暁の光が窓から差し込む。
 外で、歩哨が交代要員に申し送りをしているのが聞こえた。
 
「伯爵……いやタフト殿、とお呼びするほうがよろしいのか?」

 ゼーゲンが尋ねる。タフトは、金属職人である父の紛れもない本名であり、百年以上に及ぶ長き復讐の物語の主人公の名であった。その全貌の殆どが、今明かされた。

「お好きな方で及びください。ゼーゲン殿」
「そうか。では、本名で呼ばせてもらいます、タフト殿」

 父は黙って頷く。

「タフト殿、それであなたはリュディス=オルスの……ウィダス元戦争大臣の陰謀に加担していたのか?」

 やや逡巡してから、タフトははっきりと明言する。

「はい。ここまで話しておきながら誤魔化すわけにもいきますまい」
「何故だ。あなたは復讐を諦めたのであろう? それとも、真帝の血を引く者に出会い、再び野心が芽生えたか?」
「私自身の思いや考えなどに意味はありますまい。彼は魔法が使えるのですよ?」
「は?」

 ゼーゲンは、父の言葉の意味を測りかねているようだ。そこで、アンナは言う。

「"感覚共有"……私の異能の反転使用を、あの者も使えるのですね?」
「そいうことか!」

 "感覚共有"は、他者に自分の五感や記憶を共有させる力だ。そしてその使用方を反転させ、相手の五感と記憶を読み取ることも可能だと、アンナは昨日の戦いの中で知った。

「娘の申したとおりです。彼は私の頭の中を侵食し、100年間培ってきた錬金術の知識を手に入れました。そして、あの古城を拠点とし、配下の錬金術師に私の研究を引き継がせたのです」
「しかしそれは、加担とは言うまい。むしろあなたは被害者ではないか」
「いいえ」

 父は首を横に振った。

「私が100年前に復讐を志しなどしなければ、彼の陰謀は成り立たなかった。そういう意味では加担したもの同然なのです」

 それは彼の信念に裏打ちされた言葉だと、アンナは感じた。
 単に責任感に苛まれての、自罰的な感情などではない。 心では復讐を諦めていたとしても、「サン・ジェルマン伯爵」という存在は復讐から降りることは出来ない。
 100年間、現帝室への怒りに身を捧げてきたものだからこそ、そう答えることができてしまうのだ。その心理は、たとえ娘である自分にも、完全に理解することは不可能だろう。それこそ100年もの時間を孤独に生き続けでもしなければ。

「とはいえ、彼への抵抗も試みていました。例えば、ゼーゲン殿。あなたです」
「私が?」
「はい。あなたを造り、ゼフィリアス陛下のもとへ送り届けたのは、先帝マリアン=シュトリア陛下のご意向でした」
「先帝陛下の?」
「リュディス=オルスは、際限なき権力欲を持つお方。故に、"百合の帝国"を牛耳れば、必ず対外戦争になる、だから私は陛下に接近しました」
「そうか……それで!」

 シュルイーズが声を上げた。

「何を隠そう、私が宮廷に出入りできるようになったのは、先帝陛下が広く人材を求めたからとバルフナー博士から聞いています」
「つまりマリアン=シュトリア陛下は、"百合の帝国"が再簒奪される可能性を危惧し、錬金術の……特に魔法と魔力に関する研究を始めた、と?」
「そうです、顧問閣下。それにその頃、我が国では大きな転換点がございました。……外交革命です」
「あっ!」

 アンナは両国の関係の歴史を振りかえる。なるほど、確かに辻褄が合ってくる。
 女帝マリアン=シュトリアの功績のひとつが数十年間険悪だった"百合の帝国"との関係改善だ。実娘、マリアン=ルーヌと、アルディス皇太子の婚約は、大陸のパワーバランスにも大きな影響を与え、当時は「外交革命」と呼ばれた。

「マリアン=シュトリア陛下は、私の話を聞いたうえで、当時の"百合の帝国"帝室との関係強化に努めました。例え裏に醜い歴史が隠されれいようと、再簒奪によって世界情勢が悪化するよりはましだとお考えだったのです」

 タフトは、アンナやシュルイーズの言葉に返す形で、話を再開した。

「しかし当時すでに陛下は内蔵を患っており、先は短かった。そこで私に依頼したのです。ゼフィリアス皇太子を補佐するホムンクルスを用意してほしい、と」
「それが、私だと……?」

 ゼーゲンの問いに、タフトは頷いた。

「あなた様の魂の出自については、控えさせてください。正体を知れば、そのことで自我が崩れてしまう恐れがある。討竜公ルーダフの血を引く、武門の女性とだけお伝えします」
「かしこまりました。もとより前世に興味はございません」

 その言葉はいかにもゼーゲンらしいそっけないものだったが、どこか晴れ晴れとしたものがあるように、アンナには聞こえた。
 この異邦の武人は、彼女なりに疑問を抱き続けていたのかも知れにあ。何故自分が生み出されたのか、何故自分はゼフィリアス帝に尽くしているのか、と。

 翻って自分はどうだろう? 一晩かけて語られたタフトの話は、まだ最後まで到達していない。アンナにはそう感じられた。なにゆえ、私とアルディスはホムンクルスとなったのか。
 それを早く知りたい。が、一晩中話し続けた父が体力を消耗しているのもわかっていたため、話を急かす事はためらわれた。

「失礼します……!」

 その時、将校が入室してきた。ここサン・オージュの留守部隊を任されている、第6軍団の副官だ。彼の顔は血の気が引き、蒼白となっている。その顔を見て、アンナは嫌な予感がした。

「顧問閣下、今すぐサン・オージュから離れてください」
「は?」
「急ぎ身支度を……本隊が戻る前に!」
「何が起きたのです?」

 昨夜の時点で、ルアベーズ城を包囲したという報せがあった。まさかそこから形成が逆転する何かがあったのか?
 
「誠に申し上げがたきことながら……ヴィスタネージュより、国内の全軍団に向けて通達がありました。」

 副官の声は緊張でこわばっている。

「アンナ・ディ・グレアン侯爵とその一党を、帝国への叛逆者とみなし、速やかに討伐するようにと……!」