「……そろそろサン・オージュの兵たちが動き出すころですね」

 ゼーゲンが言う。
 サン・オージュを発った3台の馬車は、高速度で街道をしばらく走った後、森の中をすすむ脇道に入った。すぐに追いつかれることはないだろうが、安心できない状況だ。

「あの気球で、どれくらい追手を分散できるでしょうか……?」
 
 シュルイーズは、サン・オージュを発つ直前に気球の動かし、無人のまままっすぐ東に向かうように飛ばした。

「副感殿は、気球が囮であることくらいはすぐに見抜くでしょう」

 せっかく迷彩機能を搭載している気球が姿も隠さず、わざと目立ちやすい速度と高度で、一直線に進み続ければ、すぐに怪しまれるだろう。

「ですが、完全に捨て置くことも出来ない」
「ええ」
 
 ゼーゲンの言に、アンナは頷いた。
 十中八九、囮だったとしても、残りの一分か二分は、アンナが乗っている可能性がある。わざと目立つ場所に隠れる。いかにもアンナが仕掛けそうなブラフではないか。
 それに、アンナ自身が乗っていなかったとしても、重大な情報を乗せたということも考えられる。例えばダ・フォーリスの正体や、サン・ジェルマン伯爵の秘密などだ。そして方角は東。気球の速度ならば2日もあれば、それらの情報は"鷲の帝国"へ辿り着く。彼らにとっては、面倒な事態に違いない。
 そもそも、あの気球自体が最先端錬金術の産物でもある。その研究を秘匿し続けてきたリュディス=オルス一党は、あれを国外に渡したくないはずだ。
 
 つまり飛び立ってしまった以上、帝国軍はなんとしてもあの気球を落とす必要がある。案外この策は、効くかもしれない。

「まずは身を隠せる場所を探しましょう、マルムゼ殿が復活するまでは……」
「そうですね……」
 
 アンナは後方を付いてくる馬車を見た。あれには仮死状態のマルムゼが収められた棺が載せられている。
 マルムゼさえ目覚めれば、鈍重な馬車を捨てて身軽になれる。それから盟友であるリアン大公の領地に逃げ込む、というのがアンナとゼーゲンが考えた逃避行の計画だった。
 こちらが街道を外れ、森や山の中を進んでいることは、敵も承知のはずだ。第6軍団の主力がルアベーズから戻り、本格的な山狩りが始まればいずれ見つかる。その前にマルムぜが復活できるかが、この逃避行の成否を分けことになるだろう。

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