足元に転がる腕が激しく動いた。
「なっ! まさか!!」
グリーナの腕は、くねくねと激しく肘を動かし、手にした剣を地面に叩きつける。その反動を使って、腕と剣は高く跳躍する。そのおぞましい光景に、アンナは絶句した。肉体から切り離された部位に魂を移すことが出来ると言うことか?
身構えているとアンナをよそに、跳躍した腕は倒れたタフトの方向へ飛んでいく。
「父さん!」
「タフト殿!」
その目的に、アンナとアルディスは同時に気づいたが遅い。
グリーナの剣はタフトの喉に深々と突き刺さった。
2人のゼーゲンはアルディスに向かって攻撃を繰り出す。
おそらく彼女は2つの身体に同時に"憑依"することは出来ない。片方が剣を振う時、もう片方の動きが止まる。が、ふたつの身体の連携に隙は見られない。
「なるほど、随分と厄介な芸だな」
「征竜帝の力を芸呼ばわりかぁっ!」
グリーナの鋭い斬撃がアルディスの脇腹を狙う。それを交わしたと思った瞬間には、もうひとつの身体が背後から斬りつける。
攻撃を仕掛けるのは常に1体のみと言えど、常にどちらかが背中を狙っている状態では反撃のしようもない。状況は明らかにアルディスが不利であった。
「卑下することはない! お前の芸はまるで人形使いだ。帝都で興業を打てばきっと大当たりするぞ!」
「殺す!」
そんな状況にも関わらず、黒髪のホムンクルスは敵を挑発する。
ああ、本当にアルディスなんだなと、アンナは思った。その姿は、生真面目で忠義にあつい無二の腹心マルムゼのものだ。が、記憶と共に封印されていた本来の人格が表出している。
そう、アルディスは危機的な状況にあっても常に笑みと余裕を忘れない、不適な人物であった。
「いつまでその減らず口を叩けるかな!?」
グリーナの斬撃は鋭さと手数を増していく。"憑依"を行うペースが上がっているのだ。同時攻撃こそ無いが、ほとんど2人を相手にしているのと見分けがつかなくなるほど、目まぐるしく身体を切り替えている。
「その力、恐らくはリュディスの家系が暗殺や不慮の死を恐れて編み出したものであろう。魔法時代には、魔力や体質を変えることで新たな魔法を創出する技術があったと聞く……」
変わらずアルディスは余裕を見せている。が、勝機を掴みかねているのでは、とアンナは思った。
「いわば血筋を守るための魔法。それをこれほど攻撃的な技に昇華させるとは、純粋に敬意を表する」
「ハッ! 貴様などに敬われても嬉しくはない!」
そもそも徒手空拳のアルディスは防戦に回るしかない。相手のどちらかの剣を奪うことでも出来れば、形勢は一気に変わるのだが……。
「何か、出来ることは……」
アンナは、自分と同じ顔を保つ2人の刺客を交互に見る。
「同じ顔……」
そうだ、プロトホムンクルス。父の話によればグリーナとアンナは同一の素体を用いた、ある意味では双子以上に近しい存在のはずだ。
彼女と自分の力。魂の"憑依"と、"感覚共有"……そして、その反転……。
「……いけるかもしれない」
錬金術の知見に基づいているわけではない。それどころか、完全にアンナの肌感覚だ。根拠なんてまるでない。
それでも、この状況を逆転させる一手として、悪くない賭けだとアンナは思った。
「ほらほら!息が上がってるのではなくて?」
グリーナの刃が、アルディスの頭をかすめた。彼の黒髪が一房切り払われ、松明に照らされた空間に一瞬だけ影をちらつかせる。
が、一方でグリーナの動きも鈍りつつあった。この様子ならいける! 確信したアンナは乱闘の中に飛び込む。
「なにっ?」
グリーナの一方の肉体……ビュリー男爵に擬態していた方に抱きつくと、自身の異能を発動させた。
「貴様!?」
自分の意識が、グリーナと接続する。頭の中がクリアになり、世界が広がるような錯覚を味わった。これまで"感覚共有"を使ってきたときと、何かが明確に違う。
そして広がった世界の中心に……いる! グリーナの魂を正確に捉えたアンナは、意識の腕を伸ばした。
「なっ!」
「逃さない!!」
ほんの一瞬、グリーナは"憑依"を発動できなかった。高速度で操る肉体を切り替えることで実現していた連携のリズムが乱れる。その僅かな隙を、アルディスは見逃さなかった。
兵士に化けていた方のグリーナの身体から魂が抜けるや、その腕から刃をもぎ取ったのだ。
「しまった!」
「思ったとおりね……」
「こいつ!」
もう一方のグリーナが激しい怒気を放ちながら、アンナの身体を突き飛ばした。が、もはや遅い。
魂と意識や記憶は不可分。それが今アンナがとっさに導き出した仮説であった。だとすれば"感覚共有"とは、魂の共有に他ならない。そして、自分と同一の肉体を器とするグリーナであるならば、共有を阻む障壁はずっと脆いものになるのではないか。
その仮説は事実だったようだ。グリーナの魂と繋がったアンナは、それがもう一方の肉体に移らないよう、"感覚共有"の反転を用いて抑え込んだのだ。その効力は刹那にも満たぬ時間であったが、結果としてグリーナは戦闘のリズムを崩し、形勢は逆転した。
「お前だけでも!」
突き飛ばされ、よろめいたアンナに向かって、グリーナは剣を振り下ろす。が、その刃がアンナに届くよりも先に、剣を握った腕が宙を舞った。
「いやあああああ!!」
絶叫が洞穴内に響く。アルディスの放つ一閃がグリーナの両腕を斬り飛ばしたのだ。さらにアルディスは一歩踏み込み、肘から下を失ったホムンクルスの背中に剣を突き刺した。
「不愉快だ……!」
忌々しげにアルディスは言う。
「愛する者と同じ姿の女を殺すことになるなんて……!」
そして背後に向き直り、もう一方のグリーナの身体に剣を突きつける。
「ここまでだな」
「フン……! 片方の肉体を失ったとて、ここで引くわけには……」
「2対1でも、か?」
横から槍の穂先が突きつけられる。
「ゼーゲン殿!」
「遅れて申し訳ありません、顧問殿」
良かった、ゼーゲンは生きていた! その後ろにはシュルイーズもいる。
「どうせ投降などしまい。その身体を放棄し、立ち去れ!」
アルディスが一括する。
「……仕方ありませんわね。ここはあなたの言う通りにしましょう」
グリーナはそう言うと、がくんと頭を垂れた。骸となったもう一方の肉体に移るわけでもない。ヴィスタネージュにいるであろう本体のもとに魂を返した、ということか?
「……終わったの?」
意外なほどあっけない幕切れ……そう思った瞬間だった。
「顧問殿!!」
ゼーゲンが叫ぶ。何事か思った瞬間、彼女の足元に転がる腕が激しく動いた。
「なっ! まさか!!」
グリーナの腕は、くねくねと激しく肘を動かし、手にした剣を地面に叩きつける。その反動を使って、腕と剣は高く跳躍する。そのおぞましい光景に、アンナは絶句した。肉体から切り離された部位に魂を移すことが出来ると言うことか?
身構えているとアンナをよそに、跳躍した腕は倒れたタフトの方向へ飛んでいく。
「父さん!」
「タフト殿!」
その目的に、アンナとアルディスは同時に気づいたが遅い。
グリーナの剣はタフトの喉に深々と突き刺さった。